デジタルメディア論 (1)

2009年 12月 13日

Digital_Lollipops筆者はこれまで、シンクタンクからメディア、ITまで、様々な世界、様々な立場で「情報」の現場を経験してきました。結果として「鄙事(ひじ)に多能なり」(論語・子罕第九の六)となったわけですが、とくに30年あまり、デジタル化の歴史を見てきたことは、「デジタルネイティブ」の皆さんより、ひとつだけ有利な(あるいは責任ある)立場にあるとも言えます。本サイトは、21世紀のメディアビジネスの羅針盤とも、またプラットフォームともしようと意図して始めたものですが、これまでの経験や知識、見聞、思考をかき集めて、メディア世界のマップを描こうと考えました。(鎌田博樹)

急速に変化する事象を静止した図面に書き込むのは、もとより不可能ですが、構造・変化とその方向を 記述することは可能です。また不変なものと急速に変化しているものの間には、速度の異なる現実があります。人間の意思によって変えられるものもあれば、そ うでないものもあります。また、壊してはならないと思われるものもあります。それらについて書くことも重要だと考えました。成功するかどうかはともかく、 目標はデジタル時代のメディアとメディアビジネスのアーキテクチャを示すことです。それは、旧時代の陋習に囚われず、また次々登場するガジェットなどに惑わされず、知識情報のコミュニケーションという本質に即した、テクノロジーとビジネスの王道を歩む方々にとって有益なマップとなることを意図しています。

デジタル・ビッグバン

すべての情報を2値化して取り込むデジタルの世界においては、文字、画像、動画、音声の区別も、本、映像、音楽、ゲームといった区分も相対的なものです。マルチメディアとか、メディアミックスという言葉も、それらが珍しかった時代の名残りです。またソフトウェアと「コンテンツ」の区別も、大した意味を持ちません。動的なコンテンツはソフトウェアと変わらず、デジタルの前ではすべてが平等です。

つまり、五感で感知できる情報、記述可能なモデルはすべてデジタルに変換され、加工され、表現されるということです。このことはビジネス的には重大な意味を持っています。

第1に、メディアはデジタル中心に動くようになる。
第2に、メディアの技術的構成(設備、ツール、技能…)が変わる
第3に、メディア関連ビジネスは従来のような安定を回復することはない

ITが高価で扱いにくかった時代、デジタルはむしろ脇役でした。しかし製作から配信ま で、オールデジタルで扱ったほうが圧倒的に安上がりになってくると話は違います。すでにアナログは資源浪費的で贅沢な存在なのですから、心して使うべきで しょう。そのことに気づいていなかった人は、突然これまでと別の世界に直面することになるでしょう。

wwdimpact物理的なパッケージ(たとえば新聞、本、映画)となったコンテンツは、主役の座を失い、形も重さもないデジタル世界の脇役に転化していきます。放送と出版の区別も消失し、ただ様々なジャンルの情報を扱う「メディア・パブリッシャー」だけが存在することになるでしょう。メディアの技術的構成が変われば、メディアに関わるキャリアスキルも変わります。これはすでに(たとえば写植からDTPへの移行で)経験済みのことではありますが、いま起こっていることは、その比ではありません。編集関連作業のアウトソースは、すでにインドでビジネスとして成長しつつあります。これまで比較的高収入で安定していた職業が、いまやインドや中国の賃金との競争にさらされているのです。旧メディアの恐竜も生き残りに必死です。

重要なことは、メディアで起こっていることが、すべて社会のあらゆる場面で起きていることの反映だということです。ビジネスも行政も、教育も、医療も、文化も、情報に関わる部分はすべてデジタル中心に移行し つつあります。すでに消滅した職種や業務もあり、これからも消滅していくでしょう。これもメディアビジネスと同じです。PCやスマートフォン、E- Readerなど、様々な形をとる「コンピュータ」は、汎用的にすべての情報業務や娯楽に使われます。出版であれ、放送であれ、「パブリッシャー」が資料 室よりもクラウドを使うのは、むしろ自然の成り行きと言えます。

デジタルは偉大ではない

デジタルは「偉大」ではありません。しょせんはコンピュータがやることです。ゼロと1しか解さず、足し算しかできません。とはいえ、記述可能なあらゆるものを呑み込んで、あとはプログラミングと演算の馬鹿力で難解な計算処理も克服します。だから、擬似的に「賢く」振る舞うこともできるし、情報をもとに現実らしきものを再現することにも成功しました。教えられたロジックを理解し、学習もし、生命体に似せて、自律性や自己修復性を持たせることもできます。足し算しかできない割には、恐るべき電脳というべきでしょう。

mirrorしかし、デジタルが「偉大」でない根本的な理由は、どんなに頑張っても、それは影(あるいは写像)にすぎないことです。偉大な芸術はほとんどアナログです。人間の頭に浮かぶことはアナログで、人間はアナログ情報しか感知できません。オリジナルとアウトプットはアナログである以外にない。デジタルはつねに日陰の身です。だから、デジタルが見せる世界をそのまま現実と連続させるのは、鏡像を現実と錯覚するようなもので、たぶん精神に大きな問題をもたらすと思われます(図のCGは “Good Mirror”、作者不詳)

