アマゾン vs.マクミラン (2):agency modelの幻想

2010年 2月 4日

出版社は「メーカー」でアマゾンを「書店」と考えるのは時代錯誤だ。アップルと大手出版社が合意した「エージェンシーモデル」は一見“合理的”に見えるが、デジタル時代の知識コンテンツの生産と提供というバリューチェーンの中で、プレーヤーの役回りは固定していない。既存のコンテンツに関しては、著者がメーカーで出版社は卸業者の一つに過ぎないのだ。中心的なプレーヤーは読者と著者。その他はすべて“エージェント”であることを忘れるべきではない。

“Book+α”こそ出版社の生きる道:付加価値なくして価格なし

デジタル時代は、それぞれの役回りをゼロから確認し直した方がいい。役割を拡大していくアマゾンを手数料ベースの販売エージェントとしておきたいのは理解できる (いわゆるエージェンシー・モデル) が、そもそも出版社はつねにメーカーであることを主張できるだろうか。できるともできないとも言える。出版社から見たら著者が一調達業者かもしれないが、デジタル時代には著者が「メーカー」で版元が「卸業者」と考えることもできる。事実、音楽産業はそうした存在であることが露呈してしまい、アップルなど新しい流通プラットフォームに従わざるを得なかった。電子版において著者がこの「卸業者」の価格支配を拒否して(アマゾンなどがを背景とした)別の業者を選択する可能性は十分にあることは、電子版の著作権問題に関する記事で述べた。「卸」扱いされると出版社は弱いのだ。価格決定の主導権を握ることは容易ではない。

出版というものを徹底的に抽象化して考えてみよう。そうしないと「出版社」とか「書店」という“歴史的”存在の枠内でしか考えられず、デジタル時代に対応できない。とりあえず出版は、知識コンテンツの生産と提供(コミュニケーション)というバリュープロセスとして考えることができる。知識コンテンツは必ずしも本という形をとる必要はない。論文かもしれず、本の一部かもしれない。1枚の図でもいい。また本も物理的制約を持たないので、目次を中心とした論理構造のほかに、記述・論証・事例、というコンセプトを中心とした意味的構造を取り出して扱うことができる。これに遷移を付加すれば、あるテーマに関する複数の本を自在にトラヴァースできるk仮想的な本の本をデザインすることもできる。出版では「全集」や「体系」といったジャンルがあるが、そうしたものをアドホックに仮設することも可能で、知的実験の生産性は大いに上がる。学生や社会人の教育では、特定のテーマに関する複数の「必読書」を連携させ、問題集などを付けて「使う」ことも考えられるだろう。本の中に閉じ籠らず、読者との接点を拡大することによって付加価値はいくらでも創造できる。つまり出版は「本」を超えた社会的価値を生み出すことができるし、プロフェッショナルとしての出版社は“Book+α” に踏み込まないとメシが食えないのではないかと思われる。

E-Book価格決定権の幻想

Booksquare のカーシャ・クロージャー女史も述べている (1/31)ように、E-Bookの価格設定に関する出版社の議論には説得力がない。読者にとっての価値を考えていない。そもそも電子版の品質は劣悪だ。伝統あるマクミラン社の本でさえ、電子版の校正はいい加減で、出版社が品質管理の体制すらつくっていないことを示している、というのだ。出版社は紙の本の元ファイルの状態をきちんとチェックせずに(たぶん)外部サービスに回し、下版したフィルムと同じでないことも忘れ、レイアウトが崩れることさえ見逃すことが少なくない。編集者は電子版に関心を持たないということだ。こんなものを売って平気でいながら値上げとはおこがましい、と多くの人は考えるだろう。電子版の校正漏れは、筆者もその昔、CD-ROM版広辞苑を見て呆れたことがある。つまり編集者や校閲者の厳しい目も、どうも電子版には及ばないようなのだ。気持ちが乗らないのかも知れない。ともかく出版人にとってE-Bookは、愛着や自負の対象となる一人前の商品として扱われていない。それは「仕事をしていない」からにほかならない。

メディア関係者の大半は、E-Bookビジネスを、まだ紙のタイトルをそのまま電子化して販売するという狭い視野でしか見ていない。E-Bookの可能性も知らず、研究もしていないし、その必要も感じていないのかも知れない。だから「メーカー」の権利としてアマゾンに「エージェント」であることを要求するのだ。だが出版社の「メーカー」性は自明の理として保証されていない。著者が主役になった時には、出版社がエージェントとなる。またアマゾンやGoogleが複数の出版社のタイトルを網羅し、自由にトラバースできるような環境を提供することで優位を築くとすれば、次の段階は「読書支援環境」のインテリジェント化、ダイナミック化であることは言うまでもない。夜店の屋台のように電子本を並べただけで売れると考えるのは時代遅れなのだ。

アップルはiPad で大きな政治的成功を収めた。しかしアマゾンやGoogleの構想をアップルが共有していないと考えるとすれば大きな間違いだ。ともにメディア・プラットフォームを志向する限り、ユーザーの期待する体験を総合的にプロデュースする主役となり、出版社あるいはそれとは独立に著者、編集者、アーティストが提供する「素材」に付加価値を付けて売るレストランとなる。その時、出版社は自分たちがメーカーではなかったことを知るだろう。出版社が現在のE-Bookのようなものでビッグスリーを「エージェント」とし、「本」の価格決定権を握ることができると考えたとすれば、没落も遠くない。(完) (鎌田、02/03/2010)

アマゾン vs.マクミラン (1):E-Bookの価格問題

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