モデルには「模型」と「原型」という2つの意味があるが、Web時代のビジネスモデルは、流行をつくったり追ったりしていても成功が長続きする見込みは少ない。鋳型となるような強力なプラットフォームを開発するか、その派生形を次々と生み出していくか、どちらかしかない。E-Bookのビジネスモデルは、キュビスムの絵画のように、様々な角度からみてデザインする感覚が必要だし、他方で数学的モデルとして設計して定量的に検証される必要がある。まだ筆者の中でも生煮えの状態だが、ノートを公表して皆さんの批判を仰ごうと思う。
電子版無料は特別なものではない
ビジネスモデルは簡単ではない。モデル(ロジック)は単純でも、何をパラメータに持ってきてどう使うかということで成否が決まるからだ。アマゾンは Kindleの準備に10年を費やした。生鮮品の即日宅配サービスなどもやっているが、これにも慎重を期している。他方で、出版社はそうした経験の乏しい業界だ。価格設定や印刷部数はほとんど「パターン」に従っており、それでも返本の山に苦しんでいる。売れるかどうか読めないのが出版の宿命ともいえる。それはこれからも変わらないだろうが、逆にだからこそE-Bookを使ったコンテンツ開発、マーケティング、販促に大きな潜在的可能性があるということになる。出版社がE-Bookを脅威と感じているのは、そうしたこと一切に未経験のためとしか考えられないのである。
いまでこそ「フリーミアム」とか喧伝されているが、一部を無料で提供して有料商品の販促効果を期待することは一般のビジネスでも珍しくないし、音楽産業は放送を宣伝媒体として無料音源を流してきた。ましてデジタルコンテンツになって配布コストがタダに近くなれば、印刷本の電子版を無償で配布したり、電子版に期間や機能の限定を付けて配布することも常識的に行われて不思議もない。「タダ」商法は、なんら特別なものではない。
出版する側は、消費者が内容を知り得ない情報商品をどうやって販売するか、というジレンマを感じている。「中身」を渡したら、あるいは完全に知られたら「情報」としての価値はなくなると思うのだ。競馬の「出目表」などは見えないようにして売っているし、雑誌の「袋とじ××」などもそうだ。しかし情報というのは、融通無碍なのが本質で、何が情報の「実体」であるか、誰にとって、どのような「価値」であるのか、というのは単純ではない。結末を知ったら読めない小説もあれば、結末から始まる小説もある。価格設定もそうだが、コンテンツの性格と対象読者などによって「無料版」の使い方はいくらでも開拓の余地がある。重要なことは、一次元的に出なく、情報の意味と価値を多元的に考えることだ。出版社とコンテンツと読者という以外のコンテクストを考えられないと、Webビジネスでは敗者になるしかないのだ。
ソフトウェアで多様化したデジタル商品のビジネスモデル
デジタルコンテンツの世界で、いちばん早く「無料版」の効用に気づいたのは、アプリケーションを売るソフトウェアやゲームのベンダーだった。見るどころか、使ってみなければ価値がわからず、売れてみなければ価格も付けられないような厄介な商品では、無料お試し版によって製品が多くの人に知られることを第一に考えるのは当然だろう。しかし、この方法が一般化するのはかなり時間がたってからだった。初期にはおそらく海賊版が無料版の代わりとなって普及に貢献したのだと思う。定価で1本10万円近くしたワープロソフトが、多くのユーザーの手の届く価格となるのに、海賊版は間違いなく貢献したと思う(当事者は口が裂けてもそうは言わないが)。
ソフトウェアの世界では、知的所有権のライセンスに関して様々な方式があり、オープンソースのソフトウェアを無料で使用するのはめずらしくなくなった。高品質なソフトウェアでも有償なのは当然ではない。100万円で売るか、1万円で売るか、ゼロ円で配るかは「ビジネスモデル」の問題で開発人は無関係だ。製品に課金するか、製品に付随するサービスに課金するかが選択可能になっているからだ。オープンソースのコンテンツを多くの開発者やユーザーが共有することで様々な派生的製品やサービスも生まれる。プラットフォームとなる無料ソフトウェアの維持にはとてもコストがかかるが、これはボランティアという形をとりながら、大手ベンダーの技術者が業務として行っている。これも「ビジネスモデル」の一部であって、もちろんベンダーとしては、そちらのほうがコストが少なく、利益になるからやっているのだ。
