E-Bookは高いほうがいいのか?

近ごろめずらしいほど強硬な岸 博幸慶應大学教授の「反電子ブック」論。「コンテンツ流通がアマゾンなどのネット企業が独占している」限り、コンテンツを提供する出版社の未来は悲惨、という驚倒すべき議論だ。コンテンツをどこで売るかは出版社が、どこで買うかは読者が選択する。その意味で「独占」などあり得ない。少なくとも、ガラパゴス島のモバイルコンテンツの流通をキャリアが「独占」しているよりはオープンだろう。E-Bookこそ出版社のサバイバビリティを高める。流通は紙よりも合理的だ。より創造的なコンテンツとビジネスモデルを追求できる。

リンク先

ネットは「無法地帯」か「市場」か?

岸教授のメディアビジネスに関する連載は、「メディア業界改造計画」と「クリエイティブ国富論」の2つのシリーズとして2社のサイトで並行的に展開されている。今回のシリーズは「電子出版バブル」を取り上げ、米国の状況を「『電子出版バブル』という新しいネットバブル」と呼んで出版社と消費者に対して強く警告する、かなりどぎつい内容となっている(ほぼ同じテーマと趣旨)。バブルは破裂するからバブルなわけだが、破裂するものなら投資家以外に「警告」する意味はない。だから、出版社がアマゾンをパートナーとすることへの警告ともとれる。

岸教授は「コンテンツ」の専門家だが、ここにはブームに乗り遅れた日本の「関係者」の複雑な心情、が投影されているように思われる。「出版社は、電子出版の普及という環境変化の中でも生き残らないといけないのであり、そのためには、正しいアプローチで電子出版に向き合うことが不可欠」という結論に、筆者は共感する。しかし、その前提はかなり違っている。コンテンツビジネスについての認識も違うようだ。だから教授の「正しいアプローチ」の処方も、おそらく筆者とは違っているのだろう。

岸教授はKindleのような有料モデルを「ネット上が無法地帯から市場に進化する」ことと評価し、他方で「書籍の価格の低下」をデメリットとする。しかし、現在のネットでも立派に市場が存在するのではないだろうか。現に教授が書いておられるのは、大手メディアのサイトであり、もちろんこれらはビジネスの手段として使われている。読者は直接に対価を払わないが、サイトは広告を掲載しており、広告主が(たぶん間接的に著者にも)対価を支払っている。最終的にその広告料金を負担するのは消費者や取引先であり、そうでなければ経済的に成り立たない。かなり複雑なようだが、新聞や雑誌が大部分広告で成り立っているのと同じことだ。ネット上でも立派に市場は機能している。

にもかかわらず「無法地帯」のように見えるのは(たしかに一部不法行為もあるが)、出版社にとって、読者から対価を取るビジネスには「紙」との調整が面倒で手を付けられず、他方広告で成り立たせるには、検索エンジンを持った巨大広告プラットフォーム(つまりGoogle)に大部分吸収されてしまうからにすぎない。これは「無法」ではなく完全に合法だ。ただ、従来とは別のところに新しいモデルが生まれて、メディアビジネスがさっぱり儲からなくなった、というだけのことではないか。メディアはインターネットをもっぱら安価な「広告スペース」として使いたいのだが、読者を引き寄せるには「ネット品質」以上の商業メディアに相応しいコンテンツが必要になる。だがそこにGoogleが…というわけだ。

旧いメディアのビジネスモデルは死につつある

メディアビジネスが貧血(金欠)に陥っていくのは「無法」が罷り通っているからではない。広告を代理店に任せ、ITをベンダーに任せ、販売は取次・書店・販売店に任せつつ、メディアは君臨すれども統治せず…という複雑精妙な(かつ無敵な)ビジネスモデル(と呼ぶには当事者にとってあまりに「自然な状態」)が崩壊するという世紀の事件に対して、頭も身体も付いていっていないのだ。これはネットの責任でもGoogleの責任でもない。メディアビジネスの未来を拓けるかどうかは、「無法」の取り締まりではなく、ひとえに彼らにかかっている。流通と広告だけでなく、読者も含めたのインタフェースを再定義し、それらを総合的に管理するITも自力で設計する必要がある。

アマゾンは、読者が対価を支払うネット上の有料モデルを構築した。それは容易いことではない。それができたのは、アマゾンが「ユーザー」と「流通」と「広告」という3つの戦略資源をすべて手中に収めていたからだ(アマゾンの「本業」を考えていただきたい。本が売れる毎に、有益な読者情報が蓄積している)。E-ReaderとしてのKindleは、したがってなんら本質的な要素ではなく、戦術兵器に過ぎないということだ。アマゾンのビジネスモデルをたんに有料モデルとだけ見るのは誤りだ。正確には有料/無料のハイブリッドモデルで、ネットビジネスの非常に進化した形態を示している。ちなみに、Googleが構想しているブックビジネスもハイブリッドだが、流通においてアマゾンに対抗できるものがないので、あれほど壮大なものにならざるを得なかった。プリウスではないが、ハイブリッドのコントロールは非常に難しい。メディアが有料/無料モデルを併用するには、かなりきめ細かくスピーディな調節機構が必要になる。米国の雑誌出版社などはそこにチャレンジしている。

