新聞・雑誌の紙からの大脱出を告げる「スレート」
2010年 1月 12日
CESでE-Readerとともに注目を集めたのが「スレート」。マイクロソフトのスティーブ・バルマーCEOは、自らWindows 7ベースのタッチスクリーン・マシンを紹介。しかしメディアの反応はかなり冷めていた。ブロガーの間で「アップルならもっと違うものを出してくる」と騒がれているからだ。しかしガジェットファンはともかく、もうすこし引いてメディアビジネスの側から考えてみたい。なにしろ、新聞・雑誌を中心としたメディア業界にとって、紙やTV受信機に代わるターゲットメディア、いや読者との新しい“聖約”になる可能性があるのだから。
なぜ「スレート」にしたのか
タブレット (tablet)といい、スレート (slate)という。同じことだが、印象は違う。前者は石や金属でできた銘板あるいは書字板が語源で、昔からコンピュータの入力装置にも使われている。後者も石板だが、平たい粘板岩で屋根材にも使われ、自然石のイメージを残している。これが欧米人に特別な意味を持つのは、モーセがシナイ山で神から十戒を授かった石がこれだということだ。往年のハリウッド映画(写真)では、石板上にレーザー光線のようなもので刻されていた。
パーソナル・メディアビューワとしてのタブレットを、スレートと言い始めたのは、手垢のついた人間の (入力)ツールに対して「神のメッセージを伝えるメディア」という印象を想起させたかったのかもしれない。神はモーゼに動画でなく文字で指示を出し(人間どもが忘れぬよう)刻み込んだが、現代のスレートはマルチメディアを扱う。ネットが、刻まれた文字ではなく「変化」を映し出す、というわけだ。なかなかいい考えだと思う。PCがもともと入力系を重視してきたのに対して、スレートは出力が主で入力は従だ。テレビに近いが、つながる先によって千変万化する(例えば個人用テレビ受像機やネットビデオプレーヤーにもなる)。
位置づけとしては、ネットブックとスマートフォンあるいはブックリーダの中間と考えられている。もちろん機能的には重複する。すべてはユーザーの嗜好、所有欲、使用感、それに懐具合ということになるだろう。ハードウェア的には、フルカラー液晶表示、画面表示を高速化させるビデオチップ、数Gバイト以上のメモリ、タッチスクリーン、3G+Wi-Fi。OSは、Windows、Android、アップル (詳細不明)の3種。ガジェットとしてみたスレートはどれも大差なく、ほとんどが台湾・中国製だが、差別化要因はそれがどこにつながっているかによる。アプリケーションとディスクがクラウドに置かれており、何らかの配信プラットフォームと接続されて、それらのライブラリを通じてコンテンツを利用するようになるからだ。とくにアップルの場合、ユーザーは iSlateを所有することにより、ネット上の神と契約することになる。機能的にネットブックと似ていても、意味するところはまるで違うと言わねばならない。GoogleとWindowsの場合はこれほど一神教的ではなく、主宰神を中心としたパンテオンが構成されることになるだろう。
ニュースリーダとしてのスレート:紙からのエクソダス!?
携帯電話がそうだったように、ガジェットは生まれおちた途端に、あらゆる方向での進化の方向を模索し始める。本サイトとしての関心は、主として新聞・雑誌とそれに付随するビデオ/オーディオクリップのビューワということになろう。昨年12月8日に、世界的な雑誌・新聞の有力出版社5社が、「現在および将来の様々なデバイスでコンテンツを表示させるための業界標準のプラットフォームと共同オンラインストア」の構想を明らかにしたが、この「将来」に対応するという際のメインターゲットがスレートであることは、Sports Illustrated 誌のデモで明らかだろう。
新聞・雑誌系コンテンツが書籍と異なるのは、(1) 記事の長さが、液晶画面がストレスを与えるほどでなく、(2) ビデオコンテンツが多くなる傾向にあり、(3) 記事検索、Webでの関連情報検索の頻度が高い、アクティブな情報ユーザーが多い、ということだろう。たんに読むためなら標準的なタッチスクリーンのビューワでいいが、(3) の比重によっては、スライド式/外部接続式のキーボードやポインタが必要になる。また、重要なことは、アクティブな読者(購読者としても、広告ターゲットとしても価値が最も高い)に対して付加的なサービス機能を開発・提供することで、そのための共通インタフェースがメディア業界の課題になっているわけだ(たとえば特別なコンテンツへのアクセスや最新情報へのダイナミックなリンクなど)。
画面サイズや表示特性の異なる5種類のデバイスに対して、いちいちコンテンツをフォーマットし直すのでは話にならないから、環境に反応して表示を最適化するソフトウェアと標準は決定的に重要だ。日本でも、そのためのオープン・プラットフォームと(国際化対応)標準、アプリケーション/サービスの開発環境を早急に整備すべきだ。国が数百億円を拠出するほどの投資価値はあると思うが、誰も使わない「電子政府」や800億円のスパコン同様、IT業界にスジのよくないものを押しつけられるだけに終わりそうなので、もっと賢い方法を考えなければならないだろう。
気の早い言い方をすれば、メディアビジネスにとっては、スレートをメインビューワとして、スマートフォンやブックリーダ、ネットブック、PCをサブとして位置づけることができる。今年の能力の製品は、5年以内に100ドル近辺まで下がると考えられる。そうなると新聞・雑誌という、最も贅沢に紙を使う業界において「紙の死」が宣言されるかもしれない。デジタルと紙の価格バランスは変わり、もはや紙はマスメディアにとって経済的に引き合わない贅沢品になるということだ。メディアの側では、年間数万円の購読料を半額にしても、印刷配布という物理的コストを削減できる効果はある。紙と電子版の両方をやっていれば、Googleだけが儲かり、ファストフード系の(コピペ)メディアが寄生する状態が続くしかない。紙を前提にしなければ、電子版こそがむしろカネのなる木となる。読者にしてもすぐに元は取れる。
しかし、新聞組版システム、大型輪転機、用紙業界(それに日本の場合は新聞販売店、チラシ印刷)に甚大な影響が出る。避けられないことだが、移行期については政策的な対応が必要になってくるだろう。無視していると、社会問題が生じる。情報革命はエネルギー革命以上のインパクトを予期せぬ形でもたらすことは忘れてならない。(鎌田、01/12/2010)








