EB2ノート(12):出版の社会的機能と経済価値

5月26日に開催したEBook2.0研究講座第3回「ソーシャルネットワーキングとしての出版と出版社 – 読者と結びつくのは誰か?」は、知識情報のコミュニケーションという、出版の社会的機能に注目し、Webが発展させてきたソーシャルネットワーキングとの融合を構想するものだったが、重要な論点とともに、Webと出版の連続と断絶も見えてきた。数回にわたって、内容を振り返ってみたい。

Webと出版の連続と断絶:研究講座第3回

このシリーズ(第1期)は、デジタル時代の出版とは何かを明らかにしようという意図で始まったが、この10年ほどで多面的なメディアとして発展したWebは、出版の役割を考える上でとても重い意味を持っている。インターネット上のハイパーテキスト環境として成立したWebは、通信容量とデバイスの能力、そして普及密度によって次々に新しいメディアを生み出してきた。ホームページ、ポータルサイト、そしてブログを筆頭とするソーシャル系、Twitterに代表されるリアルタイム系など、毎年そのトレンドを変えているが、それらは情報の発信と共有をベースとした、ほとんど極限的なまでに抽象化されたWebの性格によるものだ。

音楽に始まるコンテンツの有料化は、書籍、新聞、放送に及び一昨年から顕著になった。それまで「無料」に傷めつけられ悩まされてきたメディア業界は、デバイスと一体化した「有料」環境に惹かれると同時に、音楽業界が経験した価格支配を警戒した。だが出版について、Webビジネスの巨人たちは価格支配にこだわらなかった。すでに米国の出版業界にとって、E-Bookは年率200%以上の成長が続く期待の星となっている。儲かるかどうかとか、印刷本が喰われるのではないかという懸念が吹き飛んだことで、デジタルへの傾斜に拍車がかかるだろう。その風は日本にも吹き寄せる。私たちは、あまりに目まぐるしい変化のために、出版業界が自分を見失うことを怖れている。

米国では、今年に入ってから出版/出版社の再定義の議論が活発になってきた。それはWebのソーシャルネットワーキング機能を積極的に取り込むこと、B2Cビジネスとして再確立しようとする方向が中心的主張となっている。この方向には賛成だが、出版社によって答えは同じではなく、それぞれのポリシー、テーマ、読者に最適な解を見つけなければならない。今回はゲストとして、基本的にWebの世界に身を置いているお二人─ソシオメディアの代表取締役で、DESIGN IT!の代表としても活躍されている篠原氏、そして『ソーシャルウェブ入門』の著者で、TechCrunch日本語版を支え、博覧強記でも知られる滑川氏をお呼びした。

結果としてみれば、テーマの大きさ、重さに対して時間が足りず、踏み込みが足りなかったのは否定できないだろう。しかし、過去の遺産を引き摺る出版のほうから見える世界と、軽いぶん流れの速いWebから見える世界はだいぶ違うことを実感させられた。そのことが分かっただけでも収穫はあったと言っておこう。Webのソーシャルネットワーキングにおける「社会」と対比することで、出版が本来的に属性として持っている「社会」が見えてきたように思われるからだ。実践を伴う第2期に進む上で、またそのための要となる次回のテーマ(CMS+IS)のイントロとして、今回の内容を総括しておきたい。

モノから離れることで見えてくる出版の社会的機能

鎌田は冒頭で、これからの出版はコンテンツづくりというより知識情報のコミュニケーション(プロセス)である、とプロセスとしての側面を強調した。ビジネスから教育、研究、消費、教養・娯楽…まで、出版は社会の活動のすべてを反映する。出版はそこで共有される知識情報の結晶であると言ってよいだろう。何が結晶化されるかといえば、それは発信者と受信者の間のコンテクスト(5W1H)に沿って整理され、最適化されたコンテンツである。21世紀に入ってから、Webは「意味」を捉えようと苦労してきたが(Semantic Web)、「意味」の泥沼に深入りすることなく、出版コンテンツは、それに紐づいたユーザーと活動を効果的に浮かび上がらせる。出版された情報は意味の結晶であって、ただのフローとしての情報と異なるからだ。ユーザー(読者、消費者)にとっての意味を、かなりの精度で捉える事が出来るのである。

コンテンツ×コンテクスト×ユーザー>のデータ(以下CCUログと称する)は、莫大な経済価値を生み出す。出版社にとって、それは読者のレベルとニーズを知り、読者とのコミュニケーションを緊密化し、出版プロジェクトを成功させるための基本データであるが、それは第三者にとっても別の経済価値を持つ。Webビジネスは、それを使って様々な商品の販売を促進し、あるいは広告機会を販売することができるからである。情報は、人がそれに関心を持つ瞬間に、最も効果的な形で提供されることで「意味」を持つ。広告主はこれまでのマスメディア広告のようなロスの多い方法ではない、より効果的・効率的な手段を必要としているのだが、出版物に関するCCUログは、なかでも最も質の高いものとなる。

そのことを理解するには、出版という活動の階層的性格を知っておく必要がある。商業出版は、いわば氷山の一角であり、広大な裾野を持っている。テーマ、読者のレベル、発行部数、提供形態(価格、体裁、流通)などは、いずれも構造を持っており、社会のコミュニケーションのトポロジーを反映している。企業の組織内での業務出版や個人・同人の出版、企業や公共機関の広告・広報出版など、出版は多様であるが、商業出版はそれらと直接・間接につながりを持っている。商業出版は特定の組織や読者から相対的に独立し、そのことによって出版物に多次元性が生まれているからである。語源的に出版とは public (公共、公衆)に対すして公表する (publish)ことだが、この「公」のレベルと構造性は、コンテンツの独立性が相対的に高い商業出版の場合に重要な意味を持つ。ブログなどを含めて引用され、コメントされるのが圧倒的に商業出版物であることをみてもわかる。

つまり、Webによって情報の発信がほとんどタダになった時代に、死ぬかとさえ言われていた(事実死にそうな会社も多い)出版が改めて注目されているのは、それが代替困難な社会的機能を果たしてきたからなのだ。料理のレシピ・サイトは、たしかに有用な情報を提供してくれる。しかしそこには「著者」という人格が見えず、価値を保証する経験と蓄積のある「出版社」も見えず、「編集者」の細やかな配慮も、写真家やデザイナーのセンスも感じられない。Webのページは明日には消えるかもしれないのに対して、出版物は永続性 (persistence)を持っている。Webはサーバ上の「現在」でしかない。同じ情報ではあっても「出版」における情報とは、性格が違う。そのことは、モノとして実装された本から、コンテンツのみを抜き出したE-Bookによって明らかになる。単純化して言えば、出版には社会的に評価・承認された文化的価値がある、ということだ。

印刷され製本された本という安定した容器を失い、デジタルな操作の対象となることで、むしろ出版と出版社の社会性が見えてくる、というのが鎌田のメッセージの前段である。(続く)

本誌関連記事

「EB2ノート(11):Webにおける出版の『死と再生』」鎌田、05/14/2010

「出版の復権(2):SNSソーシャルマーケティング」 鎌田、05/11/2010

「ネット時代に出版の復権を考える (1):脱工業化」鎌田、05/08/2010

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