「メディア帝国の逆襲」のリアリティ

rome07岸 博幸教授のネット+メディア論。2009年の総括として、マスメディア/コンテンツ産業によるネット世界への反撃を取り上げている。ネット上でのコンテンツ流通の主導権をプラットフォーム・レイヤ(検索/SNS等)に奪われてしまっている現状では、広告・課金のいずれのビジネスモデルを採っても儲からない。そこで…となるわけだが、どうもこの戦争はすでに決着がついているように思われる。 (DIAMONDonline、12/25)

リンク記事

「追い詰められたマスメディアによるグーグル的ネット世界への反乱が始まった」 by 岸 博幸、DIAMONDonline、12/25/2009

ネット世界におけるコンテンツとメディアとの分離

岸教授は12/21日の日経IT+PROにも同じテーマ、ほぼ同内容で書いており、マスメディア/コンテンツ産業による共同配信プラットフォーム、ドイツにおけるフェアユース規定の見直しに注目し、2010年が転換点となる可能性があるという。指摘の通り一つの転換点にはなると思われる。しかし、筆者はやや違う認識を持っている。もはや旧メディアと新しいプラットフォームの勝負は済んでおり、旧メディアにとっては失地を回復し、帝国ではなく、コンテンツ産業としての名誉ある和平を結ぶ、という段階にあると考えられるのだ。21世紀に入って以来、コンテンツとメディアの亀裂が広がり、マスであることがメディアとしての優越的価値を保証せず、コンテンツとしての商品性を保証しなくなってきたように思われる。

たぶん、「20世紀最後の暴君」であるマードック氏のメディアが、ブッシュ氏のイラク戦争の戦火を連日流し、バブル景気を謳歌していた頃が「マスメディア」の最後の栄光だったのだろう。米国民は、昔のようにマスメディアを信用していない。これは一時的現象ではないようだ。戦争をやったわけではない日本でも事情は同じで、メディアが口を揃えて同じことを叫ぶほど、読者も広告主も離れて行ってしまう。同じ発想で視聴率を追うほど、内容が似てくる。いくらイキんでもヘタレるばかり。報道についていえば、メディアの役割は、社会に対し「問題」を提起し、解決に向けての視点や議論の場を提供するだと思われるが、これほど無個性化しては集団自殺のようなものだ。いい加減目を醒ましてほしい。

「流通」というのは、単純そうでいて複雑なコンセプトだ。マスメディア/コンテンツ産業は、長らく「マス」の情報流通を独占してきた。資本力によってコンテンツとその流れを支配することで帝国を築いたのだが、それは広告主に対して、つねに大量かつ豊富な読者のリスト/プロファイルを用意し、彼らへのアクセスを提供していたからである。広告収入は情報の質と量と多様性を高め、価格を抑制し、さらに多くの読者からのアクセスを保証する。規模の経済はきれいに機能する。

メタメディアとしてのコンテクストビジネス

米国の旧メディアは、ネットへの対応が一様に遅れたわけではない。情報のオンラインでの提供(紙面の電子化とポータルサイト)に関してはむしろ迅速だったと思う。遅れたのは、ネット世界における流通におけるプラットフォーム・サービスの認識とビジネスモデルにおける対応だった。Googleなどの検索エンジンやコマースサイトは、情報(商品名)を探すユーザーの検索語から「コンテクスト」を推測し、また様々な無料サービスからプロファイルを作成してデータベース化する。コンテンツとコンテクストが混然となっている旧帝国は、最大の資源である購読者リスト/プロファイルを通じた読者へのアクセスの独占が、「検索エンジン」などによって電子的に相対化され、侵食されるとは思わなかったのだろう。

情報ニーズは基本的には社会的であり、ビジネスや消費や教育、医療などの活動に関連して生まれる。情報検索や商品の購買、SNSによるコミュニティ間のやりとりは、そうしたコンテクストをデータ化して、広告主のビジネスにつながる意味を読み取ることが可能となる。岸教授はプラットフォーム・レイヤと呼んでいるが、筆者はコンテンツに対する「コンテクストビジネス」と呼ぶ。旧帝国と違って、このビジネスは伝統的な意味で「メディア」の支配者となる必要はない。マスからミニまで、多種多様なコンテクストがデータ化できれば、それが商品となるからである。コンテクストは、伝統的「メディア」からコンテンツを取り去ったメタ情報ビジネスなのだ。

メタシステムとしてのGoogleにとって、商業コンテンツの衰退は望むところではないし、Answers.comなど無償メディアに代替されるものとも考えていない、と思われる。だから岸教授の言う「マスメディアによる反乱」は、Googleとの(コンテクストとコンテンツの)利害調整のプロセスとして、短期に終息すると考えている。マスメディアにとって重要なことは、質の高い、多様性に富んだ情報を提供することによって、独自の読者コンテクスト情報を豊富化させていくことができるかどうかだろう。その場合、コンテクストビジネスと協力するとしてもパイは大きくなる。複製しただけの「マス」情報はコンテクストを単純化させるので、メッセージが単純で強い分、価値は下がるのだ。このへんは改めて考えてみたい。(鎌田)

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