かつては特殊な一分野だったヒューマンインタフェースは、Webの発展とともに、「カネになる技術」として注目されるようになってきました。今日では、は様々なレベルのユーザープロファイルを集め、あるいはユーザー体験(UX)を最適化させる最重要な手段であると看做されています。NTT-HI研以来のHI研究の草分けである大野氏は、1980年代以降の研究・開発史を振り返りつつ、最近の日本の遅れを懸念しています。(編集部)
ドキュメント技術へのアプローチ―大野邦夫氏による研究・開発の軌跡
目次
2. 製品開発:マルチメディアドキュメントからXML応用システムへ
10. テクニカル・コミュニケーション
9. ヒューマンインタフェース
NTTの研究所で、ヒューマンインタフェースについて最初に組織だった調査・研究を行ったのは、深谷健一氏(現北海学園大学教授)と私だと思う。PIMの項でも紹介したが、1980年代の前半に「視聴覚知識情報処理」技術を活用する10年後の通信端末の仕様を提案する研究計画書の作成を命じられ、アラン・ケイをキーパーソンとするXerox PARCと、ニコラス・ネグロポンテを責任者とするMITのArchitecture Machine Groupの研究成果を系統的に調査し、PARCの SmalltalkやInterlisp-DにおけるGUIやMITのメディアルームにおける視聴覚情報環境についての知見を得たのであった。
検討している最中に、XeroxのStarが発表された。イーサネットによるクライアント/サーバ・システム、マウスとウインドウシステムによる画期的なGUIを有するワークステーションは、コマンドラインのインタフェースしか知らなかった人々を驚かせた。Starのデビューにより、SunやAppolloといったUnix系のワークステーションがウインドウシステムをベースとして出荷され、PCの世界もアップルのLisaやMacintoshとしてGUI化された。この流れは、1990年代になっても継続し、マイクロソフトもWindows 95で、Macintoshと類似のGUIを採用し、GUIが標準的なインタフェースとなって現在に至っている。
Xerox PARCの研究におけるGUIは素晴らしいものである。調査の過程で私が印象づけられたのは、ByteマガジンにおけるSmalltalk環境の解説とStarのユーザーインタフェース設計に関するものであった。前者はウインドウシステムの本質はモードレスな制約の少ないインタフェースの提供にあると述べ、後者は文書作成におけるデスクトップメタファのメリットとWYSIWYGの重要性を提示した。
しかし、GUIの素晴らしさがアプリケーションの付加価値にどの程度貢献するかに関しては議論があった。私の直属上司も含め、研究所の幹部はGUIだけでビジネス的な価値が生じるとする見解には批判的であった。しかし当時の真藤総裁が通研も心理学者を入れた研究を行えと指示して以来、ヒューマンインタフェースへの取組みが前向きになり、その研究の理由づけとして経営幹部用の通信端末(ロボット秘書)の研究というシナリオで研究計画を策定したのであった。
PARCの成果は素晴らしいものであったが、GUIの良さを客観的に定量化するような方法論は必ずしも十分ではなかった。GOMSモデルやキーストローク・レベル・モデルは、ある種の評価データを提供するが、適用領域は限られていた。その手法を用いて、テキストエディタにおけるマウスやかな漢字変換操作におけるキーボードの評価を行ったものの、画期的と言えるものではなかった。
キーストローク・レベル・モデルは、習熟者による操作時間を対象にユーザインタフェースを評価するが、このモデルを業務分析に適用可能ではないかと考えて検討したものが下記の論文である。
9-1. 「キーストローク・レベル・モデルによるドキュメント電子化プロセスの検討」
業務分析は、オブジェクト分析設計ではユースケース図やアクティビティ図を用いて検討する。その結果に基づきクラス図を作成し、システム設計や実装のフェーズに移行するが、ユースケース図やアクティビティ図を作成する以前のフェーズで、費用対効果の観点で代替案の検討が行われる場合がある。本手法はそのような場合に適用可能である。
一般に、習熟者と非習熟者では、最適なインタフェースは異なる。人間は過去のインタフェースを好むので、特定のインタフェースの押しつけは好ましくない。そのような観点では、コマンドラインとGUI双方のインタフェースをサポートし、さらにカスタマイズ、パーソナライズ可能としておくことが望まれる。
だが、ヒューマンインタフェースはニーズに応じて多様化すれば良いわけではない。自動車の運転が、基本操作に関しては標準化されているように、電子機器のインタフェースも標準化されていることが望ましい。特にアプリケーションプログラムにとって、ヒューマンインタフェース機器は論理的に仮想化されている必要があり、多様性を確保しつつ切り口は標準化しておく必要がある。
その課題に対する解決法としては、論理デバイスという考え方があった。この思想はCADにおけるポインティングデバイスの座標設定やボタンやダイアルの操作に端を発するものであったが、GUIのためには詳細すぎて使いやすいものではなかった。PARCのSmalltalk関係者たちがこの問題に対するアイデアを提供していた。オブジェクト指向プログラミング技法に基づくMVC (Model-View-Controller)メタファである。この手法を用いると、アプリケーションに応じた系統的なGUIを提供可能となる。
Symbolics 3600のGUIは、MVCメタファと同様の思想でFlavorsと呼ばれるLispマシン特有のオブジェクト指向で構築されていた。だがメソッドとして特定のクラスでしか使えないのでは不便なので、一般の関数としても使えるようになっていた。ELISのウインドウシステムのGUIは、当初はMVCメタファで設計されたが、実際に使ってみると不便なので、Symbolicsと同様に使えるように拡張された。その後、Interleaf LispのGUIを使ったアプリケーション開発も行ったが、やはりMVCメタファに基づいており、かつ関数としても使える仕様であった。
