E-Reader市場の裏側を読む (2):メーカー

2010年 3月 20日

E-Readerは機能でもあり、スマートフォンでもタブレットでもネットブックでも、もちろんPCでも利用はできるし、ユーザーもそちらが多いわけだが、“My Amazon”としての Kindle端末が、専用ブックリーダとE-Bookの市場を創造したことは、なおE-Reader市場を考える際の重要なポイントだ。Kindle端末はガジェットではない。ということは、Kindleが圧倒的な専用E-Reader市場は、独立したガジェット市場としては完全に成立していないことを意味する。(図はマイケル・ポーターのバリュー・チェーン・モデル)

“My Amazon”としてのKindle端末

前回、BISG (Book Industry Study Group) の資料をもとに、Kindkeの登場がユーザーの読書行動に大きな影響を与えた、と述べた。ユーザー中心の発想に立つなら、iPodなどと同じく、読書行動(あるいは読書体験)こそが最も重要な成功要因ということになるからだ。じっさい、筆者の知る限り、Kindleのユーザーはすべて「開梱してすぐに無線が起動する」ことに驚き、さらに購入後の取り消し可能期間の設定、値下げした場合の返金の迅速性など、それまでに体験したことのないユーザー対応のよさに感激している。これはスペックに現れないシンプルな「アフォーダンス」による Kindle体験と言えるだろう。それによって、ユーザーは次々と本を買いたくなる。もちろん出版社にとっても嬉しい話だ。過去の遺物扱いされていた「活字市場」を活性化したのだ。

Kindleは、単独に設計されたわけではなく、最初からサービスのフロントエンドとして設計・開発され、試験を繰り返して結晶化したものだ。iPodが iTunesと一体であるように、Kindleを単独で他機種と比較しても無意味なのである。他機種にとってのチャレンジは、アマゾンのバックエンドなしで Kindleと同等のユーザー体験を実現することになる。同等が達成されたら付加機能を考えることはさほど難しくないが、そこまで達するのは簡単ではない。同じく本の在庫を背景にしたBarnes & Noble社のNookが、なおシンプルな Kindle 及ばないのは、たんにリヴァースエンジニアしただけでは、UIとソフトウェアとビジネスロジックを融合させたシステムの完成度に及ばないからだろう。同じ技術レベルでは、「読書体験」という価値に対して、ガジェットが単独で出来ることには限りがあるかも知れない。

Kindleはコアな読書層を掴んだ

また、Kindleが独特の地味なインタフェースで成功していることにも注意したい。本を読む人間にとっては、デバイスもUIも目立たないほどいいのだ。アップル iPadに驚喜する人々が、白黒Kindleを時代遅れと公言するのを聞くと、本の市場というものが全然理解されていないのを感じる(あまり本を読んでいないのかもしれない)。例えば、文字によって頭の中に仮想現実をつくりだす小説をがカラースクリーンで読むことにどれだけの意味があるだろう。カラーの挿絵や写真がないと読む気になれない人は、もともと本の読者の主流ではない。iPadが出たことでE-Bookの用途、市場が拡大することは確かだが、現在の市場に影響を与えることはほぼ考えられない。

BISGのレポートが明らかにしたE-Readerユーザーの特徴は、男女比がほぼ等しく、所得層が比較的高く(75%が年収35,000ドル以上)51%が郊外に住む、ということだ。学歴や年齢層も高めなのだろう。普及率3%時点でのこの数字が意味することは、少なくとも初期ユーザーは「ガジェット」のファンではまったくなかったということだ。iPhoneなどより女性の比率が高いことにも注目したい。彼らは純粋に本を読むために Kindleを購入したのであって、それ以上でも以下でもない。ガジェット・メーカーが敬遠しあるいは成功しなかった理由はここにある。E-Bookは読者と読者を重視するサービスベンダーが牽引するものであって、VTRやウォークマンなどのように、モノに刺激されたものではない。(絵はフラゴナール、1775)

“My Amazon”モデルの成功は、もちろんアップルによる”My Apple”モデルを下敷きにした21世紀型Webメディアビジネスの精華といえるものだが、音楽ソースの配信においてアップルが別格の地位を占めているように、”My Amazon”としてのKindle端末は別格となる可能性が強いように思われる。このことは、それ以外のモデルが成功しないということではない。ガジェットがポップ化し、マスマーケットに広がるにつれて、Kindleの地味さを敬遠する層も増えてくるだろう。現在の市場は、Kindleが圧倒的なセグメントの外(広大だが薄い)に広がろうとしており、そこで新たな競争が始まっていると見るべきだろう。

