最後に、米国での価値ある論争をもとに、論点と課題を整理してみたい。論争を通じて、出版という全体としての創造行為における出版社の役割の再確認と再定義が必要なことが浮かび上がってきたと思われる。数百万点にもおよぶ既刊本は、ネットビジネスにとってだけでなく、出版社にとって巨大な金鉱だ。それを社会的に最も妥当な方法で商品化することが問われている。
デジタル化に対する3つの見解
筆者なりに整理(抽象化)すると、論点としては、
- 出版の本質とは何か(紙とデジタルで何が変わるのか)
- バリュープロセスと関係者の役割の再定義(変わらないものと変わるもの)
- 原版の出版社が電子版に対し「道義的」に主張可能な権利とその範囲
といったことが抽出できるように思われる。
出版社とその関係者からすると、紙の本をそのまま電子化して出す、というのは、ペーパーバック(日本の文庫本のような位置づけ)や翻訳版となんら変わることがない。つまり価格や形態以外の付加価値がない。契約当時、世に存在していなかった「電子版」が明記されていないことをタテに、著者(ならまだしもその遺産継承者)がほかの出版社に電子版の権利を売るのは、たしかに「道義的」ではない。たぶん日本でも、ほとんどの出版関係者はそう考えるだろう。
しかし別の意見に耳を傾けることも必要だ。社会の情報環境はデジタルベースに移行しつつあり、人々は安くて便利な電子版を読みたいのに、悪く言えば紙の書籍の「既得権益」にしがみつく出版者のエゴで、電子化を渋り、あるいは絶版状態に置くなど、社会にとっての知的資産を企業の利益に従属させ、私的に扱っている。電子化はそれ自体でも大きな付加価値であり、著者と読者 (社会)にとっての経済的利益になるばかりか、文化の向上にもつながる。これが電子出版社やそのバックにあるアマゾンやGoogleの主張だ。ネットの世界ではこれが多数意見になるだろう。
第3の意見が、エスポジト氏などの中道的な主張で、作品とその社会的・文化的価値の形成に関わり、それを最もよく知るプロフェッショナルである原編集者は、電子版の開発に関わるべきで、著作権者の理解と支持を得るようにすべきだ、というものだ。筆者もこれを支持する。著作権者が電子化したいというのを思い止まらせる権利は(法的にも道義的にも)原出版社にはない。しかし、原出版社は(道義的にも実際的にも)電子版のファーストチョイスであるべきことを主張できる。これまで出版物のライフサイクルを管理してきており、読者と著者の関係を仲介してきた実績があるからだ。
E-Bookはネットコンテンツ市場の振舞いに左右される
筆者にはそこに問題を解く鍵があるように思われる。既刊本の中には、傑作も駄作もあり、ロングセラーもあれば初版で消え、一部読者の書棚の奥や図書館と古書店に流れた以外、ほとんど廃棄されてしまったものもある。現在では内容的に問題のあるものもあるだろう。出版社にとって長期的な経済的価値のあるのは、もちろんロングセラーで、これだけは何としても守りたい。著者や継承者は、自分の著書にまだ(経済的/非経済的)価値があると思えば、まだ世に出ていて欲しいと考える。読者は、当事者の思惑とは別に、なんらかの価値を見いだせれば、値段さえ折り合えば欲しいものがある。それが100年前の料理本であろうと、鉄道時刻表であろうと、同人誌であろうと、トンデモ本であろうと。出版関係者は、紙の増刷・重版・復刊とはまったく違う経済性が生まれていることを知らない(少なくとも数年前の常識を更新していないし、技術と方法を知るものは敢えて知らせないようにしている)。
デジタル化は、技術だけでなく「本」の出版と流通の経済的基盤(採算点)をまったく変えている。重要なことは、それと同時に既刊本の「価値」基準も変わるということだ。これも出版社の人には理解しにくいかもしれないが、電子化され、ネットに載った途端に、公式の価値基準とは別の基準で売買されることのほうが多くなるのだ。リストに置いておきさえすれば、社会的なトピックが既刊本の売れ行きに直結する。これは現在でもままあることだが、ネット上では(ブログのPVのように)、話題にさえなれば(値段しだいで)爆発的に売れることもあるだろう。100円でリストに並べていた「あんなもの」が、突如として1万ダウンロードを記録するとしても不思議ではない。それでボーナスが出たりすれば嬉しいではないか。古書店の店頭で野晒しになっていたゾッキ本が出版社を救う、夢のような話もあるかもしれない。電子化していさえすれば。なにしろ、旧出版社の既刊リストは膨大なのだ。プロレス全盛時代に山のように出た本や雑誌などは、そのままデジタル化しただけでもファンにとっては宝の山だ。
出版社/編集者の新しい仕事:デジタル化こそが本を生き返らせる
ネット時代の出版企画は、したがって既刊本のネット販売のデータを見ながら判断することになる。また、学術、技術、芸術から没社会的なものまで、多様なコンテクストのSNSやWebのァナリティクスのデータを見ながら、社会や読者にとっての知識情報の価値を発見し、プロモートすることは、編集者の基本的な仕事となる。様々な形で読者がこれに参加することは言うまでもない。そこでサイン会などF2Fのリアルミーティングも必要になってくる。印刷すべきもの(たとえば販売率70%以上)を見極めることは、編集者だけでなく、出版社全体の仕事となるだろう。
デジタル化によって、出版のすべてのプロセスの可視化が容易になっている。オライリー社は、原稿段階の本を敢えて公開し、読者からのレスポンスを得ながら完成していく、というスタイルをとっている。これは衆知を集める crowd sourcing をシステム化したものだが、編集プロセスへの読者参加と言えるかもしれない。少なくとも技術書に関する限り、これは編集者の知識の限界を補い、読者の参加意識と誇りを共有する意味で効果的な方法だと思う。筆者は、出版のバリューチェーンとライフサイクル管理を図式化し、それぞれのステークホルダーの関与のレベルを示すモデルをつくりたいと考えている。
出版社は、既刊本の著者や権利者に対して、電子化についての基本的ポリシーを明らかにし、デジタル化に対する彼らの意向を把握すべきだろう。それは早ければ早いほど、納得を得られやすいと思う。 (鎌田、01/16/2010)
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