EB2ノート(13):出版社の挑戦

E-Bookが儲かることは、すでに米国で証明された。このトレンドに乗ることはさして難しくないだろう。しかし、メガ・プラットフォームが提供する環境に対してせっせとコンテンツを提供しているだけでは、出版社の地位(社会的機能)は保証されていない。E-Bookは本とは違って完全な商品ではなく、環境の中での部品、素材に過ぎない。印刷会社や取次とは違って、メガ・プラットフォームは出版社を尊重してくれない。出版社が独立性を主張できるためには、読者とのコンテクストを形成し、管理する主体となる必要がある。

デジタルコンテンツは本にあらず

私たちは出版の機能(コミュニケーション)的側面に注目した。なぜならそれこそが本をWebビジネスの焦点の一つに押し上げている潜在価値であり、また本を読む手段としてのE-Bookの優位は、ほとんどそれに尽きるからだ。それはITが扱えることなら何でもできる。読者にはマルチメディアと対話型でスマートな「読書体験支援環境」を、著者、出版社、その他のステークホルダー(流通、広告、スポンサー)にとっては読者のコンテクストへのアクセスを、それぞれ提供するだろう。重要なことは、そうした価値の大部分は、コンテンツによってではなく、それをサポートするプラットフォーム(通信、デバイス、配信サービス…)によって実現されることである。

その意味で、E-Bookコンテンツは商品として不完全なものだ。コンテンツはモノとしての客観性、完結性を持たない。それ自体では、内容い相応しい文字と組版で読むことすらできない。コンテンツデータは、流通・実装環境と結びついて初めて体験として実現するものなのだ。印刷本は、モノづくりとしての完成度を要求し、出版人はそれに応えてきたのだが、デジタルコンテンツはまったく本ではない。人々が電子デバイスで表示した活字情報に対価を払うことに、なお躊躇するのは、印刷された本に対する電子情報の貧弱さのためだ。じっさい、入手性や物理的、経済的な問題さえなければ、活字コンテンツを電子デバイスで読む気にはなれないし、文化的価値を持つ本などの場合はなおさらだ。(だから本をわざわざ解体してスキャンしてまでデジタル化する人がいることは理解できない(欧米人からは間違いなく「蛮行」と見られるだろう

E-Bookは<コンテンツ+デバイス+サービス>があって実現される、とても頼りないメディアだ。だからPC上でしか存在しなかった時は(一部のユーザー以外)誰も気づかなかったほどだし、だからこそアマゾンはKindleの開発に10年をかけたのだ。いま、E-Bookがビジネスになること、それも出版社が思いもよらなかった規模であることが明らかになった。しかし、E-Bookが本ではないことを忘れてはならない。出版社がHTMLと同じ「電子書籍」の安直さに安心して手を抜けば、たちまち読者は離れていき、無料コンテンツのみが生き残ることになるだろう。いまのところ、出版社や配信プラットフォームのメリットに比べ、読者の利便性は高くない。紙の本の3割程度の価格が妥当なのだ。その点でアマゾンの価格設定はまったく正しく、出版社は印刷本の相対的価値を過少評価している。

出版社は独立を維持できるか

これまで知識情報を工芸的センスで工業化してきた出版社にとって、E-Bookがまったく別の商品であることを理解しないと、ほぼ必ず失敗する。簡単に違いをまとめてみると、次のようになる。

  • プロセスをデザインし、運用することが重要に

    これまで出版社は「良い本 and/or 売れる本」をつくること集中してきた。数多くの不確定要素に頭を悩ませながら、発売後1ヵ月の勝負に賭けてきた。しかし、E-Bookでは読者中心のマーケティング・アプローチが重要になり、比較的長期間にわたっての「読書体験」の最大化やブランド価値向上が決定的な意味を持つ。

      出版社はコンテンツづくりに集中すればよいと言う人がいるかもしれない。たしかにコンテンツだけで儲かるかもしれないし、アップルやアマゾンも喜ぶ。しかし、コンテクスト(顧客の活動とコミュニティ)に経済価値を見出して「環境」を提供するメガビジネスに依存すれば自立性は失う。自立性を失った出版社は、もはや「出版者」ではない。

      出版社は、これまで製作に関しては印刷会社に、販売に関しては取次や書店に依存してきた。これまではこの三者が出版業界の安定したエコシステムの中心だった。三者は互いの領域を守り、出版社は「知的労働」にのみ関わるものとして尊重されてきた。しかしこの関係は、デジタル化と無関係に、もはや存続不能になっている。出版社が独立を維持する(つまり出版社が「出版者」である)ためには次の4条件が必要になると思われる。

      1. 読者とのコミュニケーションを(主としてWeb上に)デザインする:著者、読者のコミュニティの形成・深化、テーマの深耕、関連づけ、マッピング…。
      2. 読者の「読書体験」にコミットする:インタラクティブでスマートなE-Bookデザイン開発にイニシアティブをとる。Kindle/iPad的環境を使いこなし、道具にはならない。
      3. 読者とのコミュニケーションのプラットフォームを構築する:Webサイト、ブログ、ソーシャルネットワーキングを活用し、テーマ別、著者別のノードを開拓する。(CMS+IA)
      4. 出版プラットフォームの構築と管理:コンテンツ管理とコンテクスト管理の環境を、単独あるいはパートナーと協力して進める:先取り的なデータ「管理」と運用により、商品開発とマーケティングに適用する。

      もちろん、出版社の体力や技術力、分野によって多種多様な形ができるだろう。メガ・プラットフォームへの依存度をゼロにすることは不可能だが、100%になれば存続性に問題が生じてくるし、人材も集まりにくくなるだろう。(06/04/2010)

      本誌関連記事

      EB2ノート(12):出版の社会的機能と経済価値鎌田、06/02/2010

      「EB2 ノート(11):Webにおける出版の『死と再生』」鎌田、05/14/2010

      「出版の復権(2):SNSソーシャルマーケティング」 鎌田、05/11/2010

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