E-Bookと標準 (2):「日本」の標準とは

前回は、E-BookフォーマットとしてのEPUBの位置(WebとE-Bookをつなぐ)と、それによる出版者にとってのメリットと可能性について述べた。もちろん、HTML系ということの短所もあり、これだけで十分というつもりはない。しかし、今後の世界標準はEPUBを拡張する形で発展していくものが主流となる可能性が高いので、日本にとっての最大の課題は、ローカリゼーションによってEPUBを高度な日本語組版が可能なものに高めていくことにならざるを得ない。JEPAの要求仕様案は、そうした社会的要請に応えるものだ。組版の文化的・商業的意味ついては別に述べたので、ここでは誤解の多い「標準」の国際性と地域性をめぐる問題を取上げておきたい。

出来の良い組版標準の経済価値は莫大な利益をもたらす

Webを中心とした最近の国際標準は、グローバルな整合性を保ちながら言語や国への最適化を容易にする「ローカライゼーション」が盛り込めるようになっている(これをi18n/L10N。合わせてGlobalization (G11N)と称する)。中国語やハングル、アラビア語、ヘブライ語などのユニークな文字/文字組みを可能にするローカリゼーションが行われており、これによって文字コミュニケーションの生産性は、ない場合と比べて少なくともふた桁は上がっているはずだ。これは多国語のマニュアルなどを扱う場合だけではない。国際間、異言語間の文字コミュニケーションがスムーズに行われるかどうかは、国際競争力、文化的な発信力(いわゆるソフトパワー)に直結する。

ユニバーサルな機能に関するi18nに貢献/協力するのは、技術と市場のニーズが分かった少数の専門家を派遣すればすむが、これでは日本語が“通る”という最低水準で、そのままでは商業的に使い物にならないことが多い(それだけを見て「日本語が尊重されていない」とか「インターネットは英語に有利にできている」といった被害妄想が語られたりもする)。L10Nは必ず必要になるが、日本の場合は行政や各種業界、マスコミ、政治家あるいは“有識者”など、情報技術からかなり遠い人の合意やご裁断を得る必要がでてくるので、これは大仕事となる。日本の技術者は、その実力に比べてコミュニケーション能力が高くないから、相手の(社会的地位と無知の)レベルによっては沈黙させられることが少なくない。その結果どうなってきたか。

最悪の場合は、i18nを無視した日本の独自標準(仕様というより実装方法に近い)の開発に予算がつき、L10Nはボランティア扱いされたり「白い目」で見られることすらある。ITに関する限り、20年前に比べれば改善されているが、ITとローカルな非IT産業(たとえば出版)にまたがる標準では、“ITリテラシー”の低い人が関わることが多いので、社会的ニーズの高さに反比例して、L10Nは一部の企業(例えばかつてのジャストシステム)や、多国籍企業、あるいは企業の支援すら受けていない有志に任せられてきた。W3Cの日本コミュニティで継続されてきたWebの日本語仕様標準化作業がEPUBを契機としてJEPAという定位置を得たことは、まだスタートラインとはいえ、日本のためにはかなり幸運であったと思われる。

しかし、ひと昔前のインターネット被害妄想は“活字文化人”の間にまだ残っているので要注意だ。とくにマスコミで喧伝される「日本独自」の標準が、日本でしか(いや日本でもまともに)通用しないばかりか、国際標準(i18n/L10N)の枠組みからの離脱を意味する場合には、何としてでも諌止する必要がある。簡単に言えば、i18n/L10Nの枠組みを守った日本語仕様は日本のためになるが、i18Nを外した独自仕様は、日本の情報産業(ひいては社会全体)に壊滅的打撃を与えると言っても過言ではない。上述したように、言語コミュニケーション、言語間コミュニケーションの生産性は、言語文化にとってはニュートラルかもしれないが、ビジネスでは決定的なマイナスとなる。

EPUBの「日本語仕様」は、日本語E-Bookの品質を高め、あるいは高品質の日本語コンテンツを安く提供することを可能にする。またこれはWebでの日本語表示の品質向上と直結している。なぜなら活字は組まれて初めて意味を持った情報となり、文字の情報としての商品価値は見かけ(=組版の品質)で決まるからだ。素材に関わらず、文字組みの品質が悪ければ売り物にするのは難しい。結果的に、価値の高いコンテンツは電子化されない口実にもなる。それが現状だから、日本語標準の経済効果、文化的意義は非常に大きい。怪しげな「経済波及効果」を持ち出すまでもないだろう。もちろん総務省が心配しているという「中小出版社」への支援にもなることはいうまでもない。来年度予算に盛り込むべきだろう。(鎌田、04/11/2010)

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