E-Bookビジネスとは、電子的なコンテンツをつくり、iPadやKindleで提供することではない。それだけのことならば誰でもできる。誰でもできることで食っていけるほど、この世界は甘くないだろう。オンライン上で展開される「生産・流通・販売」のバリューチェーンにおける「出版」の位置は確定していないからだ。E-Bookビジネスは、コンテンツを介した著者と読者のコミュニケーションから「新しい付加価値」を創造するものである。(図はキリスト教会の三位一体概念を図にした三位一体の楯。)
出版3業態(生産・流通・販売)のあり方が変わる
本のビジネスでは、つねに「生産・流通・販売」の三者が、一定の距離を置きながら共存してきた。印刷以前もそうであったし、印刷以後もそうである。著者側からすると本をつくれば完成かもしれないが、顔も知らぬ読者の手に商品として渡るには何ヵ月、時に何年にもわたる時間を要する。投資-回収のサイクルが一定しない商品を多数市場に供給しながらビジネスとして持続させるのは容易ではない。リスクのほとんどは流通と販売にあるといって過言ではないだろう。だから「金融」を含まないビジネスモデルは成り立たなかった。また流通・販売の形は価格・読者層・配送手段などによって歴史的に変化してきた。印刷革命の初期には「貸本」が販売において重要な役割を果たし、また読者層を維持し育てる上では図書館が引き続き大きな役割を果たしている。
E-Bookは、直接的には生産と生産物の形(あるいは意味)を変えるものだが、本という物理的形態を取り去ることでは流通と販売のほうにより大きな影響を与える。流通と販売との距離はほとんどなくなった。E-Bookビジネスでは一見して「コンテンツ」が主役のように思えるかもしれない。オンライン書店に預けてしまえば、あとは売れるのを待つだけ? それは完全な誤解だ。出版社が読者の顔を知らず、書店のみが顧客を知る古典的な世界は、そのままオンラインに移行することが困難なものだ。
第1に、商品は顧客がいて成り立つ。本の商品性はカタログに載っただけでは実現しない。「顧客=読者」がつかない限りビジネスにはなっていない。
第2に、数万点、数十万点のタイトルの中で、出版した本がまとまって売れるのは、奇跡とまではいえなくてもかなりの難事だ。オンライン配信業者が本気であなたの本を売ってくれる保証はまったくない。
第3に、そもそも本をつくっただけでビジネスが成り立つなら、著者・編集者も含めて誰でも出版ができ、あなたの地位は安泰ではない。誰でも出版できる時代の出版者の価値を、結果で証明する必要がある。
作品としてのコンテンツはともかく、商品としてのコンテンツが実現するのは依然として流通と販売においてであり、出版者にとってのこれらの重要性はまったく変わらない。それどころか、E-Bookビジネスでは、(よほど凝ったつくりでない限り)出版者の価値は、むしろ流通と販売(つまりマーケティング)においてこそ問われてくるといえよう。著者は出版社をまず販売能力(努力)で評価する。読者は適切な情報を与えてくれない出版社の本を買わない。数万、数十万のタイトルを持つオンライン書店で「目立つ」方法は、自分で考えるしかないのだ。逆に流通・販売ビジネスは、出版者の位置を相対化することで自己の付加価値を最大化する。顧客情報と本のメタデータを蓄積して、彼らがどんな本の「読者」となるかを(一定以上の確率で)予測可能とすれば、もはや流通・販売ビジネスが(壁のない国境を越えて)出版者となることを阻むものはない。とくに儲かりそうな本ほどそうだ。
E-Bookビジネスは「神の座」をめぐる戦い
