日経「Web有料」版:情報の価値と価格の間
2010年 3月 11日
「日経電子版」の成否が注目を集めている。岸教授は「勇気ある社会実験」と絶賛したが、2つの経済誌はおおむね懐疑的でブログも同様だ。注目を集めるのは、購読者、広告費ともに減少するなかでの新聞のサバイバルが懸かっており、しかもこれまでの成功例が米国のWSJなど僅かにとどまるからだ。確実に言えるのは、有料版の定着には相当の時間がかかること、そしてそれはたんなる「電子版」などではなく、新聞社が手掛ける新しい電子メディアでしかないだろう、ということだ。
関連記事リンク
- 「日本経済新聞、電子版を3月創刊。購読料は月額1000円から」 By 村松健至、Internet Watch, 2/24/2010
- 「日経新聞が電子版をお披露目、空虚に響く『紙の部数は横ばい』の計画」 By 山田俊浩、東洋経済オンライン、 03/02/2010 (週刊東洋経済2010年3月6日号)
- 「有料電子版という日経新聞の「試行錯誤」は間違っていない!」 By 岸 博幸、DIAMOND online、2/26/2010
- 「『フリー』に挑む日経電子版の勇気ある社会実験」 By 岸 博幸、日経IT+PLUS、3/8/2010
- 「有料モデルの逆襲はなるのか?-電子版開始に見える日経新聞のジレンマ」 By 町田 徹、DIAMOND online、2/26/2010
- 「日本経済新聞電子版の価格設定から透けて見える日経のホンネ」 By “A Successful Failure”=ブログ、2/24/2010
- 「『日本経済新聞電子版』はどうすべきだったのか?」 By “Parsleyの「添え物は添え物らしく」”=ブログ、2/24/2010
- 「『日本経済新聞 電子版』発表で感じる発想転換の難しさ」 By 大西 宏、“大西 宏のマーケティング・エッセンス”=ブログ、2/25/2010
当然のように、しっかりした分析記事は同一業界のメディアには見られず、雑誌かネット(主にブログ)でしか読むことができない(遺憾ながら、“業界目線”を優先する日本のメディア・ジャーナリズムの特質を垣間見せてしまっている)。以下、様々なコメントを参考に、この問題の予備的な検討に入りたい。
問題は情報の価値だが、市場は育てるしかない
日経新聞が電子版を手掛けるのは、もちろんこれが初めてではない。それどころか、20年以上前から記事情報データベースを中心としたかなり高価な「日経テレコン」を提供しており、筆者も利用したことはある。同社は電子情報サービスに関してつねに先頭にいた。Dow Jonesに範をとり、経済・産業・金融・流通などのプロフェッショナルのための質と量の情報を重視してきた同社としては当然である。しかし、インターネットを使ったインフラがいかに普及しても、こうした電子版をネット時代に合わせて再構築するということはやってこなかった。おそらく、広告で十二分に儲けることができた時代に、手間とリスクがかかることは放置されたのだろう。
- 広告か購読か
- 無料か有料か
- Webか紙か
上記のように皮相な問題を立てることは、そもそも間違っている。印刷紙は有料でありながら広告収入を得ている(比率は2:1/米国は1:3)。これまでWebでは“無料広告版”を提供しているにすぎないが、それでも収益事業ではある。Webの記事が金をとれるか、ということが問題なら、たんに実験してみればよいだけの話だ。Googleが儲けて怪しからんというのなら、ボットを撃退すればよい。そして新聞紙はいずれ消える。そんな矮小な話ではないことは、関係者もよく知っているはずなのに、上のような見出しが目立ってしまうのは、多くの問題を同時に考えたくないせいか。筆者なら問題をこう考える。
- これは現在と将来の新聞事業の収益モデルの話である。
- これは現在と将来の広告ビジネスの話である。
- これは現在と将来のニュース報道ビジネスの話である。
- これは現在と将来のジャーナリズムの話である。
紙かWebか、というのはユーザーにとっての情報の意味 (価値)、そして広告主にとっての有用性に関わる。米国の新聞は、あまりに地域商圏を背景にした広告(それも求人広告)に依存していたために、求人広告をCraigslistなどに奪われたことで危機は急速に進行した。日本は購読料への依存度が高く、しかも定期購読者が広告のベースにもなっているために、危機は緩慢に進行しているが、問題は同じだ。違いがあるとすれば、米国ではWebでほぼ全文が読める新聞が多いために、読者の「紙離れ」はあっても「新聞離れ」にはなっていないのに対して、日本では「紙離れ」がそのまま「新聞離れ」に直結していることだろう。
日本の新聞購読者数は(宗教の信者数の合計と同じく)、もともと人口に比べて多い。記事をあまり読まない人間でも、外の世間を垣間見せる「窓」として利用されてきたともいえる。記事の情報量は諸外国に比べて非常に少なく、過去30年間、(文字サイズの拡大と反比例して)一貫して減少してきた。報道・論評に対する要求が高いのなら、こんな淘汰圧が働くはずはない。しかし<情報ニーズ>というものは、農作物のように、地面を掘り起こして耕し、種を播き、水と肥料で大事に育てないと枯れてしまい、跡には砂漠が広がっていく。知らないうちにWebなどで得られる情報で十分と考える層が増加し、情報の価値/価格を評価する層が継続的に減少していったのは当然だ。筆者は、これが日本特有の問題だと思う。
