今週月曜から待っていたGoogle和解修正案の提出でしたが、いったん延期されたあと、13日の金曜に提出され、内容が公表されました。日本が対象外とされたことで拍子抜けのような雰囲気がありますが、細部は検討が必要です。それに、社会の知的資産である著作権者不明の著作物の扱いについて、まだ何も解決していません。対象を限定したのは妥当ですが、グローバルな「和解」の枠組みは必要で、国立国会図書館のプロジェクトに関連して、日本として立場を表明する必要があるでしょう。
和解案をめぐっては、日本の著作者団体の対応は、参加、離脱、異議申し立てと対応が分かれました。前の2つは、和解案の有効性を承認した上での対応です。しかし、フランスやドイツの政府、また米国司法省が対応したように、和解案の有効性に対して日本政府は対応しませんでした。多数ある当事者団体に任せたわけです。これは著作権保護を声高に主張する政府として、きわめてまずい対応であったと思います。まあ政権の崩壊前夜で、それどころじゃなかったのかもしれませんが。
米国での集団訴訟における「和解」が自動的に日本に及ぶ、ということを受け容れるかどうかは、日本の公権力が判断する責任を負います(コトは本だけでありません)。さもないと、日本の当事者は権利を守るために米国の裁判所に提訴し、最強のGoogle法務軍団を相手にしなければならなくなるでしょう。「黒船だ」「出版文化の崩壊だ」という感情的議論が沸騰し(のち鎮静し)たのも、国民にとって国家が役に立たなかったためです。これはGoogleのビジネスにとっても好ましい状況ではありません。フランスとドイツはさすがに政府が無効を主張、中国も著作権管理機関が無効を主張しました。日本政府は「Google八分」を怖れたのでしょうか、無関心だったのでしょうか。いずれにせよ、新政権にはしっかりしてもらわないと困ります。文化庁は和解案の公開を求めましたが、これを前向きの兆候と信じたい。
Googleが新和解案で対象を限定したのは、欧州と中国での検索ビジネスへの影響を考慮したものとみられます。同社の将来に最も影響を与えるとすれば、ライバルではなく政治権力(おそらくは外国)というくらい、存在は大きくなっているからです。欧州、とくにフランスでのGoogleの評判は相当に悪く、米国での評価にも影響を与えていると思われます。ともかく、Googleは莫大な投資でうち棄てられた鉱山を再開発によって宝の山に変える方法を発見し、それによって社会を啓蒙しました。書籍の電子化という流れをつくった功績は歴史的なものだと思います。しかし、無数に存在する世界中の「利害関係者」を敵に回すようなことがあれば、それはアフガン戦争のように跡を曳くことになりかねないでしょう。
米国でつくられる「和解」は、もちろん日本を含めた世界での当事者との和解のモデルとなるものです。異議を申し立てている当事者を含めて、時間をかけても、しっかりと合意がなされることを期待したいと思います。(11/14/2009)
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