21世紀におけるメーカーとは何か:E-Readerのコア技術

“My Amazon”モデルでKindleが成功した理由の一つに、OEMマーケットの成熟がある。アップルもアマゾンも、すべて東アジア(中国・台湾・韓国)の製造力に依存している。そしてアップルもアマゾンも伝統的な意味での「メーカー」ではない。両社の「製品」をつくっている本当のメーカーの名を、ユーザーは知らないし関心も持っていない。ガジェットの製造原価は、販売価格の25~40%というところだ。自社でラインを持たず、リスクを回避しながら高い利益率を確保できるのは、Webでのダイレクトマーケティングの力によるものだ。その点で、この両社はずば抜けており、純ネット企業のGoogleさえも遠く及ばないことが Nexus Oneの失敗で証明された。まだGoogleは“有料モデル”ができていないが、これはやはり年季(データの蓄積と最適化ロジックの発見)が必要なのだろう。

E-Readerは、ノートパソコンなどと同じく、CPUとOSとIOとディスプレイで構成される。一般的に、CPUはARM、ディスプレイはE-Ink系の電子ペーパー、E-Bookフォーマットにはコンテンツの多いものを選択することになろう(ePUB、PDF+…)。ハードウェア的な付加価値としては、ディスプレイ(階調、カラー…)、IO(タッチ式、キーボード…)くらいしかない。ただし、コンテンツやサービスプラットフォームと結びつけば、ほとんど無限のバリエーションが(アプリケーション・プロセッサを通じて)得られる。文字に関して言えば、フォントや文字組版を高度化できるし、数式、化学式などのモデルや論理記号、ティッカーシンボル、証券コード、医薬品コードその他の記号の意味が解釈できれば、一定のプロフェッショナルあるいは教育向けのサービスを実行させるプラットフォームにもできる。辞書さえも専用機として成立していることを忘れてはいけない。例えば、出版社とトラベルサービス、メーカー、ツイッターなどのRTWサービスが協力した「旅行ガイドE-Book」などは十分に市場性があるだろう。重要なことは、文字=記号は多次元に展開できるということだ。印刷物になってしまうと「解釈・実行」は読み手に依存するが、E-Bookには何でもできる。

E-Bookの次元を拡張するサービス機能は、意欲と想像力、それにパートナーさえあればいくらでも開拓できる。想像力がないと何も出来ない。伝統的なガジェットの発想では、もはや何も考えられない時代に入っているということだ。ガジェットの独立性が乏しいこの市場で(日本を除く)東アジアのメーカーは何を競争力の源泉としているのか。彼らの開発力、競争力はどこにあるのか。中国でアマゾン・モデルを展開する方正 (Founders)などを別とすると、いまのところ E-Readerのコア技術の開発に熱心なのは、Freescale SemiconductorやMarvell のようなアプリケーション・プロセッサのベンダーだ。CPUに負担をかけずにFlashやPDFの高速処理を行うAPUの存在はますます大きくなっている。ムーアの法則が最終章に入った現在、このことはとくに強調されてよい。

彼らの技術は、ソフトウェアをワンチップ化する SoCをベースとしている。仕様変更が多く、バグを含むソフトウェアをチップ化するには、いくつものハードルを越えなければならない。越えるには、さらにモデリングをベースとした「Hw-Sw 協調設計」という技術を使う。つまり、ハードウェアとソフトウェアを同時に設計・実装して最後にチップ化するわけだ。出版における<企画・編集・制作>の技術のようなもので、これによってシステムとしての高い品質と安定性が可能となる。そこまで高度な技術を持っているベンダーは少ないから、高い競争力を維持できる。ちなみに筆者の会社はそうした技術の調査をやっていたのだが、日本ではこの境界技術に対するニーズが少なく、半ば休業状態になっている。21世紀において製品技術の基幹を保持したメーカーたりうるには、SoCや協調設計がどうしても必要だ。

資料:Freescale社のE-Readerコア製品の紹介ビデオ

ではE-Bookにおいて「メーカー」とは何か

  • 伝統的定義:アップルもアマゾンも、オンライン小売であってメーカーではない。
  • 新しい定義:メーカーとは、消費者との直接のコンタクトを保持し、彼らが求める価値を提供し、それによってメーカーだと考えられる事実上の(バーチャル)存在

これって何かに似ていないだろうか。そう「出版社」である。読者とのコンタクトを持たず、コンテンツ以上の「付加価値(コンテクスト)」の形成に関わらないならば、読者にとってはどうでもよい存在になる。出版社が「コンテンツ」の提供しかしないならば、クリエイターとオンライン小売の関係に単純化され、後者が「出版社」となる。これが「中抜き」である。中抜きが嫌なら、著者と読者の間を結ぶバリューチェーンにおける積極的役割を再定義しなければならない。幸い、多くの出版社はそれなりに尊敬されており、まだ誰も余分な流通業者だとは思っていない。再構築する時間も能力もある。ただし、それはE-Bookという新しいメディアの中での役割で評価される。(鎌田、03/10/2010)

フラゴナール

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