E-Bookと印刷業 (1):印刷業こそ先頭にいる

京都の(元)若旦那こと中西秀彦氏との対話シリーズの第1回。デジタル時代になっても、出版で変わらないのは「版」をつくって出すということ。日本の印刷会社はこれを技術的に担ってきた実績があるのだから、E-Bookの鍵も、じつは印刷会社が持っているはず。それに印刷にはまだまだ技術革新の余地がある。裸の王様に遠慮することを止めて、対等のパートナー、不可欠のパートナーであることを示すべきでは、と鎌田が述べる。

“裸の王様”のお世話はいい加減やめませんか?

中西様

この場で意見をぶつけあう(かどうかは分かりませんが、対話の)機会をいただけて光栄です。「我、電子書籍への抵抗勢力たらん」という言葉に驚いたわけですが、印刷業におられる方だからこそ、ぜひオープンな議論をしてみたい、と思い立ったのも事実です。出版のほうはあまり気にしていませんが、印刷業界が抵抗勢力となったら、日本のE-Bookは10年遅れると思うからです。

「だいたい印刷業界はなめられている。電子書籍をビジネスとして成立させようとするなら、印刷業界に仁義をとおしてもらいたものだ。」

この言葉に、かつての印刷小僧である私は共感します。そう、「なめられている」のです。日本のすべての請負産業の常として、印刷業界は謙虚すぎました。「お得意様」は無知で傲慢な「裸の王様」のままで結構、という日本的システムは、今日至るところで破綻を示しています。求められる価値が変化し、サプライチェーンが変化し、マネジメントへのニーズも変化しているのに、王様たちはいっこうに動きません。技術の使い方を知らないから、動けないのです。「垂直分業」に拘るのは、てっぺんにいる限り動かなくていいからでしょう。

いま私たちは「王様」たちの面倒を見ている余裕はありません。裸ではまずいだろうと思って衣装を貸しても、イヤだイヤだと言うばかりです。王様にはこれからの身の振り方を考えていただくしかありません。現在の印刷業の置かれた立場は、この20年あまり私が籍を置いていたソフトウェア業界とよく似ていると思います。ソフトウェア業界にとっての「クラウド」は、印刷業界にとっての「電子書籍」のようなものです。どちらもWeb上にありますが、これらによって多くの企業が廃業に追い込まれ、従業員が路頭に迷うのではないかという恐怖が蔓延しています。プロレタリア兼零細企業経営者を30年以上続けている私には、この恐怖はよくわかります。

歴史の長さこそ違っても、印刷とITは情報産業のインフラを担って来ました。インフラを構成する技術は変化しても、付加価値をデザインし、実装する能力を持っています。本の一部が電子化されても、ユーザーシステムの一部がクラウドに移行しても、情報に関連したビジネス(関連しないものなどありませんが)をデザインし、実装・運用するのがこの2つの産業である限り、付加価値の必要は無限に生まれ、それに応じて雇用も生まれるはずだ、と私は考えています。しかしそのためには「請負産業」から一歩抜けださなければなりません。裸の王様が真の王様に生まれ変わるのを待つわけにはいかないからです。では何をすればよいか。この議論を通じて可能性と課題を明らかにできることを願っております。

デジタル時代の「版」をつくるのは誰か

まず、問題提起として私の認識を申し上げますと、出版のバリュープロセス(図を参照)の中で、出版社は、発行主体として出版プロジェクトをプロデュースし、出来あがった「版」を承認する主体として考えていますが、他方でそれはすべての業務を外注することができる「ゼネコン」のようでもあります。だから「中抜き」に怯えるんでしょう。一方、本(出版物)の製造プロセスに注目すれば、「版」を製作し、それを複製(印刷)して組立てる(製本)する主体は印刷会社です。よくご存じのように、欧米では出版社が「版」の製作を行い、印刷会社はインクを紙に刷りこむ複製工程だけを担当しますが、日本では「原稿」が揃って以降の全工程の中心は印刷会社です。進捗管理もそうですね。技術的にみる限り、日本の出「版」プロセスの主体は印刷会社であるというのは常識ではないでしょうか。

過去20年あまりの電子化においても、日本の印刷会社は中心的に取組んできました。ページにレイアウトされる情報を精密に「実装」する作業はほぼ電子化されましたが、著者、編集者、デザイナーの設計意図を反映させて最終的な「版」(入稿用ファイル) を製作する作業(個人的には全部やりましたが)は、一般的にはまだ印刷会社で行われていると思います。それから、電子化された「コンテンツ」の管理も。中西さんが「仁義をとおせ」とおっしゃるのはもっともです。

さて、私が言わんとすることは、こういうことです。印刷を用いない電子出版においても「版」を作らないと出版はできない。この版をつくってきたのが印刷会社であるとすれば、印刷会社には、(1) コンテンツ管理、(2) 電子版制作、(3) 印刷・製本という3つのサービスの可能性があるはずです。最後の一つはともかく、前の2つは、じつは電子出版において最も重要な部分です。ITサービスと協力することで、いくらでも付加価値は増やすことができます。ことによると、衰弱した出版社を中抜きして「出版」の主体となる可能性もあるでしょう。それはともかく、これまで (1)と(2)は、(3)のための影の部分で、きっちり代金を請求していなかったのではないでしょうか、デジタル時代の印刷業の料金体系を考え直すべき時期にあると思います。

印刷・製本のほうも、捨てたものじゃないと思います。電子情報と印刷本を比べてみると、ほとんどの場合印刷本に軍配が上がります。(1) 返本、(2) 在庫など流通上の問題がなければ、印刷本は電子コンテンツと共存できると思います。いまどき返品率40%を超えているのは出版業界くらい、いくら売れなくても「定価」を墨守するのは本とコンビニ弁当くらいではないでしょうか。おかげで日本は本や新聞の廃棄量でも、食料の廃棄量でも、世界で最も悪名高い存在となっています。「一物一価」などという“原則”は反市場的で不合理です。ITを使って流通を合理化すれば、返本率をせめて2割以下にすることは可能でしょう。これらはすべて出版社の意思に委ねられています。

電子コンテンツと印刷・製本を組合せたサービスとして、私が最も期待しているのはオンデマンド印刷です。これまでの印刷・製本では、1冊~数百冊までの、たぶん最も需要の多い数量に対して経済的に対応できる技術手段を持ちませんでした。本の需要はあらかじめ予測できず、年月がたっても価値を持つものが少なくないわけですから、刊行から3ヵ月で売れなければほぼ終わりという、食料品のような扱いをやめるためには、「オンデマンド製本機」に期待するしかありません。日本はこれに必要な技術を持っています。

長くなりましたが、印刷業には(ソフトウェアと同様)多くの可能性が生まれているし、これまで汗水流してきたからこそ、新しい技術の果実を得る最短距離にいると信じています。信じているだけではしょうがないので、それを証明していきたいのです。よろしくお願いいたします。(鎌田、03/31/2010)

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