アメリカの技術史家メルヴィン・クランツバーグの「テクノロジーの法則」の一つに「テクノロジーは善いものでも悪いものでもない。しかも中立でもない。」というのがあります。前半はほぼ常識ですが、後半はドキッとさせられます。これはテクノロジーがつねに勝者と敗者を生み、しかもそれが連鎖するということを意味しているからです。われわれがデジタルメディアを味方にできるか敵に回すかは、大げさでなく、21世紀の日本の運命を左右することは間違いありません。
コミュニケーションのパラダイム変換
1990年代頃まで、”技術立国"の私たちはテクノロジーがいつまでも味方でいてくれると信じていました。しかし、その後なぜかテクノロジーはかなりよそよそしいものとなり、たしかに「便利」にはしてくれても、社会全体を豊かにすることはほぼなくなりました。それどころか、全体として見れば職は減り、仕事は単純化され、給料は下がる一方です。職も富も、どんどん海外に流出しているのです。テクノロジーは荒馬のように、乗りこなせないとよそへ去ってしまうばかりか、敵に回すと手ごわい、困った性質を持っているようです。ITは情報に関わる様々な職種で雇用を減らしてきました。自動化によってシステムが吸収した分と、アウトソーシングで国外に移転した分を含めると、すでに相当な数でしょう。その上、ITは膨大な情報を撒き散らしますから、コンテンツの価格を引き下げています。
E-Bookについて私たちが抱いている懸念も、そこにあると思います。
- 無視すれば確実に負けて、勝ち組の世話をして生き残るしかなくなるが
- 勝ちを目ざせば従来の関係を壊す(敵をつくる)ことになるかもしれず、
- 資源なし、技術なし、知識なし、味方もなしでは、勝つ可能性も低い
こう考えていたんでは、本気は出ません。
デジタルメディアをいかに味方にできるか?
安定したエコシステムのもとで生きてきた日本のメディア関連業界では、何をやるにしても目先のマイナスが避けられないと考えて二の足を踏むのも当然です。しかし、わがライバルはそう考えません。もともと既存のビジネスが小さく、インフラも未整備で、その上資源制約から印刷媒体の成長の余地が限られている中国やインドは、E-Bookに全力で取り組むでしょう。21世紀の知識情報環境に対して近代の遺産たる印刷・放送媒体。これでは最初から勝負になりません。「テクノロジーは中立ではない」ということの意味を重く受け止めなくてはなりません。現在起きている変化は、交通革命や通信革命、エネルギー革命のように、社会全体に大きな影響を与えるもので、それを味方にできない限り、敵となるからです。
とはいえ、私たちは単純に「時代遅れ」の技術や企業に「市場からの退場」を勧告すればよいような立場にはいません。第1に、それはコミュニケーションに関わるもので、社会関係・人間関係に関わります。大規模な関係が崩壊すれば、グーテンベルク以降のドイツで起きたような混乱を繰り返す恐れさえあります。すでに新自由主義改革によって「和」の社会は崩壊し、かなり殺伐とした雰囲気になりつつあるだけに、影響は恐ろしいものがあります。第2に、新しいパラダイムに成功裏に(つまりライバルに負けないように)移行するためには、内外、新旧のパートナーと、可能な限り協力しつつ進める以外に確実な方法はありません。椅子取りゲームのようなことではないのです。
E-Bookがもたらす新しいコミュニケーション・パラダイムへの移行には、外科手術が必要なことは当然としても、大手術が成功するには十分な設備とスタッフのチームワーク、準備と相互の信頼が必要になります。私たちは、短期間でその信頼を構築しなくてはならないと思います。ではどうやって? 必ずしも妙案はありませんが、次のことが中心になると考えています。
EBook2.0 プロジェクトのゴールとコミットメント
- E-Bookで実現すべきコミュニケーション上の価値を定義する
- 価値を実現するためのバリューチェーンのモデルをデザインする
- 上記のモデルにおいて必要になる技術・技能、サービス等を定義する
上記は、なすべきことの意義、設計、方法にそれぞれ対応しています。さらに
- 実証実験を通じて上記モデルおよび要素技術の妥当性を検証する
- 可能なエコシステムをデザインする
- 移行のプロセスをシナリオ化する
ことまで含められれば完全となるでしょう。これにより、知識情報のコミュニケーションに携わる様々な立場の人々にとって行動の指針、協力の基盤がご提供できるのではないかと考えています。EBook2.0 研究プロジェクトは、前半のことをコミットするとともに、後半について可能な限り迫っていきたいと思います。皆さまのご参加、ご協力、ご支援をお願いいたします。(鎌田、03/15/2010)
EBook 2.0ノート (1):「元年」のコンテクスト 3/8/2010
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