EB2ノート(9):フォーマットとビジネスの3階層
2010年 4月 24日
20日のセミナーから、E-Bookのフォーマットについての考え方を粗削りながら理論化するきっかけが掴めたようだ。E-Bookは単独/グループ/システムという3つの形態(あるいは階層)で成立する。多種多様なフォーマットは、それぞれのレベルで、要素となる情報の形式と操作方法を規定している。ブックビジネスは、それぞれのレベルでコンテンツの価値を最大化するコンテクストを発見するか、コンテンツを再構成する創造的な方法を開発しなければ、流通プラットフォームに支配される弱い生産者となるしかない。
フォーマットの三階層
E-Bookをどのようなものと考えるかで、フォーマット問題はまるで違って見えてくる。多くの辞書は「印刷された本の電子版」としている。これは「馬なし馬車」思考の典型で、「本はアプリケーションだ」という新思考の前に陳腐化され始めている。「動力自転車=オートバイ」と「自動車」の間にはまだ大きな距離がある。では現代的な定義はどう言ったらよいのか。「アプリケーション」ではいかにもコンピュータ中心の発想で意味をなさない。鎌田はE-Bookを「電子的な方法で製作・出版・流通可能なドキュメントで、特定のテーマと構造を持ち、記録・再生される知識情報の集合体」と定義する。これは「電子出版物」を言い換えたものだが無限に展開がきくはずである。
「紙なし本」タイプのE-Bookは「静的ドキュメント」、様々なサービス/機能が埋め込まれた、アプリケーションとしてのE-Bookは「動的ドキュメント」だ。前者ではファイル形式だけが問題となるが、後者ではほとんど情報を扱うフォーマットのすべてが関わってくる。ほとんどはすでに存在するものでほぼ間に合うが、完全とは言えないのが情報の「意味」あるいは「知識」を扱う際のフォーマットだ。これはドキュメントが扱う知識の形によって一様ではないと思う。これで全部だろうか。そうではないと考えるべきだろう。つまり(たとえばiBookStoreなどのような)Webコンテンツ・プラットフォームをE-Bookの環境として考えると、コンテンツとしてのドキュメントはたんに素材にすぎない。だから「複合型システム・ドキュメント」というものを考える。まとめると以下の3種である。
A. 静的ドキュメント(印刷を電子表示に置き換えたE-Book)
B. 動的/連携的ドキュメント(対話し、学習し、実行するE-Book)
C. システムドキュメント(サービスプロセスとしてのE-Book環境)
これらについて、それぞれ各種フォーマットが存在するわけだが、上記の3つのタイプは階層的にみることもできる。グループ・ドキュメントとしてのBはAを含み、ドキュメント・プラットフォームとしてのCは、AとBを含む。さらに、ビジネスモデルとしてみることもできる。(1) 単体としてのコンテンツを提供する従来型の出版社、(2) 特定のジャンルについて連携機能を有するグループ・コンテンツを提供する出版社、そして (3) それらに対して読者がアクセスする舞台を提供するプラットフォーム・サービスである。アマゾンとアップルはそこでの優越的地位を狙っている。
なぜ、何が、どのように意味を持つのか
E-Bookのフォーマットが注目を集めるのは、それがビジネスのプラットフォームと結びついていると考えられているからだが、フォーマットが単独でプラットフォームに直結したのは20世紀までで、筆者が考えつく限り、この10年そうした発想は失敗している。プラットフォームというものが、しだいにテクノロジーから相対的に独立したところに成立するようになったからである。だから「勝ち馬に乗りたい」という気持ちで特定のフォーマットに飛びつくのは無駄なことだし、「貧乏籤は引きたくない」という気持ちで待つことは、さらに有害無益だ。下川氏は「アップルなどがiPadで採用したことでEPUBに脚光が当たっているが、ありふれたXHTML+CSSというだけ」と勘違いに釘を刺し、沢辺氏は「どんなフォーマットでも変換は簡単」でそれ自体に意味はないことを強調した。
Webビジネスモデルは進化が早く、基本的にデバイスや特定技術に依存しない方向に進化している。テクニカルフォーマットはそこで機能的な限界を規定し、交換性の範囲を規定するという本来の役割に戻る。余計なことに気をまわしても仕方がないが、それでもフォーマットの重要性は少しも減らない。いやむしろ増えていると言える。それは以下の理由からである。
