ドキュメントへのアプロ―チ/(7) 組織・文化・社会

ドキュメントは人間の知的コミュニケーション活動のすべてに関係しており、情報が「体験」としての意味を持つ形は、組織・社会・文化というコンテクストに規定されます。しかし、これまでの「技術」はそうしたテーマを避ける傾向がありました。大野氏は技術文化の比較から社会学的分析にまで進んでいますが、現在の日本の技術的(=社会的)停滞を、ドキュメントを通してクリアに捉えています。(編集部)

ドキュメント技術へのアプローチ―大野邦夫氏による研究・開発の軌跡

目次

1. 動向分析:XMLビッグバンとその後

2. 製品開発:マルチメディアドキュメントからXML応用システムへ

3. XMLとプログラミング環境

4. モバイルユビキタス技術

5. PIM(個人情報管理)

6. ネットワークコンシェルジュ

7. ドキュメントと組織・社会・文化

8. 型、オントロジー、知識表現

9. ヒューマン・インタフェース

10. テクニカル・コミュニケーション

7. ドキュメントと組織・社会・文化

デジタルドキュメント研究会は、情報処理技術を人間にとっての情報記録手段である文書に適用する場合の様々な課題に対して、問題解決を提供する場である。私は1996年の設立当初からこの研究会に関わっているが、問題領域の広大さに対して、検討する内容の偏りを感じてきた。主に取り上げられてきた内容はXMLとHTMLを中心とする構造化文書であり、それはWebというグローバルで単一な電子媒体を構成する要素技術であった。

Webは紛れもないデジタルドキュメントである。しかも今日の世界に強烈なインパクトを持つ媒体である。Webを制する者は世界を制すると言っても過言ではない。そのような観点でWebを人間的、組織的、社会的、経済的、政治的な観点で捉えることが必要である。このような分野は、理工系に対して文化系と呼ばれていた分野である。科学的方法という視点からは、自然科学系に対する人文社会科学系というアプローチが検討された分野である。

Webという記録媒体、コミュニケーション媒体が成立した以上、科学技術的な検討だけでなく、文化系的、人文社会科学系的な検討が行われる必要がある。そのような問題意識をDD研設以来抱き続けてきた。しかし、その検討が十分になされてきたとは言いがたい。以下の論文は、そのような状況におけるいくつかの報告である。

JEITAの前身であるJEIDAに電子化文書動向調査研究専門委員会が設置されたのは、1995年のことであった。この委員会は、その後組織がJEITAに変わって後、デジタルドキュメント技術専門委員会となり、COMジャパンやCEATECのシンポジウムで定期的にシンポジウムを開催するようになった。2002年に委員会名称をサイバーリテラシー技術専門委員会とし、CEATEC2002でシンポジウムを開催した。下記の報告はシンポジウムを含む委員会活動を紹介したものである。

7-1. 「ネットワーク社会におけるリテラシの検討 : JEITAサイバーリテラシー技術専門委員会の活動」

ISO 9000による品質標準は、組織がトップダウン的に品質を管理する体制を整備していることを(文書により)評価する。その思想は欧米のドキュメント管理の思想に基づいており、QC活動を通じてボトムアップ的に品質を向上させる日本的な方法とは本質的に異なるものである。このようにドキュメント管理は組織文化を反映する。下記の報告は、ネットワーク社会のインフラであるWebやデジタルドキュメントが、トップダウン的な厳格な文書管理を要求する欧米流の組織文化に基づくものであり、ボトムアップで御輿に乗った責任者が組織的な合意を形成する日本的な組織文化とは整合し難いことを論じるものである。

7-2. 「国際的不況下におけるドキュメント管理と組織文化」

この報告を書いた当時は、官庁や企業の不祥事が頻発した。その後5年余りになるが、その間に社会保険庁の年金文書管理の拙劣さと無責任ぶりが判明し深刻な社会問題となっている。このような状況に至ることはとっくの昔に想像できたはずである。特にシステム構築と運営を担当したSEやシステム管理責任者は専門家として、プロフェッショナルとして警告できなかったかと思う。専門家を自任するのであれば職業倫理が伴わねばならない。

下記の論文は、企業におけるビジネス文書の効率的な作成と活用に関するもので日立の大場さんとの連名の論文である。

7-3. 「ビジネスドキュメントにおけるワークフローの適用性」

この報告は、ジャストシステム(現スコレックス)の小林龍生氏が中心となって企画したデジタルビジネス文書研究会での議論に基づいて執筆されたものである。特に企業における典型的な知的財産である特許や仕様書といった技術文書を企業の内外で戦術的、戦略的に活用するための方法論を論じたものである。

