絶好調が伝えられる Kindleだが、気になるのは、大画面版の Kindle DXについてのユーザーの評判が Kindle 2に比べてよくないこと。じつは、バージョンが新しいほど「満足度」は落ちている。筆者なりに理由を推定すると、画面なのではないかと思われる。これは大問題で、Kindleのアキレス腱ともいえる。スキッフ(Skiff)社がプラットフォーム構築にあたって、まずここにフォーカスした理由だ。
Kindleのアキレス腱は「ページ」と「画面」の最適化技術の未熟
ブックデザインでは、四六版やA5判などの判型(タテヨコの寸法)を土台にして、文字組みを考える。文字組みとは文字の書体とサイズ、字間・行間のスペーシング、ハイフネーション、禁則処理などを指定することだが、それとともに「余白」の指定も重要な要素を占める。可読性に直結する字詰めと関係し、あまり気づかれることはないが、それによって印象はまるで変わる。文庫と新書で文字組みが違うのは当然だが、出版社にはそれぞれスタイルがあって、厳密に守られている。それが出版社(シリーズ)の個性であり、読書体験のなかでも無視できない要素だ。
E-ReaderでE-Bookを読む場合にはどうだろう。本に親しんできた人にとってはとくにそうだが、画面上の文字や画像を視ることができるだけでは「本」にも「読書」にもならない。読書には「ページ」という安定した空間が不可欠だ。ページは文字組みによって、内容に対して最適化された「必然性」にまで高められている必要がある。オフィス文書のようなわけにはいかない。読者は我慢してまで読んでくれない可能性が強いからだ。雑多なE-Readerの画面があり、多様な本や雑誌がある(もちろん読者も雑多だ)。コンテンツに対する「ページ」としての適合性は、誰がどう保証するのだろうか。それを制約としてデザイナーはどんなE-Bookのレイアウトを考えられるのだろうか。
画面がページであるとすると、Kindle DXのページは、新聞やオフィスドキュメントには悪くないが、本には大きすぎる。前者の専用とするには高すぎるし、コンテンツも機能も足りない。大は小を兼ねない。ぶさいくなのだ。不満が出るのは当然だろう。E-Readerが本や雑誌の「プラットフォーム」となるには、ちゃんとしたブックデザイナーの知恵を取り入れなければならない。もちろん、アマゾンもそのことは十分に認識しているだろうが、Kindleは先行した分、修正には余計なコストがかかる。
スキッフは画面/ページ問題の処理ロジックを開発できたか?
スキッフ (Skiff)は、少なくとも画面/ページ問題を十分に認識している。E-Readerは様々なサイズ、プロポーション、解像度のものが登場する。たんに「読める」以上のことを求めるとすれば、本における「ページ」と「画面」の間を仲介し、制約の中でベストの表示を可能としなければならないだろう。Kindleのハードとブックデザインは、最初のバージョンではベストの組合せだったのだが、それが乖離を始めた途端にユーザーはページと画面のアンバランスを意識し始めたのだ。スキッフはそこにKindleの弱点をみた。それはE-Bookビジネス全体の問題だ。Kindleの進化過程でさえ、それが露呈したとすれば、PC、スマートフォン、ネットブック、タブレット…と連なる「画面フォーマット」の壁を越すのはさらに難事であり、逆にいえばそこに大きなビジネスチャンスがある。
周知のように、デジタルコンテンツには、ページを画像としてスキャンするものと、テキストや画像をソフトウェアを使ってページとして表示するものがある。Googleのブックサーチなどは前者を採用している。作業はかなり自動化できており、テキストもOCRで検索可能となる。ページをスキャンすればオリジナルなデザインは「写真」のように見ることができるが、可読性はまちまちだろう。E-Bookの主流は後者となるが、前述したように、フォントや解像度はデバイスに依存するので、デザインが難しくなる。
スキッフは、まず現在のE-Readerに対して「最適化」処理をするためのロジックを開発し、マーベル社と提携することでそれを実行するハードウェアをワンチップにした。これは第一歩で、最終的に(といってそう時間はかけていられないが)あらゆる画面を相手とするロジックと環境を構築することになろう。評価のポイントは(ハードウェアに問題がないとすると)「画面最適化」のロジックが有効な水準に仕上がっているか。どこまでユーザビリティを進化させることが可能か、ということだろう。(つづく)
「Skiff/Marvellが演出するニュースリーダ技術」 (1)、01/19/2010
参考
拙稿「「Web日本語組版の革新:河野英一氏とメイリオ」、11/11/2009
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