アマゾンとマクミラン両社の小売価格をめぐる紛争は、1月31日にアマゾンが値上げ受け入れを表明したことで表面上は後者の「勝利」に終わり、先週アップルが iPad/Bookstore で導入した手数料モデルの影響が早くも出た形となった。日本でも様々な形で伝えられているが、多くは出版社とそれを“支援”するアップルの勝利とするものが多い。筆者はまったく別の考えを持っている。出版社はまだデジタル化の意味を理解していない。
マクミランは勝っていない。時計を止めただけ
流れを整理すると、多くのタイトルについて、マクミラン社は$12.99~$14.99の価格設定で発売し、以後自由に引下げるモデルを希望し、アマゾンは$9.99のフラットレートを希望して対立した。その結果、アマゾンは紙を含むすべてのマクミラン社書籍の扱いを一時停止した。3~5ドルの違いだが、読者にとって30~50%の大幅値上げとなるから、アマゾンが抵抗するのは当然で、正当だ。「高くても読みたいユーザーの選択肢を排除しない」「他社が追随することはないだろう」という、かなり高飛車な調子で“屈服”した格好だが、もともと赤字を負担して Kindle 普及のプロモーションのために$9.99で売っていたわけだから、逆に利益を保証されることを意味する。べつに悪い話ではないのだ。ただ、一部のベストセラー愛好家(たいがい本はあまり読まない)がKindleを購入する可能性が減っただけのことだ。
アマゾンでは、紙の本10冊に対して6冊の割で電子版を売っていると言われる。伸びしろを考えると、このバランスは逆転するだろう。その時ペーパー版の部数が変わっていなければよいが、出版社は紙の減少を危惧している。だから電子版をできるだけ遅らそうとする。電子版の伸びに期待したほうが現実的と思われるが、出版社が危惧する根拠は明らかになっていない。
ここで一つ確認しておきたい。日本のように出版社が小売価格を統制することが認められていない国では、古書と同様に小売店の価格設定は自由である。ベストセラー本を目玉として集客に使ったり、売れ残りそうな本を大幅値引きして廃棄を避けることは書店の判断でできる。衣料品と同じで、価格を維持するためだけに大量の返品や廃棄といった不合理を招くことは誰でも避けたい。しかしメーカーである出版社が小売価格を支配と思うのは当然で、メーカーと小売は互いに規模を大きくして対抗することになる。日本ではメディアによる教育(信仰の強制)が行き届いていて「一物一価」の意識的誤用とともに、「文化を守るための再販制度」という統制システムが、膨大な資源浪費・環境破壊・コスト高を招いている。
E-Bookの場合、物理的資源の浪費は起きないから、もちろん大幅なコスト削減が可能で、理屈の上では大幅に価格を下げることが可能だ。他方で、事実上在庫の不要なE-Bookは、在庫圧力が消滅した結果、メーカーと小売の力関係も劇的に変わる。メーカーは書籍流通の歴史上初めて完全な価格支配力を持つことが、これも理屈の上では可能になる。出版物では同一タイトルが別の出版社によって発売されることは例外的で、競争が働かないためだ。何世紀もの間、消費者と書店、集金システムを背景にした「流通」との関係で苦労してきた出版社としては千載一遇の好機でもある。アマゾンを含めてすべての小売の力を相対化したい欲求は分かりやすい。
ハードカバーへの影響を怖れ、時代の変化を怖れない大手出版社
問題は、出版社が紙の書籍(ハードカバー、ペーパーバック)に対する E-Bookの価格設定に関して確信が持てていないことだ。単純に考えて、コストが圧倒的に安いE-Bookを紙より安く販売することは道理にかなっている。デジタル化したことの付加価値は、現在のところ大量の本を持ち歩けるようになったことだけで、E-Reader上の単体コンテンツと紙の書籍を比較すればスペースメリットはほとんどない。デバイスを購入してまで読んでくれようというユーザーは尊重されてよい。E-Bookが売れるのは、紙より入手しやすく、安いからだ。そうでないと、ライブラリを持ち歩きたいヘヴィ・リーダーだけが買うことになってしまう。市場の発展は遅れる。Kindle 以前の状態が続くことになるが、それで出版社がハッピーになることもない。
出版社はE-Bookの価格を、紙の売れ行きに影響を与えないレベルに支えておきたい。それは読者にE-Bookのメリットを感じさせないレベルより低く、紙を買う読者が減るレベルより高く、ということになるだろう。しかし、前者は確認しやすいが後者は明確ではない。それに、200ドル台という現在のE-Readerの価格では、まず年間20冊以上購入する読者が購入し、価格と手軽さから購入量を増やすことになる。だからアマゾンのビジネスモデルが成功したわけだ。少なくともこれまでのKindleユーザーは大幅に購入量を増やしている。本の愛好家は、余裕があれば紙版も購入するが、なければどちらも買わない。ベストセラー本を中心に年間10冊以下という読者は、E-Readerなどわざわざ買わないので出版社にとっては何の影響もない。
はっきりしているのは、E-Bookは需要に応じていくらでも出荷量を増やすことができるということ。そして市場の形成が遅れれば出版社にとって大きな機会損失になるということだ。紙は大部数を短期で売り切らなければならないもので、E-Bookは長期にわたって販売すべきものだ。サラ・ペイリンの著書やテッド・ケネディの伝記などは紙こそ相応しい。ベストセラー本10ドルというアマゾンの価格設定はまったく合理的で、これを15ドルにしても販売数量が減るだけだ。
日本の航空料金が高いのは鉄道に影響を与えないため。そして高速道路が有料でしかも法外なのは、鉄道、航空、フェリーなどに影響を与えないためだ。すべてが国際的にみて異常な高水準で安定している。その結果、モビリティの低い社会が生まれ、過密と過疎が悪化し、狭い平地をさらに狭くし、デフレにもかかわらず事業コストも生活コストも下がらず。投資環境が改善できない。社会システムというものは、最初を間違えてしまうと、その上に利害関係が重層的に成立してしまうので修正がきわめて困難になる。情報のインフラもこれと同じ。しかし、交通よりはまだましで、血を見ることも(たぶん)少なく、結果的に全員がハッピーになれる可能性がある。それにデジタルの波に対して、選択肢は少なく、このままではビジネスとしての存続も困難になる。過渡期を乗り切るためには、大胆にいくしかない。価格決定権を名実ともに取り戻したいのなら、読者と向き合うしかない。それをせずに価格統制をしても、著者と読者が離れていき、必然的に別のビジネスを利するだけだ。 続く (鎌田、02/03/2010)
アマゾン vs.マクミラン(2) : agency modelの幻想
参考記事
「Amazon、MacmillanのKindleでの値上げ要求に降伏―消費者の判断は?」 by Leena Rao, TechCrunch, 2/2/2010
「Amazon、電子書籍の価格をめぐる攻防でMacmillanに降伏」 ITmedia、2/1/2010
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