- レイアウトから動的機能、外部サービスとの連携、DRMまで多岐にわたる
- フォーマットの組合せによりコンテンツ+サービスモデル+UIが定義される
- フォーマットの限界を他よりうまく使いこなせば付加価値が生まれる
ここで重要なことは、ユーザーに対して実現すべき商品(サービス)を明確にし、そのために必要なフォーマットを整理するということだ。パターン化し、シリーズ化することで生産性を高める必要がある。技術のしろうとでも簡単に使えるようにしておかないと製作コストが跳ね上がる。印刷本においても用紙の規格サイズから書店の棚に至るまで、様々なフォーマットの知識を吸収するのは時間がかかるものだが、デジタルとなると、きちんとトレーニングを受けないと無駄が多すぎることになるだろう。
E-Bookのフォーマットを「ドキュメント」にまで広げて考える時。過去30年間の間にほとんどのパターンがほぼやり尽くされていることに気がつくだろう。典型的なアプローチとしては、以下の4つをあげておきたい。
- SGML (Standard Generalized Markup Language) 1986:文書の形式を記述するメタ言語( HTML、XMLのスーパーセット)
- ODA (Open Document Architecture and Interchange Format) 1993:文書の構造と交換形式を規定したISO/ITU-T標準
- Compound Document:OpenDoc/OLE 1992:ソフトウェア・コンポネントのフレームワーク
- ODF (Open Document Format for Office Applications) 2005:XMLをベースとしたオフィススイート用のファイル形式
上記のうちで、最も成功したのは、SGMLだった。ドキュメントそのものを完璧に規定したODAは標準としては完全に失敗した。アプリケーションとしてのドキュメントをOSの上に定義したコンパウンド・ドキュメントも標準にはならなかった。個人的にはODAでドキュメントを勉強したようなものだが、20年ほど前に浅野正一郎先生(現在NII教授)に話を伺ったところ、「ドキュメントのような複雑なものでシンタクスとセマンティクスの両方を規定しても成功しない」と、メタ言語であるSGMLの勝利を予告されていたのが強く印象に残っている。その後のWebの展開を含めて考えると、システムでありプロセスでもある電子ドキュメントでは、部分と全体との関係の強さ(意味づけ)は一定せず、緩くしておいた方が現実的だということになる。ドキュメントは、フラクタルでもあり入れ子状でもあるところがおもしろい。
例えば、「織田信長」についての1冊の本があるとすると、それは先行した類書や研究文献、依拠した史料、著者の研究活動などを含めた、任意の「仮想的なドキュメント」の一部と考えることができる。あるいは日本の政治家、武将、近世史、外交史、人物伝、マンガ、ゲームを含めたグループの一部でもよい。この本は著者、出版社、読者の、それぞれのコンテクストの中にあって共有されている。本の中にある知識情報は、先行する何かに依拠しており、その上に著者が仮構したオリジナルな(あるはリライトした)歴史がある。著者はまた類似のテーマで書く可能性が強いし、出版社も売れれば二匹目のドジョウを狙うし、読者がさらに好奇心を掻き立てられれば、周辺の本に期待するかもしれない。ODAは1個の完成した本の構造と表現を記述する。しかしSGMLは構造を記述する言語だけを記述し、表現であれ何であれ、意味については自由に定義させるに任せる。ということだろう。オリジナリティは落ちるが、商業的に意味を持つのは当然後者である。
SGML的アプローチは、今日のWebやその派生形であるEPUBなどのベースになっている。疎結合 (loose coupling)は、WebサービスやSOAなど、今日の情報技術の基調をなす考え方だが、E-Bookも密結合から疎結合の時代に入ろうとしている。密度の高さを売る文学作品などを別として、実用書などが疎結合型E-Bookに移行すべき理由は十分にある。また、ブックビジネスは、情報の結合の完成度を競う(もともと数は少ない)タイプのものから、柔軟で効果的な結合を競う(日持ちのしない)ものへと重心が移行するだろう。少なくとも出版社にとっては、密に結合すべきなのは著者と読者だけで、商品は柔軟なほど儲かるし損がない。したがって、価値を生むコンテクストを扱えるフォーマットが重要となる。 (鎌田、04/23/2010)







