米国コンデナスト社の電子雑誌戦略
2010年 2月 9日
瀧口範子氏のDIAMOND連載はじつに80回目となったが、2/3の記事はアップルの iPadを中心に、コンデナスト (Conde’ Nast) 出版社の電子化対応を追っている。昨年末のタイム社のデモもそうだったが、米国雑誌業界は、パッドを基本的なターゲットとしながら、従来のWebではやりきれなかった<有料サービスと対話型広告>という領域に踏み込んでいるという印象だ。
リンク記事
「『プラダを着た悪魔』はiPadがお好き?:アップルも一目置くコンデナストの大進化」 by 瀧口範子、DIAMONDonline、2/3/2010 〔連載・ビジネスモデルの破壊者たち 第80回〕
はじめに
コンデナスト社の雑誌は、高級ファッション誌 (VOGUEなど) をはじめ、旅行雑誌、料理雑誌、ハイテク (WIREDなど)を含み多岐にわたる。コンテンツの質は高く、富裕層を含む読者層から、広告媒体としてのブランド価値も申し分ないが、最近の業績は不況の影響をまともに受けて不振だ。しかし、大手出版社の多くがそうであるように一族経営なので機動性は高い。雑誌の整理(売却)、Webサイト別のグループ化などをかなり活発に進め、Webベースのビジネスモデルの確立と紙媒体との両立という課題に取組んでいる。瀧口氏のレポートは非常に興味深いアプローチを要領よく伝えている。以下、いくつかのポイントについて考えてみよう。
Webと雑誌
瀧口氏によれば、コンデナスト社は、Webに公開する情報を制限して購読を保護しつつ、傘下の雑誌のコンテンツを再編集し、ジャンル別の複数のWebサイトにまとめている。料理雑誌のコンテンツを再編集した epicurious などは広告媒体として成功しているという。同様に、ファッションでは Style.com、旅行関係は concierge.com に集約している。ホテル関係の hotelchatterのように、直接雑誌に対応しないものもあり、テクノロジー関連サイト Ars Technicaや栄養・健康情報の NutritionData のように買収も行って成功させている。瀧口氏は「収入モデルがよく見える」と評価している。
日本ではあまり例はないが、雑誌やWebサイトのM&Aはかなり活発に行われており、ジャンルと読者ターゲットを集約するために「不要」になった優良雑誌を惜しげもなく売却するのはごく普通だ。コンデナストのような雑誌中心の出版社は、そうした新陳代謝を繰返しながらダイナミックに変貌する力を持っている。
タブレット用デザインフォーマット
コンデナスト社は(他の雑誌社も同様)タブレットに対応したUIとインタフェースの開発に努力している。多くの人は「コンテンツ」という缶詰のようなものがあると錯覚しているが、出版の世界では、読者と媒体 (従来は郵送や書店売りの冊子)や印刷技術と素材を想定して最適化し、かつ他と差別化するわけで、組合せが変われば当然レシピが変わってくる。紙媒体の代表的雑誌がWebで不振だとしても驚くにはあたらない。別のものだからだ。フォーマットを変えることは、コンテンツをつくり直すに等しい。
本や雑誌のデザインは、基本的に判型やタイプフェース、文字組で個性を表現している。パソコン・ブラウザでの雑誌の表示はデザインの自由度=個性に乏しく、Webページの制限内でのものとなっていた。Webページ用のデザインを雑誌用にアレンジしたものといえるが、かなり退屈なものであったことは否めない。他方でタブレットは(正確に同じではないが)紙に近いレイアウトが可能であるが、どうじに対話型のUIという別な要素が入ってくる。ゲームやITアプリケーションでおなじみの様々なテクニックが道具箱から利用できるが、読者に評価されなければ何にもならない。
雑誌のタブレット表示は、HTMLではなく紙のページの文字組みをほぼそのまま採用することになりそうだ。しかし、液晶系画面は見るにはいいが、読むには10分で疲れるという欠点があるので、記事の種類にもよるが、紙と同じレイアウトだとストレスが多い。筆者は、電子用のコンテンツは紙と必ずしも同じにしないほうがいいように考えている。むしろ紙の雑誌はステイタスを保つためにも維持すべきだし、それは可能ではないかと考えられる。
マルチメディア
マルチメディアと対話型インタフェースを組込むことができる。とくに重要な点は後者であり、ビデオやアニメーション、スライド表示などの機能が使えるが、ユーザーを戸惑わせることなく、自然に操作できるようにするには、相当な試行錯誤を経る必要がある。読者対象が中高年女性をも含む場合と iPhone/iPod に習熟している若者を対象とする場合では違ったものとなるだろう。とくに、エディトリアルデザイナーのほかに、UIデザイナー、ITスタッフも加えたチームを組んで作業を進める困難さは、想像に余りある。
対話機能は、読者を有料サービスへと誘う入口、あるいは広告主とのマッチメイキングとして、ある意味ではコンテンツ以上に重要な部分だが、Webでのコマースの事例があるくらいで、ほとんど前人未踏の領域だ。検索広告のようなわけにはいかないのは、「おせっかい」広告などでクォリティ・イメージを損なわないことが条件となるからだ。しかし、顧客層が一致するブランド品のコマースサイトなどと連携することで大きな効果が期待される。AR (補完現実)などを駆使する広告技法の開発は最先端の分野で、たぶん優秀なチームが解答を出してくるだろう。それを真似ることで、日本の電子雑誌広告も進化することになろう。
部数、ページアクセスに代わる評価法
広告媒体としての雑誌の価値は、読者属性と発行 (購読)部数との関係を中心に決まる。1ページ2万ドル以上もするような広告の効果測定は、かなり厳密に行われている。発行部数は1部単位で正確に報告することが法律で求められており、違反すると詐欺に問われるほどのものだ。万事におおまかな日本と比べると大違いだが、電子版では従来の「ページ」のような広告のスペースはあまり意味を持たなくなる。かといって、クリックやページビューも算定が難しい。瀧口氏の記事によると「コンデナストは、アメリカ雑誌協会を説得して、iPhoneアプリケーションの売上げもすでに購読数に計上する。」という。
電子版の広告タイプ別の影響力と価格の客観的な評価法の確立は、業界にとっての最大の課題だろう。コンデナスト社のような大手雑誌出版社は、単独であるいは他の媒体グループと共同して広告のプラットフォームとなることが可能だ。検索連動広告よりはるかに高い付加価値を提供できる潜在能力を持っている。雑誌がそれを実現するには最低5年はかかると思われるが、生き残った出版社はより強力になることは間違いない。
参考:米国の雑誌事情
10年ほど前の筆者の記憶では、日本と比べて、米国の雑誌は発行部数が平均的に一桁多い。さらに昔の話だが、MITの発行する Technology Reviewの編集長に、公査部数15万部以下では広告媒体としての価値がほとんどないと看做されるので、そのレベルを超えない同誌の広告は「寄付」のようなものだ、と聞いたことがある。他方で広告の多い雑誌は価格が安い。リストによる controlled circulation (限定配布)の無料雑誌も多い。広告と販売の収入比率では、日本は販売に依存する割合が高いと思われる。 (鎌田、02/08/2010)








