ビジネスモデル (3) :フリーは敵か味方か?

2009年の米国や英国の出版統計が出てきているが、いずれも印刷本が横ばいでE-Bookが急成長という傾向を示している。不況下としては大いに期待を持たせるものだ。E-Bookがまだ出荷額の5%未満であるとしても、著作権切れコンテンツを含む総出版点数で上回ったことが重要だ(Bowker Report)。またE-Readerの急増に関わらず、廉価なE-Bookが印刷本の販売を減らす(カニバリ)という事態は、これまでのところ兆候も出ていない。E-Bookの出版と利用は加速度的に伸びていくだろう。いまこそ出版社にはマーケティングが必要だ。

創造的マーケティング手法の開発へ

出版社は、まず廉価なE-Bookが新刊ハードカバーの売れ行きに影響を与えることを懸念した。事実であるとすれば懸念はもっともだ。売れ筋の商品の採算性を悪化させるとすれば、電子版の刊行を極力遅らせるのが短期的には合理的だからだ。しかし、事実として、紙への影響の兆候は見られないし、E-Bookは急伸している。その上1冊あたりの利益は E-Bookのほうがいいくらいだ。そこで欧米の出版社はE-Bookの地位を格上げし、発売時期を遅らせないことにした。わずか2,3ヵ月の間に事態は変化したわけだ。マクミラン社などはE-Bookも2種類にする(ハードカバー対応版以外にペーパーバックに合わせた廉価電子版)意向を表明している。

残る問題は、両方を合計した利益率が最大になる価格水準を発見することであろう。電子版は在庫/重版という問題を解消するので、かなり長期の回収期間を設定することができる。最も重要な判断は、電子版の最適価格とその時期ということになる。これまで出版社は「定価」以外のことを考えてこなかったので、これは創造的で楽しそうな仕事だ。これには、電子版を無料にする選択肢も、また印刷本の読者にわずかな追加料金で電子版を販売することも含まれる。電子版を無料で提供することはすでにいくつかの出版社によって行われており、彼らは当然、無料電子版の販促効果をテストしている。クリス・アンダーソンの本は大成功だった。少なくとも「ものによっては」印刷本のプロモーションになることが実証されたわけである。

もちろん「いちがいにはいえない」から、どのようなものが無料電子版によるプロモーション(注目度の向上)に適しているかについて掴んでおく必要がある。分野と内容、著者の有名無名などで、ある程度モデル化した上で、個別に価格を最適化するわけである。数年後には出版社でもシミュレーション・ツールが使われることになるだろう。コンピュータによるシミュレーションといっても、そこにはなんら神秘性はない。人間が考えたモデルであり、その結果を採用するもしないも自由だ(文系の人はとかく「コンピュータ」に責任を転嫁しがちなので強調しておく。)

米国の追跡調査:無料電子版は印刷本にどんな影響を与えるか

印刷本の定価設定は、往々にして間違いがある。事前にはターゲットが読み切れないからだ。電子版は印刷本の価格とマーケティングの失敗を、ある程度カバーすることが期待される。時間をかけても取り返すことが可能だからだ。現在、米国ではモデル化のためのデータが積極的に蓄積されている。ここではそれらの一端を紹介する。

注目度を高める最も効果的で安価な手段は、電子版を公開することである。その結果どうなるか。National Academies Press (NAP)はすべての刊行物を無料でアクセス・閲覧できるようにしている(ページ単位)。NAPの出版技術部長 (Director of Publishing Technologies)によると、検索エンジンでのランクが高まり、多くのビジターが訪れ、そのうちのわずかが購入した。1997年刊行の『陸軍における亜鉛カドミウム硫化物の拡散実験の毒性評価』という本の場合、2006年のビジターは11,500人で、平均4ページを閲覧。4人が印刷本を$45で、2人がPDF版を$37.5ドルで購入した。購入率は0.05%であった。9年前の絶版本が11,000回閲覧され、6回購入されたわけである。わずかだが、仮に1万点のリストを持つ出版社なら、何の努力もなしに年間200万ドルの売上というのは悪い話ではない。中には思わぬヒットもあるはずだ。これは出版社が図書館の機能も果たしている。Googleが狙っているのは、この図書館機能だ。例にあった渋い本にアクセスしたユーザーの動機を推定して広告と結びつけることができる。