開発においては、「バザール方式」とか「カテドラル方式」という言葉が使われている。前者はとくにオープンソースの開発方式として生まれたものだが、開発プロジェクトに中枢が存在せず、協調・連携して活動する複数の参加者により開発が進められる。バザールが大きくなると様々な「コミュニティ」が生まれ、全体の繁栄につながっていく。「無料」を情報共有=コミュニケーションの手段として活用することで、市場を育てられるということだ。市場は、すでに存在するものではなく、知識情報のコミュニケーションによって開拓し実現する(もののほうがはるかに大きい)という発想は、すでにソフトウェアの業界では常識となっている。
ビジネスモデル構築に必要なもの:大胆な仮説と根気強い検証
本とソフトウェアとは全然違う! という声が聞こえてきそうだ。無料で中身を読んだ本を後で買ってもらうわけにいかないし、無料で提供されるコミュニケーションのプラットフォームなどあり得ない、と。本当にそうだろうか? 実験もしてみないで結論を出してはいないだろうか。考える力を節約したいがために。ビジネスモデルを真剣に考えたいなら、常識や先入観から離れなければならない。ビジネスモデルは、5W1Hのすべての詳細にわたって人と違うことに意味を見出す人のためのものだ。アマゾンもGoogleも、Twitterも、それほど特別な技術を持っていたわけではないが、常識から出発したりはしなかった点がライバルと異なっていた。
『フリー』の成功は、ソフトウェアやWebの世界の常識を本のマーケティング応用してみたという話にすぎない。現在、電子版を無料で提供している出版社はほとんどが技術系・学術系だが、彼らにしても、慎重にデータを収集し、分析して効果を測定している。オライリー社は執筆段階の原稿も公開し、コメントやリクエストを受け付けて集団的な知恵を反映させると同時に、集客・販促効果も測っている。無料電子版が印刷本の販売に影響するかどうかは、厳密な意味で測定することは不可能(同一コンテンツについて同時に2つの方法を試すことはできない)だが、少なくともトレンドとして電子版の否定的な影響は確認されていない。消費者は印刷本とその電子版を同じものとは考えていないということだ。
米国の Journal of Electronic Publishing は、オライリーなどの後援で無料モデルに関する調査を継続的に行っており、なかなか興味深い記事を載せている。ビジネスモデルは1日にしてなるものではない。誰かが開発したモデルを「借用」しても使いこなせるものでもない。本格的なE-Book時代を迎えるためには、そして「紙と電子の共存」を実現するためには、大胆な仮説を設定し、その実験、検証を根気強く行うしかない。次回は、米国の「実験」を紹介してみたい。(鎌田、04/01/2010)
参考
The Short-Term Influence of Free Digital Versions of Books on Print Sales, John Hilton III and David Wiley, the Journal of Electronic Publishing, Vol. 13, No.1
出版におけるビジネスモデルの開発は、日本になじみの薄いことではまったくない。ビジネスモデルとかマーケティングといったことを意識しなくても、かつての出版物、とくに日本の学年誌などは、付録を通じた市場の創造、コミュニケーションとコミュニティの創造に熱心だった。こうした雑誌は、今日風に言うと、たんなる静的コンテンツではなくダイナミックな<ユーザー体験>を提供していた、ということができる。
付録はユーザーインタフェースであり、多様なコミュニケーションの媒介としての役割を果たしていた。広告タイアップに頼ることなく、毎月さまざまな<ふろく>を考え出して紙面との連動を成功させていた企画力の高さは称賛に値する。
ビジネスモデルは、とりあえずあまり堅く考えない方がいい。以下のビデオは往年のハリウッド映画『真昼の決闘』(1952)のテーマ。不況にあえいでいたハリウッドは本作によって「映画音楽」という新しいビジネスモデルを発見したと評価されている。(「ヒットソングが変えたハリウッドのビジネスモデル」)
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