米国フリースケール・セミコンダクタ社 (Freescale Semiconductor)は3月2日、最新電子ペーパー技術をサポートする高性能E-Reader用の新アプリケーション・プロセッサ i.MX508 を発表した。「E-Readerの価格は、今年150ドルを切るだろう」と同社はコメントしている。最高で2048×1536画素のペーパーのレンダリングをサポートするチップが10ドルで供給されれば、Kindle DXや Plastic Logic (Que proReader)クラスの製品も半額程度になる。たんに「電子書籍端末」と言わず、汎用「ドキュメントリーダー」にとって、これは大きなニュースだ。
性能が2倍、コストは2分の1に
同社のアプリケーションプロセッサ i.MX508 は、800MHzのARMコアをベースとするSoC (System-on-a-Chip)である。レンダリング性能が同社比で2倍に向上、最高2048×1536画素の E-Inkパネルをサポートする。ディスプレイコントローラを組込んで部品点数を減らしたことで、コストが50%抑えられるとしている。プロセッサと周辺機器を使わないときにオフにする特別なモードも導入し、消費電力を抑えた。2010年第3四半期初めにサンプル出荷を開始する予定。大量発注で単価は10ドルを切る。
E-Readerが100~150ドルのレンジに入ることで、次のようなことが予想される。
1) 多くのドキュメント・アプリケーションにおいて、電子ペーパーの優位が確立する
2) コスト的、環境的圧力から、企業・官公庁でのE-Readerの採用が急速に進む
3) 出版を中心に情報サービスの電子化が加速する。専門図書ではE-Bookへの移行が進む。
4) 低価格化により、E-Readerの付加価値開発競争が活発化する。
5) E-Reader用アプリケーション・プロセッサの市場が拡大する。
蛇足ながら、以下にE-Readerにおけるアプリケーション・プロセッサ (AP)の重要性について強調しておきたい。
携帯電話とともに大きく成長した技術分野にアプリケーション・プロセッサがある。マルチメディア処理など,通話や通信の基本機能以外の処理を専門に実行するプロセッサのことだが、ハードウェア化したソフトウェアとしての性格を持つ。基本機能までやってしまうのは SoCあるいはSiP (System-in-Package)と呼ばれ、技術的にはほぼ共通している。ソフトウェアの比重が大きいことが特徴だ。ソフトウェアが比較的単純な時代には「システムLSI」と呼ばれ、日本が強い分野だった。半導体産業の生き残りが、高付加価値化によって実現するとされてきたことをご記憶の方も多いと思う。実際にはそうならなかった。「付加価値」部分を担うソフトウェアの設計開発力を進化させることに失敗したのが原因だ。つまり、ソフトウェアの弱さがハードウェアの弱体化へと直結した。
このことの意味は、まだまともに考えられていない。「組込みソフトウェア」技術者の不足が叫ばれただけだ。人的需要の増加により、たしかに見掛け上この分野は成長したが、3K的な請負開発が圧倒的で、とても産業として自立しなかった。それどころか、中国・インドへのアウトソーシングを通じた技術流出の蛇口としてさえ機能した。要求仕様を中心とした設計開発力というインフラを持たないので、言葉で説明しているうちに、開発すべき本体設計の情報がどんどん流出し、空洞化が進んだのである。この状況はむしろ加速化しており、流出するものがなくなるまで続きかねない。半導体メーカーと「電子立国」を口にしながらそれを放置した政府の責任はきわめて大きい。ハードウェアとソフトウェアの違いを、昔の教科書で学んだまま更新しなかっただけなのかもしれないが、そうすると昔の教科書を使い続けた大学の責任も大きいかもしれない。
サムソンは「垂直統合的」のままで成功し、米国のフリースケールやマーヴェルは、「水平統合」のキーデバイスで成功した。どちらもマーケティングとソフトウェアの開発力で「付加価値」を継続的に高めていく能力に優れているからだ。「ものづくり」というものはこれらと離れては存在しえないはずなのに、バブルで脳をやられてしまった日本のリーダーたちは、さらに「必殺のモノづくり」という幻想から離れられないらしい。これからの半導体は、アプリケーションと不可分である。E-Readerは、性格上アプリケーション・プロセッサの最大の市場の一つとなるだろう。およそ課題があるところ、アプリケーションにとっての市場となり、E-Readerはこれからそうした課題が発生し、ソリューションを吸収する場となるからである。
