EBook2.0ノート(8):フォーマット事始め
2010年 4月 21日
E-Bookと「フォーマット」というテーマの第2回目だったが、このテーマはE-Bookをどう見るか、あるいは立ち位置によっても違ったものに見えるので扱いが難しい。技術は社会の課題や要求に応えるものだが、メディア技術の過渡期には「社会」が分裂し、視点も動揺してくるので、当然要求も四分五裂し、メニューばかりが多くなるからだ。そこで、出版者であり、かつブックデザイン、文字組版のエキスパートである沢辺均氏と、30年も電子文書フォーマットと付き合い、EPUB日本語要求仕様を推進する下川和男氏のお二人をゲストとしてやってみた。
「馬なし馬車」発想からの脱却プロセス
認識のズレを合わせるのは容易でないが、人には人のゲシュタルトがあることを確認することが出発点となる。そこでまず「馬なし馬車」(horseless-carriage)の喩を使って、E-Bookを「紙なし本」と観る思考から自由になるべきだ、という話から始めた。1885年にカール・ベンツが設計した Motorwagen は「馬なし自転車」の形をしていた。このように開発することが当時最も合理的だったためだと思われるが、以後20年近く「馬なし馬車」の呼称が使われ、この機械式乗り物の設計が馬車スタイルから脱するのは、ほぼ一世代後のことだった。発想の枠組みというものは容易に変わりようがないらしい。以後、欧米では、新発明に対する世間の理解の仕方を “horseless-carriage thinking”という。しかし「馬なし馬車」思考をいかに笑いものにしようと、人間は変わらない。そういうものだと思った方がいい。
電信技術が登場した時には、英国には十分な数のメッセンジャー・ボーイがいるから無用と言われたが、電話の発明に対して、ウェスタン・ユニオン電報会社は電話を「無用」のものと評価した。しかし発明者のベル氏も個人間通話は無用として、音楽やニュースの配信に使われることを期待していた。1927年にH.M.ワーナー氏は「俳優の声を聞きたい奴なんかいるか?」と断じ、1943年にT.J.ワトソン氏はコンピュータが「全世界で5台もあれば足りる」と考えた。もちろん“既得権益者”たちの活躍はそれどころではなく、1938年まで、米国新聞発行者協会は「ニュース放送」を1日10分以下、1件30ワード以下に制限することに成功していた。皮肉なことに、あらゆる非合理性から人々が自由になったのは、人間の非合理性の極致である戦争のさ中だったのである。
だから、われわれはまだ「紙なし本」パラダイムに生きている。それぞれのゲシュタルトは尊重せずばなるまい。ただ、他方でWebというものがあり、じつは現在のE-BookはWebが提供するサービスを利用するための専用E-Readerが「形」として実現されたことで初めて成功を収めたことを忘れてはならない。Kindle以前のE-Readerが悉く失敗したのは、ガジェットから考えたこと、Webの活字メディアとしての可能性を「ネット+デバイス」として実現できなかったためだ。Webを離れると圧倒的に旧メディアの力が(それでメシを食っている人間が多い分)強いのである。ジェフ・ベゾス氏は、オンライン書店でも、小売でも満足せず、コンテンツそのものに進んだ。もちろんiTunesがモデルだが、さらに先例はある。ラジオだ。無線電波の商業的利用は、放送網と受信機の組合せで考えた人によって初めて実現された。
Kindleはいかにもアナログな、非コンピュータ的な道具だ。iPadなどと比ぶべくもない。だが、それよりはるかに“ハイテク”なiPadも、マルチスレッド/マルチウィンドウをサポートしない。IT業界の人間には信じられず、ガジェット好きにも物足りないが、アップルは iPadを劇場と考えており、そこで同時にいくつもの出し物を見たいような不真面目な客を望んでいない。Webメディアの世界は、徹底的にマーケティング先行なのだ、テクノロジーが主導していると思ったら完全に間違う。何が言いたいかというと、E-Bookのフォーマットは(ITでもガジェットでもなく)Webメディアのマーケティング戦略に沿って展開していくということだ。何が出来るかではなく、何がしたいか(何をさせたいか)でフォーマットは決まるのである。アマゾンもアップルもメーカーではなく、メディアビジネス(専用受信機を売る放送局)と考えた方がいい。アマゾンは他社受信機でも同じ放送が受信できるが、アップルはそうではない。
驚くなかれ、21世紀は、さまざまな古典的ビジネスモデルが交錯する時代だ。活字の「紙なし本」からの移行は、一挙には進まない。したがって、まず「紙なし本」のフォーマットをどうするのかという問題を片付けておかねばならないだろう。そんなところが、今回の獲得目標であった。 (鎌田、04/21/2010)