岸教授が強調するように、新聞は<速報性のある活字メディア>として「流通独占」を営々と築き上げ、それを競争力の源泉としてきた。Webによってそれを失ったことが、Web広告を新聞にとって不利にし、十分に稼げない状況の原因になっているという。確かにその通りだが、筆者は新聞が<高速印刷・宅配網>の独占にあぐらをかいて読者の情報ニーズの発掘・育成・拡大を怠ってきたことが、Webへの本格的な進出を躊躇させる原因であったと考えている。情報ニーズはいくらでも多様になる。多様化されたコンテクストは、いくらでも「広告」と「購読」にも繋げることができる。読者とのインタラクションにおいて、Webのファストフードメディアや検索エンジンにさえ負けてしまうとすれば情けない話ではないか。
Webは情報の価値(本来は多様性、独自性によって生まれる)を白日のもとに曝した。「記者クラブ」に象徴される新聞各社の横並びスタイルでは、読者にとっての価値以上のものを志向しているととられても仕方がない。「大手5社」の中では相対的に高い情報ニーズを持つ層をターゲットとしてきた日経にしても、Wall St. Journalなどとは比ぶべくもない。日本の産業的競争力が、かなりの程度日経新聞の情報力に依存しているというのに。結局、日本の新聞はもともとあまり「情報力」を武器としてこなかった。だから、日経新聞出身のジャーナリスト、町田 徹氏が、次のように言うのはまったく正しい。
「もともと情報にカネを払う習慣が乏しいとされる日本の国民に、カネを払ってでも入手したいと思うような情報を提供することができるかどうか、Web刊の成否はこの一点にかかっていると断定してもよいだろう。」 (町田氏、前掲記事)
社内競合を避けては移行もできない
喜多社長は発表イベントで「良質なコンテンツは、タダではない」と言ったそうである。これはNews Corp.のマードック氏の受け売りにしか聞こえないが、それが説得力を持つには、WSJのような独自の企画力、取材力・分析力を高める必要があるだろう。筆者は過去に自分の会社で通算数百万円は新聞購読に費やし、それなりに活用し、時に紙面分析なども行った経験があるが、情報の質量は傾向的に低下しているし、欧米との情報格差は開いている。Webの最大のメリットは、スペースに制限がないので、記者の能力を存分に発揮することができるということだ、と筆者などは思う。ところが、Webで何が本当にやりたいかについての話はまだ聞けない。(1) 有料コンテンツ、(2) 登録者無料コンテンツ、(3) 開放系無料コンテンツの3つに分けるのはリーズナブルだが、読者が知りたいのはあくまで (1)の中身だ。この配分は相当に難しく、データをとって分析し、コントロールすることが必要になる。誰もが知りたい情報を優良にすべきか無料にすべきかの判断は、とても面白いテーマで、知恵を絞る価値がある。
「Web版4,000円/月、紙購読者+1,000円/月」という料金設定を聞いて、誰しも、これはWeb版のプロモーションではなく、紙読者の防衛を主に考えていると思う。現在の購読者の一部が1,000を払ってWeb版も追加購読するということしか考えられない。しかも、町田氏が言うように、既存のオンラインサービス(月8.000円の記事検索+出力料金)を守るために、検索件数を月25件に制限した。料金を下げて利用者を増やすことにも確信を持てていないわけだ。目先の目標より「10年スケール」で考えるという日経の姿勢は正しいと思うが、紙とWebでは時間の尺度が違うことをどれだけ意識しているだろうか。これまで成功したWebビジネスは、そのリソースではなく身軽さを最大の武器としてきた。アップルがいつのまにかWebに君臨しているのは、40トンの恐竜が空を飛ぶくらいの奇跡なのだ。
日経テレコンの既存サービスなどは、思い切ってWeb版に統合なければ逆に足を引っ張る。紙を売りたいなら、紙だけのコンテンツを増やし、価格を下げる(とくに売店)などの対応が必要のように思われる。またWeb版では産業・金融・技術関係の専門記事を中心にする、といった複線化をしてむしろ競合させる、といったことも非現実的と考えるべきではないように思う。新聞が誰かをお説教する時の決まり文句に「この際原点に立ち返って」というのがあるが、いま新聞にこそ必要のように思われる。新聞社にイノベーションができず、ビジネスモデルも描けないのであれば、Web上では誰かが真空を埋めるだろう。
新聞は情報ビジネスであり、同時にジャーナリズムという社会的機能を期待されている。社会インフラの一つ、「仮想権力」の一つである。われわれも「良質なコンテンツは、タダではない」ことは知っている。しかしWeb上では「良質でないコンテンツに金は払えない」し、ブランドが情報価値を決めるほど甘くもない。「流通独占」を喪失した以上、ニュースメディアが情報価値を主張するためには、最近とみに減ってきた基本、つまり「情報価値についての徹底した説明(解説・補足取材)責任」を果たす以外にないし、それにはWebをおいてほかにベターなメディアなどあるはずはない。(鎌田、03/10/2010)