さらに、デジタルはすべて「人為」で生まれたものです。誰かが、何か(ビジネス)のために、何らかの(制約を持った)方法で情報を数値化し、あるいは加工し、欠陥を免れない彼らのロジックでプログラムし、彼らが適当と考えたルールで「判断」 するのがデジタルの世界です。人は、それに対して、認めるか、拒否するか、別のシステムをつくるか、といった方法しかありません。仮に市場で選択できるとしても、あまり気持ちのいいものではありません。デジタルは、つねに人為を隠した「客観的現実」のように見せますが、本質において欠陥の少なくない人間の 手にかかったものです。

そして3つ目。デジタルはそれを使いこなせず、使われる立場になった人から仕事を奪います。デジタルのやり方を承認すれば、次には誰かの仕事はなくなっていくかも知れません。現に、過去20年間、ホワイトカラーの仕事は減少し続けています。増えているのは、運転手や接客業などの人間的知性と微細な作業を必要とはするものの低収入の職業です。これは市場の縮小につながり、経済を衰退させるでしょう。逆説的ですが、デジタルに疑問を持ち、欠陥を発見し、改善していける人間でないと、負けてしまうことになります。いつかは、デジタルと人間との不毛な争いに終止符が打たれ、人間が楽になるようにだけ、デジタルが働くようになる願望を持っています。いまのところ心を許せませんが。ではデジタルの弱点を探してみましょう。プレデターにも弱点がないと人類文明はピンチです。

デジタルは食べられない

当たり前ですが、デジタルなものは現実世界の実体ではないのですから、いくらうまそうな料理の情報も食べるわけにはいきません。デジタルは、着る ことも、食べることも、住むこともできないのです。情報を実体の代わりに「体験」できることもあるでしょうが、物理的体験や精神的体験はデジタルには置き換わりません。情報というものを考える際に、筆者がいつも出発点に置く言葉があります(記憶不祥)。

モノがなければ何も存在せず     Without thing, nothing exists.
エネルギーがなければ何も起こらず  Without energy, nothing happens.
情報がなければ何も意味をなさない  Without information, nothing makes sense.

Kongzi8こじつけのようですが、これを聞くと、斉の景公が孔子との問答で述べた言葉。「信 (まこと) に如 (も) し君君たらず、臣臣たらず、父父たらず、子子たらずんば、粟 (ぞく) 有 (あ) りと雖 (いえど) も、吾 (われ) 得 (え)て諸 (これ) を食 (くら)わんや。」(論語・顔淵・第十二の十一)を思い出します。公は政治(の基本)を孔子が「君君 臣臣 父父 子子」と述べたことに「その通りだ」と同意し、意味(この場合は本来の役割)が成り立たないのなら、王侯であっても食に窮することになるであろうな、とまことに適確に理解したわけです。景公は結局孔子を採用しなかったので古来誰も褒めませんが、筆者は凄い知性だと思います。意味こそ、社会や人間関係を成り立たせているものですが、権力者ほどそれを軽視しがちだからです。意味がなければ、情報はノイズにすぎない。そして「意味」こそ、デジタルに使われることなく、デジタルを使っていくための鍵であると思われます。図は孔子様)

デジタルを使いこなすためには、意味が重要となります。意味を成さなければノイズとなるのですから。幸か不幸か、コンピュータには(人間が定義した)非常に限られた視野でしか「意味」を把握できないという限界があります。コンピュータが人間並みに「意味」を理解することは、将来ともに出来ないことはすでに証明されているのでご安心を(それに納得しない科学者の挑戦は続きますが)。もちろん、人間も欠陥だらけですが、それでも確実に勝つことができるのです。デジタルとの付き合いの基本は、「意味」の理解、解釈で先手を取ることです。ものごとの意味が改めて問われるような問題をどんどん起こすのは人間の特権です。「意味」は関係性によってダイナミックに変化します。「タイガー・ウッズ」の意味も、この数週間で劇的に変化しました。

meaning1「意味」は考える人間の味方です。「意味」こそが情報に価値を与えるのです。これからのメディアは、「意味」が最大のキーワードになるでしょう。これから、メディアがどのようにデジタルを出し抜くことができるかを考えていきたいと思います。それは「疑問」とくに「なぜ」から始まります。(12/13/2009記)

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