Interleaf Lispのクラス階層は、膨大なものであった。そのためにMVCメタファの適用にもかなりの工夫がなされていた。要するに幅広い適用範囲に対して、同様のインタフェースを提供するためには、クラス継承の関係が複雑になる。この問題は、ゲーデルの不完全性定理と同様に、自由と制約の板挟みとなる。MVCメタファの問題というよりは、オントロジ構築を含むクラス継承を幅広く適用する場合の本質的な問題である。
この問題に付随して、クラスの単純継承と多重継承の問題も考察する必要がある。Smalltalk80もInterleaf Lispも単純継承であった。Interleaf Lispが他のLisp処理系のオブジェクト指向拡張と異なり、単純継承を採用したのは、多重継承による組み合わせの爆発を回避するためだったのであろう。
Webがコンピュータ画面の標準となり、ハイパーリンクと共にGUIもWebデザインの一部となった。その後、携帯電話やPDA、スマートフォン、読書端末といった電子機器の利用者が増大し、ポインティングデバイスも、マウスから十字キーやタッチスクリーンになった。さらにTV画面操作も赤外線やBluetoothによるリモコンとなり、ユニバーサルデザインを考慮したヒューマンインタフェース設計が要求されている。
そのような状況では、個人の種々な属性を考慮したヒューマンインタフェース設計が今後の人間と電子機器とのインタフェースの基本となる可能性もある。そのような観点で日本規格協会では、個人化情報交換のための標準化検討が行われており、私もその関係者になっている。
個人化情報の収集と管理を、ネットワークコンシェルジュのアプリケーションとして位置づけた研究を昨年度の卒業研究テーマとし、検討した結果が下記の報告である。
9-2. 「テレビ視聴者モデルに関する一検討 : ネットワークコンシェルジュの利用者モデル構築の可能性」
Web上のクラウドが、今後の情報システムに関する全てのソリューションを提供するという思想が闊歩しているが、考慮すべき種々の要因が挙げられる。まずWeb側(ネットワーク側)からは、管理すべき機器の分類とそのパラメータ群が挙げられる。TCP/IPの世界でSNMP (Simple Network Management Protocol)がMIB (Managemant Information Base)として提供してきた情報であるが、NETCONFプロトコルを用いれば、その自動化と系統的な管理が可能になる。われわれのネットワークコンシェルジュがデータモデルとして想定していた分野では、NETCONFのデータモデルの延長として検討を予定していた。ストックホルム大学では、このデータモデルをOWLで記述する検討を試みており、ルータやスイッチに関してそのプロトタイプをモデル化していたことは、先に (6) ネットワークコンシェルジュの項で述べたとおりである。
利用者側からすると、操作履歴を含め、趣味や嗜好といったプロファイル情報を一元的に管理してくれるコンシェルジュの存在が期待される。だがコンシェルジュは個人情報の宝庫となるので、情報漏洩といった観点で具体的なサービスには困難が伴う。個人情報保護法への過剰な配慮がこの分野の研究を阻害しており、日本からはこの分野の先進的な成果は期待薄である。その間にGoogleやアマゾンのようなネットビジネスの雄が新たなビジネスモデルと顧客データベースを構築し、日本はその後塵を拝する状況に陥る懸念が大きい。
まとめ:かつて、マン・マシン・インタフェース (MMI)と呼ばれていた分野である。それが差別用語とやらで、ヒューマン・マシン・インタフェース (HMI)になった。その後ヒューマン・コンピュータ・インタフェース (HCI)またはコンピュータ・ヒューマン・インタフェース (CHI)と呼ばれるようになり、最近はヒューマンインタフェースだけで通用するようになった。かつてPARCでは認知心理学的なアプローチでGOMSモデルやキーストローク・レベル・モデルとしてヒューマンインタフェースが検討されたが、最近はこの系統の研究は下火である。
同様な認知心理学的なアプローチとして、UCSDのドナルド・ノーマンの研究があるが、こちらは表層レベルのインタフェースだけではなく、深層レベルの人工知能分野も含んでいる。この分野の草分けは言うまでもなくPARCである。彼らが提案したMVCメタファは今以て健在である。MITのArchitecture Machine Groupの研究は、技術的な新鮮味は感じられなかったが、利用者ニーズを既存技術の組合せで実現するアイデアは素晴らしいものがあった。例えば、GoogleのStreet Viewは、彼らの四半世紀前のAspen Movie Mapのコンセプトを活用していると思われる。ヒューマンインタフェースは、技術よりはニーズと実践の問題であり、それを追求するには個人プロファイルや操作履歴を活用する個人化技術が課題となる。さらにネットワークとの接続が当然となった今日ではネットワーク側からの機器の仮想化(NETCONFのデバイスモデル)にもヒューマンインタフェースは対応する必要がある。
著者紹介:大野 邦夫 (おおの くにお) 経歴はこちら
[略歴] 1968年、東京工業大学工学部機械工学科卒業、70年同大学大学院修士課程機械工学専攻修了、電電公社(現NTT)に就職。電気通信研究所、米国ウイス コンシン大学マジソン校派遣、横須賀研究所、NTTインテリジェントテクノロジ(株)、ヒューマンインタフェース研究所などに在籍。95年にNTTを退 職、グループ企業のINSエンジニアリング(株)*に転籍(*2000年にドコモ・システムズと社名変更)。同社退職後、(株)ジャストシステムに移り、 主にxfyに関わる標準化とその関連技術の調査を担当した。2007年から職業能力開発総合大学校通信システム工学科教授。現在に至る。
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