印刷・製本という贅沢な付加価値のないE-Bookは安くて当然

岸教授が、「無料→有料」の先にコンテンツ産業の優位を確立したい気持ちはよく理解できる。しかし、出版社が価格決定権を持てるかどうかは、基本的に読者との関係を再構築する可能性にかかっている。「コンテンツ」の権利だけをタテに争っても、消費者が味方しない戦争では敗北必至だ。「アマゾン vs. マクミラン」の記事で述べたように、「価格決定権」と言いつつ、ハードカバーの値崩れを防ぐ目的でE-Bookの値上げだけに関心があるのではなおさらだ。出版社はE-Bookの付加価値についての認識が低すぎると言いたくなる

「活字文化という大事な文化を支える書籍についてもユーザーは価格が安いものを選ぶと決めつけるのは、いかがなものだろうか。」と教授は述べている。それこそ「いかがなものか」と返したい衝動に駆られる。出版社の経営も、基本は売上と利益の追求であり、本の価格は他の商品と同じく、売上金額(販売見込み数量×価格)がコストを上回って最大になるように設定される。内容の価値判断とは無関係なことはいうまでもない。最も価値ある古典のほとんどは著作権が切れており、アマゾンなどでは無料で提供されている。

いまここで浮世絵の本を企画するとして、定価10万円で限定100冊とするか、1,000円で10,000部にするかは、マーケットの読みと発行側の意向にかかっている。一般読者を想定し、知識の普及を重視すれば後者だし、一部の好事家、専門家しか読まないものなら前者もあるだろう。好事家なら、完全予約制、超豪華限定、6色印刷、著者サイン入り、クロス装金箔押し、美装桐箱入り…といった付加価値を用意しないと難しい。本の価格と販売部数の関係の判断は、どんなベテランでも難しく、外れることのほうが多い。

さらに重要なことがある。現在の本の付加価値の多くは、じつはブックデザインと印刷・製本によるところが大きいということだ。モノとしての単体価値を高める方法は工芸品に近いものにすることだ。高価な本の「コンテンツ」をオフィスのプリンタで出力したものに、コピー代以上のものを払う人間はいるだろうか。ましてE-Bookはプリントもせず、画面表示だけで読むものだ。(じっさい、出版社は電子辞書メーカーに対して、数千円の辞書「コンテンツ」を1本数十円という、岸教授が卒倒しそうな価格で提供もしている。台数が多く確実に儲かるからだ)。

紙の本に近い価格を要求するというのは、書籍コストの最大の部分を占める印刷製本の付加価値がないというのと同じことだ。これは正常ではない。紙の本の価値は、それがモノとして完成されているということで、バーチャルブックとしてのE-Bookは、その点で本に匹敵することはない。その意味で、E-Bookをデジタル音源と同列に論じることには賛成できない。デジタル音源は再生装置によって音が変わるが、E-Bookはそうではない。また紙の書籍はCDのパッケージや歌詞カード以上のものを提供している。

デジタル化は本と出版社、活字文化のサバイバビリティを高める

現在の出版社の苦境は、デジタル化とは無関係に、想定に対して売れなさすぎることに尽きる。赤字には様々な要因があるが、あらゆる悪循環を生み出す。コストは減らされ、企画は熟慮も大胆さも失い、内容が安直になる。点数を増やせば読者に知られる可能性が減り、書店での滞留期間も減り、さらに売上を減らす。これはマーケティングの問題というより、もはや構造的問題ではないか。多くの出版社は水面に顔を出して立ち泳ぎしながらしがみつくものを探しているような思いをしている。事業の継続性と発展性を可能にする「利益」を出したいと苦闘している。この構造的問題を解決せずにナマの「コンテンツ」であるE-Bookの値上げに拘る料簡とは、いかがなものであろうか。

正気で考えるならば(いかにバーチャルな形であれ)E-Bookが本の商品寿命を無限に長くすることに注目できる。これは活字文化の維持発展という観点で何よりも重要なことだ。寿命を長くすれば販売機会が増え、増刷のリスクも不要だ(しかも後続の本のレベルは嫌でも上がる)。何より、プロジェクトとしての出版の利益率が自然に向上する。これこそ出版社を救うものでなくてなんだろうか(アマゾンやアップルが救うのではない)。出版社の経営はより長期的な展望を持ったものとすることができるし、特定分野を強化するための手を打つこともできる。E-Bookを安値で提供することは、読者(市場)を育て、販路を広げ、寿命を長くし、マーケティングの可能性を広げる。それは出版社のためにもなるのである。本気で取り組むならば。 (鎌田、02/11/2010)

本誌関連記事

  • Share/Bookmark

Related posts:

  1. アマゾン vs.マクミラン (2):agency modelの幻想
  2. アマゾン vs.マクミラン (1):E-Bookの価格問題
1 Star2 Stars3 Stars4 Stars5 Stars (7 votes, average: 5.00 out of 5)
Loading ... Loading ...