シカゴ大学の東洋学研究所は、無料ダウンロードも可能にしているが、2008年の実績として、21点の刊行物の印刷版の売上が、前の2年間に比べて7%増加したと発表した。NAPと同じく学術刊行物であり、限定された分野=読者に関する本では、内容の公開により印刷本の購入も増える可能性があることを実証している。つまりアクセスしたユーザーが「使える本」であると思えば<検索→閲覧→購入>にまで進むということだ。印刷本にはそれなりの付加価値がある。

商業出版社も無料モデルを積極的に実験している。Journal of Electronic Publishing (JEP)は、ティム・オライリーのスポンサードを得て、Nielsen BookScanという書籍販売POSデータサービスをもとに、無料版の影響を追跡調査した結果を発表している (J. Hilton III and D. Wiley)。BookScanは米国内の書籍販売総額の約70%をカバーしているとみられているが、ウォルマートやSam’s Clubなどの大手一般小売は含まれていない。JEPでは、無料デジタル版のリリース以前の8週間とリリース後の8週間を比較し、前後の変化を観察している。対象書籍は以下の4グループに分けられている(タイトルによって販売部数のばらつきが大きいが、今回の調査では、フォローされていない)。

a) 7点のノンフィクション(電子版の販売時期を変えてみる)
b) 5点のSF/ファンタジー(電子版の販売時期を変えてみる)
c) ランダムハウス社の5点のSF/ファンタジー(同時にリリース)
d) Tor Booksの24点のSF/ファンタジー(登録読者のみ1週間無料)

最初の3つのケースでは、無料電子版は少なくとも5、6週、多くは無期限に提供される。2冊を除き、ほとんどの書籍はフルページのPDFフォーマットをダウンロードできる。例外の2点 (Cult of iPod、Cult of Mac) は、BitTorrentというダイナミックなサービスで提供されている。ランダムハウス社はPDFのほか、Stanza、Kindle、iPhoneで提供し、Tor Booksはスマートフォン用のMobipocketでも提供している。

紙と無料電子版は「ゆるやかな正の相関」。あとは出版社の知恵しだい

結果の詳細についてはJEPのレポートを見ていただきたいが、a) では1点を除いて事後で増加しており、変化率は+5.3%。b) では2点で減少、3点で増加し、変化率は+25.9%。c) では減少は1点のみで+9.3%、d) では一転して18点で減少し、変化率も -24.1%となった。これは例外的に比重の大きい1点が激減を示したためである(期間が異なるためJEPは自然減とみている)が、これを除いてもー18%。Tor Booksがなぜ他と異なる結果となったかについて、JEPはユニークな提供形態(会員登録者限定1週間)が原因との見方をとっているが、無料電子版の提供が印刷本に影響を与えたかどうかは不明だ。

以上の結論として、JEPは、無料電子版の無期限提供と印刷本の短期的な売上増の間には「ゆるやかな (moderate)相関」が認められるとしているとしても、調査結果から確実に言えることは、無料版が印刷本の販促効果を持つとも、逆に阻害するとも言えない、ということで、これは対立する仮説をともに否定するものだ、という妥当な見解を述べている。筆者の想定する「常識」とも一致する。一般的な法則などあるはずはない。それに、クリス・アンダーソンの言うように、無料版の効果的な使い方は、商品と著者、読者の性格によっていくらでも組合せが可能だ。

無料電子版は、一般的に印刷本の販売にもプラスになる可能性が高い。デジタルを過大視したり、印刷本の価値を軽視すべきではない。しかし漫然と無料版を出しても『フリー』が再現されるわけではない。重要なことは、電子版の価格について1かゼロか(つまり印刷版の定価か無料か)という硬直した発想をしないこと、出版社は優秀なマーケティング・スタッフを揃えるべきであるということだと思う。(鎌田、04/18/2010)

本誌:E-Bookビジネスモデル序説シリーズ

E-Bookビジネスモデル序説(1):仮説と検証

E-Bookビジネスモデル序説 (2):米国がE-Bookに動いたのは

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