技術にはライフサイクルがあり技術のアウトプットはドキュメントによって管理される。研究開発、試作、製品化、普及商品といったフェーズがあり、その間には「魔の川」「死の谷」「ダーウィンの海」といった超えねばならない判断ポイントがある。以前はその管理は単一の企業や企業グループで行われてきた。しかしWeb 2.0の時代になり、研究開発の専業企業や維持管理の専業企業が登場すると、それがどう変わるかを論じたのが下記の論文である。

7-4. 「MOTから見るWeb2.0」

企業内や企業グループに関するMOTは、かつてNTTで経験してきたことである。特にELISワークステーションとそのアプリケーションに関しては、スタッフとして魔の川(基礎研究から実用化研究へ)、死の谷(試作機の商品化)を越える経験をしてきた。そのプロセスがWebを活用する時代には大幅に変容せざるを得ないことが大きな問題である。アイデアが勝負の研究開発、製造コストが問題になる製品化、市場に近いことが勝負となる商品販売、顧客と密着することが鍵になるサポート等々、個別のドメインの優れた組織と連携を取れることが最も重要になる。ビジネスプロセス全体を見据えた戦略を描きながらパートナーと手を結びビジネスを構築する卓越したキーパーソン同士の連携が重要となる。そのマネジメントがWeb 2.0時代のMOTである。さらにMOTの本質は連携する組織間の記録や契約(ドキュメント)の管理であり、それに秀でることが今後のビジネスの勝者として必要な要件であろう。

論文では触れなかったが、日本の技術者はそのようなキーパーソンになるのが下手である。というより、おそらくは経営者となった技術者以外はそのような発想を持てないであろう。さらに経営者自身、自社の発展以上のレベルでビジョンを持ち、場合によってはライバルとも連携して世のため人のために尽くすような戦略を社会全体に提示することはできないであろう。

ビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズ、ラリー・ペイジ、セルゲイ・ブリンといった人材は、そのようなプロセスの成功者である。彼らほどの成功者ではないが、インターリーフ社を創設したデイビッド・ブシェーもその片鱗を感じさせる技術者であり経営者であった。彼はドキュメント技術の発展は弁証法的であると直接私に語ってくれたが、その論拠にはMITの哲学科で専攻した若き日のヘーゲル(弁証法)に関する知見が存在していた。

日本でも、三木谷浩史や堀江貴文といった人が候補になり得るであろうが、ホリエモンは逮捕されてしまった。そのような自由に語り活動する人材への社会的な反感の強さを感じざるを得ない。ジャストシステムの浮川ご夫妻も一太郎がブームであった頃はかなり影響力を持たれており、かな漢字変換技術に関する標準化活動への関与も積極的であった。その後、XMLの時代になってからもxfyの標準化に尽力されたが成功しなかった。私もそれに関与したので責任の一端は私にもある。

ところで日本の企業のドキュメント管理・活用能力はお世辞にも褒められたものではない。ドキュメントは契約や証拠であり、組織の権力者や上位者にとっては、それが手枷足枷となるので、極力封印しておきたいものである。欧米におけるドキュメント管理の思想や文化は基本的に権力への批判と牽制である。その象徴的な存在が米国の国立公文書記録管理局 (NARA)である。

権力への批判と牽制は、政治権力としての行政へのネガティブフィードバックとして位置づけられる。その観点で「情報社会のデザイン」シンポジウムで講演した論文が下記である。

7-5. 「ドキュメント文化と情報社会」

欧米のドキュメント文化は、批判と牽制に基づく負帰還的な役割を果たしている。それは権力を批判する欧米のジャーナリズムに象徴的に表れている。それに対し、日本のドキュメント文化は必ずしもそうではない。記者クラブの存在が象徴的だが、マスメディアと権力は近い関係にある。その結果、マスメディアが政府の意向に従って国民を操作し、それが世論を形成してしまうような傾向が見られるのである。鈴木宗男氏に連座して収監された佐藤 優氏の記したドキュメントを読むと、国策捜査を行う権力と一体化した日本のジャーナリズムの実態が見えてくる。これはネガティブフィードバックではなくポジティブフィードバック、すなわち正帰還である。電子回路を学んだ人であれば分かると思うが、負帰還は状態を安定にし、正帰還は状態を不安定にする。

欧米が負帰還で日本が正帰還ということは、欧米と日本の固有の文化の差というよりは、明治維新で欧米をキャッチアップすることを方向付けられた歴史の発展段階に基づくのではないかという考え方が可能である。欧米は権力への批判や牽制が社会の安定や民衆の幸福も寄与すると考えたのに対して、日本では先行指標である欧米の生活水準に到達することが官民挙げての目標となったのである。そのため多様な民意を反映させて行政を行うのではなく、行政が「民意」を先導する体制が取られた。戦前の富国強兵・殖産興業といった政策、戦後の高度経済成長といった政策はその反映と見ることが可能である。

