E-Bookビジネスモデルの続きを書こうと思っていたら、岸博幸教授が「電子書籍は日本で普及するか? 」という記事の中で、本誌記事 (3/8)も引用していた米国出版社のコストモデル (NYT, 2/28)を使って、筆者とまったく異なる解説をしていたのに出会った (4/09)。米国と日本の違いを読み違えているとしか思えないが、「無料モデル」についての検討を次回に回し、先にこれを取り上げておきたい。
引用記事
「電子書籍は日本で普及するか?」 by 岸 博幸、DIAMONDonline、4/9/2010、【岸博幸のクリエイティブ国富論】
市場経済において「適正価格」とは?
岸教授は「電子書籍の適正価格はいくらか?」と問いかけ、筆者が「印刷本と電子本のコスト比較から考えられること」 (3/08)で使った数字で解説している。まず「$26のハードカバーの売上の分配」として$13が「書店に」となっているのだが、これは誤解を生じやすい。出版社は売上を書店と分配してるわけではない。取次(あるいはそれを兼ねた書店、流通大手)に半額で販売したのだ。この違いは大きい。ランダムハウス社が「当社には最適な小売価格の決定に関する経験がない」と率直に認めているように、定価販売が原則ではない本の小売価格の設定(つまり変更)は、出版社にとって未踏の領域なのである。定価販売を貫く日本では、すべての関係者が返本の山に押しつぶされそうになっている。苦しいのでさらに本を出すという状態である。
米国では取次あるいは取次兼書店 (B&N, Borders)が$13で必要数を買い取るので、出版社は流通在庫を気にすることなく、同額を受取ることができる。だから在庫圧力は流通側にのみ発生する。書店は売れ残りがないように値を下げていき、最後にはたたき売りに近い状態になる。アメリカの本屋にいく楽しみの一つだが、流通側では「売れる価格」で売り切るしかない。また、ウォルマートなど小売業界もディスカウント本を客寄せの手段に使うので、書店も競争上下げざるを得ない。クリスマスシーズンの小売価格の破壊(日本人から見て)はすごい。しかし、$26が$2.99になっても人は驚かない。
以上のような市場経済の下での書籍流通を前提にすると、岸教授の「電子書籍の適正価格はいくらか?」という問いがじつに牧歌的に響く。「小泉改革」の旗手であった方とは思えない。「価格」というのはいまだ経済学の基本問題だが、自由市場の下では、市場で「売れる価格」というしかないということになっている。何とも非情である。少なくとも「食っていける」価格(再生産が可能な水準以上)であってほしいが、ままならない。スーパーや量販店で値札を付け替えている人に、「適正価格」を聞いても、「売れる価格」というしかないだろう。文化的価値を持つ本がトマトやテレビと同じであるのは不当だ、と教授は言いたいのだろう。その通りである。だから筆者も市場は芸術や創造と無関係であると考えている。しかし「価値」と「価格」の関係は説明不能だ。三田誠広氏が芥川賞作家で村上春樹氏がそうでないようなものだ。(図はD. Friedmanの価格理論、意味はありません)
書籍や雑誌、新聞の流通についてはいまだに「統制経済」が継続している。出版文化を守るためというが、筆者には「定価流通秩序」を守るために出版文化が犠牲にされているようにしか見えない。現に出版社のためにもまったくなっていない。統制経済は、乏しい資源を配分するために、消費者を犠牲にして「大手」を中心とした秩序守るためにある。それは自由であるべき出版文化とは、根本的に相容れないものなのだ。一定の必然性、合理性はあったのだろうが、それを清算できないようで「改革」などと口にして欲しくない。E-Bookこそ新しい出版文化と読者を広げる。巨大なデッドストックを資産化し、半数近くの本が廃棄処分される現状を改善して、印刷本の価値をむしろ高める。
コストモデルの誤読にみる日米のギャップ
例のコスト比較では、$26のハードカバーで、出版社の粗利益率が $4.05 (31.1%)、 $12.99のE-Bookを売って $4.56~5.54 (35.1~42.6%) となっていた。この数字を見ても、印刷本に対する教授の信任は揺るがない。そして次のような「インプリケーションを得られます」と述べる。
「その最大のものは、実は印刷/流通/在庫といった、ネット寄りの人が膨大だと決めつけているリアルの本のコストは、実は喧伝されているほどには大きくないかもしれないということです。実際、別の推計でも、こうしたコストは書籍の価格の1割程度となっています。」
教授が「印刷/流通/在庫」としているのは、”printing, storing, shipping”である。上述したように、米国は売り切りなので、出版社の手元在庫は少ない。「流通」は「運送費」としないと誤解を招く。小売価格の12.5%(出版社の売上の25%)はほとんどが印刷費ということになる。さらに、印刷費には組版 (typesetting)が含まれていない。出版社からすると、4ドルの粗利益を上げるために、印刷や運送に4ドルをかけているわけである! これは「大きくない」だろうか。
いったい企業は何のために活動しているのだろうか。純利益はあってもなくてもいい。だが存続するためには限界利益が固定費を上回らないといつまでも続かない。売上が下落し、経営が悪化している中で、印刷本ビジネスの維持を至上命題として、年間300%以上の急成長分野を無視するということはあり得ない。だから大手各社も本気で取り組んでいる。あと2、3年で、E-Bookは新刊本売上の25%に達すると見られている。岸教授によれば「せいぜい年6%」というが、新たに出す本の25%に達するということの意味を考えて欲しい。それはリストにある既刊本の電子化がさらに急激な勢いで進むということだ。米国の出版社が最も懸念していたのは、電子版を半額以下で売ることで、ベストセラー本とロングセラー本に打撃を与えることだった。しかし、打撃はまだ確認不能なレベルであり、逆に電子化によって人々が本を多く読むようになった。これが事実だ。
教授は、出版社が「紙中心のビジネスモデルの進化」に取組むべきことを説き、電子書籍にも「前向き」に取組むことを期待している、と述べて結んでいるが、「前向き」は役所用語と紛らわしい。岸教授は経産省でコンテンツ産業を担当されて以来、この業界の経営層には影響力の強い方であり、ぜひ認識をあらためていただきたいと思う。(鎌田、04/1/2010)
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