ベストセラー著者の既刊本の版権問題 (12/16の記事参照)は、これからもしばらく後を引く問題となる。法的な問題のほうは、どうみても著者(と契約した電子出版社)側の勝利で確定しそうだが、(相互信頼に基づく)慣習は、道徳的感情とも絡んで単純ではない。価値ある出版が多くの関係者の創造的協力によって生まれるものであるとすれば、法律と市場に任せておいていい問題ではない。たとえアメリカでも、それは変わらない。
はじめに
米国での議論は、著名な出版人やE-Book編集者、出版編集者などを巻き込んで活発に展開されている。しかし、著者と編集者が険悪になっては出版は崩壊しかねないので、基本的には感情を抑制し、将来に向けて新しい関係をつくっていこうという前向きな内容が基調となっている。問題は世界中どこでも同じであるだけに、議論は日本でも共有されるべきだと思われる。それによってデジタル時代の出版の新しい価値が見出され、コンセンサスとして世界的に定着するプロセスがスムーズに進むことが期待される。
著者と出版社の新しい関係を目ざして:道義的問題
NY Timesのゲスト論説員で出版社社長のジョナサン・ギャラッシ氏 (Jonathan Galassi=写真中) は1月2日「出版はスクリーンに向かっていて出来るものではない」というエッセイを寄稿した。世界的ベストセラー『ソフィーの選択』(1979)などで知られる作者ウィリアム・スタイロン (1925- 2006=写真上) の権利継承者が、ランダムハウス社から出版していた数冊の著書の電子版を Open Road Integrated Media社にライセンスしたことを取上げ、E-Bookというのは、出版のフロンティアではなく、単なる既刊本の焼き直しにすぎないのか、と疑問を投げかける。そしてランダムハウス社とその編集者が、1951年にスタイロンの処女作『暗闇に横たわれ』を世に出して以来(これは間違いで正確には次作以降)、大作家としての地位を築く支えとなってきたことを、作家自身の言葉を引用して述べている。
たしかに、歴史に残るようなしっかりした本は、まず出版者が著者の才能を発見するところから始まることが多い。何段階もの書き直しが行われ、綿密な校正・校閲を経て磨かれる。一流のブックデザイナーによる活字の選択やレイアウト、装丁を経て完成する。それで終わりではない。出版社はあらゆる方法でパブリシティを考え、多くの新聞雑誌の書評で取り上げてもらえるようアレンジする。営業はなるべく多くの予約注文を取れるように動き、版権管理部は、海外での翻訳や映画化を売り込む。出版社はその後も本の成長を見守る…。ギャラッシの論旨は「道義的に」とても説得力がある。いったい別の会社がランダムハウス社とは無関係に、かっさらうように電子版を出版できるのだろうか。
米国社会を揺るがす問題作となったスタイロンの『ナット・ターナーの告白』(1967)には、スタイロンのオリジナル原稿以上のものが含まれている、と彼は言う。それは偉大な編集者、ロバート・ルーミスの手が入って出来上がった。のちの大作家の傑作が世に出るための出版社の関係者の苦闘は、電子版の理想的な候補を仕上げるためだったのだろうか! オープンアクセスとなったこの時代、読者は出版人の仕事についてきちんと認識していただきたい。E-Bookのディストリビューターは、出版社ではなく仕出し屋にすぎない。出版物の最終的な形を決定したのは原出版者なのだ。たとえ本が将来印刷されなくなったとしても、ルーミスやその同僚たちが、60年以上にわたってスタイロンの作品に注ぎ込んできたような深い思いや配慮は失われることがあってはならない。
さすが詩人にしてNYの有名雑誌の編集長を歴任した出版界の大物だけのことはある。こうまで言われると、参りました、と降参するほかない。少なくとも、著者からゴーストライター、編集者、清書屋まで、様々な立場で出版に関わったことがある筆者は。スタイロンも一時マグロウヒル社で編集者をしていた経験がある。著者と編集者の関係は近くて遠い。もちろん、ルーミス氏を知る昔気質の出版人ギャラッシ氏の嘆きに対して、共感する人ばかりではない。このエッセイはTwitterやブログで轟々たる反響を巻き起こした。筆者もまだ十分にフォローしていないが、大学図書館人の団体 Society of Scholarly Publishing (SSP) のブログ、the scholarly kitchen にジョセフ・エスポジト氏 (Joseph Esposito)が書いた反論は、ギャラッシ氏に対する敬愛の念に溢れながらも、デジタル時代の価値創造における出版者の新しい役割を述べている点で評価も高く、コメントもハイレベルなので紹介してみたい。(続く)
参考記事
There’s More to Publishing Than Meets the Screen, by Jonathan Galassi, NYTimes Online, 01/02/2010 (Mr. Galassi is the president of Farrar, Straus & Giroux)
How Not to Negotiate for Digital Rights, by Joseph Esposito, the scholarly kitchen, 01/12/2010
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