開発途上国が、先進諸国に追いつくためには、民主主義により批判を含む多様な意見を反映させる負帰還ループよりは、効率的に先行指標に追いつくための増幅率の高い正帰還ループの方が現実的である。明治の「坂の上の雲」の時代はそれが功を奏したが、昭和に入ると正帰還ループが暴走して大東亜戦争に至ったと見ることが可能であろう。

このようなセンセーショナルな正帰還をもたらす最近の要因として情報の視覚化が挙げられる。下記の論文はその問題を検討している。

7-6. 「情報の視覚化とドキュメント文化に関する一考察」

欧米流のドキュメント管理の発端は、キリスト教神学に遡ると思われ、それを考察したものである。原始キリスト教会における種々の思想はやがてグノーシス派やアリウス派といった有力な派閥を形成し、それらを統一するために公会議がAD325年に小アジアのニケアで開催された。その場でアタナシウスによる三位一体説が正統信仰の基本として認められ、他は異端として退けられた。このプロセスの中に、欧米における民主主義と文書管理の思想が垣間見られるのである。

視覚に対する疑念は、聖像破壊問題、普遍論争といった過程をを経て、デカルトに端を発する近代哲学の引き継がれる。近代の多彩な西洋哲学者たちの真理に対する真摯な議論を通じて、西欧近代国家が生まれた。帝国主義や植民地主義という負の側面を持ちながら、西欧列強は世界を制覇していった。鎖国を続けていた日本は、西欧列強の脅威の下で明治維新を行い、技術面を中心に急速な西欧化に成功したが、西欧文明を形成してきた民主主義やドキュメント文化といった社会組織面については取り組まれなかったのである。ドキュメント研究を標榜するDD研は、技術だけでなくそのような文化的な問題にも取り組んで新たな分野を開拓して欲しいと思い、このような論文を書いているが関心を持ってくれる人は少ない。

日本のドキュメント文化が欧米と異なるのは、民主主義とキリスト教の伝統だけではなく、産業革命以降の工業化というプロセスの遅れに起因するのではないかとする説がある。これはマルキシズムにおける唯物史観を取る人が好む立場であるが、米国においてもW・W・ロストウの経済成長における離陸理論、D・リースマンの「孤独な群衆」で論じられた伝統指向・内部指向・他人指向の理論など、ドキュメント文化の差異を説明し得るモデルを提供してくれると思う。

特にD・リースマンは、情報メディアに対する幅広い考察を行っているので、単にドキュメント文化の差異だけでなく、今後の情報化社会に対しても示唆を与えてくれる研究者である。そのような観点で、私の個人的な感想をまとめたのが下記の論文である。

7-7. 「ドキュメント文化と社会的性格 : D・リースマンの思想に基づく考察」

この論文は、社会におけるルールに関しても自動制御における最適制御理論でモデル化を試みた。この基本的な思想はバートランド・ラッセルのHuman Societyにおける倫理の定量モデルからの借り物である。さらにラッセルのモデルは、ベンサムの「最大多数の最大幸福」の理論に基づいている。

リースマンが提唱する伝統指向と他人指向という社会的性格については日本の社会にも当てはまると思われるが、内部指向は、プロテスタンティズムが強い影響力を持った米国のフロンティア精神が強く反映していると思われる。日本における内部指向を特徴付けるのは、立身出世主義ではないかというのが私の見解である。フロンティア精神と立身出世主義では、そのような個人が形成する組織や社会はかなり異なることになる。その相違が欧米と日本におけるドキュメント文化を異質なものとしている面もある。

まとめ:ドキュメントと組織・社会・文化といったテーマは、法学、神学、社会学といった分野で扱われてきたと思うが、コンピュータ技術と通信技術が飛躍的に進展し、それらが社会に大きなインパクトを与えている現状を考えると、新たな分野として見直されるべきである。特に日本と欧米のドキュメント文化の違いは、日本における組織の種々の問題をあぶり出す。今後の日本社会のあり方を考える上でも多様な示唆を与えてくれると思われる。 (大野 k-ohno@uitec.ac.jp)

著者紹介:大野 邦夫 (おおの くにお) 経歴はこちら

[略歴] 1968年、東京工業大学工学部機械工学科卒業、70年同大学大学院修士課程機械工学専攻修了、電電公社(現NTT)に就職。電気通信研究所、米国ウイス コンシン大学マジソン校派遣、横須賀研究所、NTTインテリジェントテクノロジ(株)、ヒューマンインタフェース研究所などに在籍。95年にNTTを退 職、グループ企業のINSエンジニアリング(株)*に転籍(*2000年にドコモ・システムズと社名変更)。同社退職後、(株)ジャストシステムに移り、 主にxfyに関わる標準化とその関連技術の調査を担当した。2007年から職業能力開発総合大学校通信システム工学科教授。現在に至る。

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