E-Readerにおけるアプリケーション・チップの潜在市場
1. たとえば、高速表示/カラー化は、一番わかりやすい例だろう。電子ペーパー (EPD)のコントローラが高性能化すれば、これらは可能になる(CO2削減効果も非常に大きい)。EPDコントローラの設計は単純ではない。何をどのように表示するか、表示したものをどうするのかなどによって、「最適化」すべき内容が違ってくるからだ。これはマーケティングの領域に入る。市場を知らなければ企画・仕様化ができない。マーヴェルはPDFやFlashの高速レンダリングの技術を売りにしている。しかし、どちらもアップル iPadには関係がない。プラットフォームが変われば別の可能性が生まれる。
2. 文字処理に関してはどうだろう。読書体験は文字フォントや組版と切り離しては語れない。けっして明朝とゴシック(セリフとサンセリフ)があればいいわけではない。ブックデザイナーへの選択肢がない現状は問題である。コンテンツを表示/端末から独立させ、同時に端末側での最適化、パーソナル化に対応させるには、アプリケーション・プロセッサレイアウト処理能力が不可欠となる。この部分はUIも絡んでくるので奥が深い。フォントメーカーやブックデザイナーの知見を反映させた半導体の可能性は大きい。日本語の文字組版は、世界的に見ても最も複雑なものが要求される(いまだに縦組はスキップされている)。課題が多いほど、市場は大きいと考えた方がいい。
3. 現在はネットワークのリソース(たとえばGoogle)に大きく依存している「知識情報処理」や「セキュリティ機能」をチップ化するニーズはかなりある。ネットにすべてを任せれば、プライバシーは丸裸だが、数千円を余計に出して“プライバシーチップ”を買うことができるなら、喜んで出すだろう。IT的に言えば、アプリケーション・プロセッサを高度化すれば、いくらでもクライアントをリッチにできることになる。コンピュータがCPUとメモリとI/Oを組込んだワンチップになるなら、「アプリケーション・ソフトウェア」までワンチップあるいはワンパッケージとしたものが様々な目的のE-Readerとなる。チップの構成を変えることで、安価な「専用E-Reader」が可能になる。半導体メーカーは、出版社やE-Readerのメーカーと協力することで、マーケティングと商品開発を同時に行うことができる。
4. これは、フリースケール社やマーヴェル社がすでにやってきたことだ。フリースケールなどはE-Inkのコントローラで9割ものシェアを持っているが、それは半導体業界において、いかにE-Readerが市場として無視されていたかを物語る。これからのE-Readerはアプリケーション・プロセッサが牽引するだろう。アップルの iPhone 3GSのコスト構成 ($178.96)で、サムソン製のSoC (ARM Core)は $14.46と、メモリやTFTより小さいが、上述したように、実用上のパフォーマンスに大きく影響し、付加価値の拡大の可能性が大きく、逆に代替可能性が低いことは、この21世紀型半導体ビジネスのポテンシャルを大きくしている。日本の「ものづくり」を21世紀に蘇らせるには格好のテーマではないか。(鎌田 03/07/2010)
参考情報
「安価な電子書籍リーダー実現する新プロセッサ、Freescaleが発表」 ITMedia、3/3/2010
Cortex-A8 SoC integrates e-reader controller, By Eric Brown, eWeek Linux Devices.com, 3/1/2010
「ビジネスコミュニケーションを変えるE-Reader」 本誌、11/13/2009
Freescale’s i.MX508 Chip Will Make E-Ink Readers Way Cheaper and Turn Pages 4X Faster, By Matt Buchanan, Gizmodo, 3/1/2010
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