重要なことは、デジタル出版において「生産・流通・販売」の三位一体が、補完し合う独立した三者というよりは、文字通りの神学的意味(3つの位格を持つ同一実体)に向かっていることだろう。この場合の位格とは、「言葉を出すもの」、「言葉」、そして「言葉によって伝えられる読者体験」の3つであって、言葉はコンテンツに置き換えることができるが、印刷本と違い、ネット/デバイスにおいて一つとなるので、アマゾンやアップルのように、「神」を目ざす意図を隠そうとしないビジネスモデルも登場する。それどころか、むしろE-Bookビジネスとは(読者にとっての)「神」の座をめぐる戦いなのかもしれない。ネット環境では、それ以外の形で読者との(知的・経済的)関係を安定的に保つことは困難なのだ。いかなるプラットフォームやフォーマットも、生産・流通・販売における優位を守ってくれない(日本の出版業界にはまだこのことが理解できていない人が多い)。
デジタル時代の出版が基本的に「生産・流通・販売」のユニークな組合せとして実現する、ということは、もはや従来のような「出版者」「取次」「書店」の業態区分は意味を持たず、ただ「読者」との関係(バリューチェーン)において何であるかだけが意味を持つということだろう。名は体を表さなくなるのだ。Amazon/KindleやApple/iPadは、書店であり、取次であり、出版社でさえある。「iPadで本を出す」と考える著者から見て、出版社は編集や取次なのかもしれない。じつにややこしいが、重要なのは、これまで名もない数でしかなかった「読者」との具体的な関係だ。読者との関係が薄いほど不安定になる。多くの読者を知っているアマゾンやアップルは有利な立場にあるが、しかしけっして絶対ではない。それは例えば以下のようなことを考えるだけで十分だろう。
- 出版(出版社のではない)市場は十分に(商業出版社が考える以上に)大きい
- 読者はありとあらゆるところに分散している(誰でも読者になる)
- 出版社はなお、特定分野の読者に「読ませる」能力で他をリードしている
- 出版社にはなお、メタデータの開発・利用の機会がある
- 出版社は安価な技術的手段で読者との直接的関係を持つことができる
- もともと本の出版は(映画や音楽などより)多様である
- 誰でも出版(言語コミュニケーション)の主宰者となる潜在的可能性がある
E-Bookベンチャーは、けっきょく
- デジタル時代の不安定なバリューチェーンにおいて新たなサービス/ビジネスモデルを目ざす
- あるいは様々なステークホルダー(著者、編集者、出版者、取次、書店…読者)が必要とする新たな付加価値を提供する
ものということになる。その少なからぬ部分は、E-Bookのために生まれたものというよりは、Webビジネスのコンテクストで生まれたものであることに注意が必要だ。クラウドサービス、SNSやWebァナリティクスなどはeコマースに汎用的なものだが、E-Bookではそれらを使いこなすことになる。ここではあまり出自にこだわらず、E-Bookビジネスにおいて意味を持つものに注目する。
すでに注目すべき企業やサービスが現れているので、これから随時紹介していきたいが、市場のあり方は各国でかなり異なっており、国際的な展開が容易に行えそうなものと、難しそうなものもある。印刷本の出版における「生産・流通・販売」のインフラが、各国それぞれ異なる形で形成され、存在しているからである。文字組版/ページメイクにおける出版社と印刷会社の関係。流通における出版社と取次会社の関係、販売における出版社と書店の関係、取次と書店の関係は、国によってかなり異なっており、それが新しいサービスにも投影される。
また、ベンチャー企業は基本的に、(1) 成功してアマゾンやアップルなどに吸収される、(2) 安定したニッチを開拓する、(3) ユニークなアイデアや手法を提供し続ける、という3つのタイプに分かれる。アマゾンやGoogleのような突然変異もあるが、これは分類としては考えない方がいいだろう。多くのベンチャーは、出口戦略(基本はIPOか売却)を持って活動している。よく見れば分かるが、Webビジネスの大企業は無数の元ベンチャーを吸収しながら成長してきた。そうした意味で、明日のアマゾンやアップルを知るためにも、今日のベンチャー企業を知っておくことは意味がある。大企業の創業者は社内の実験的環境で培養された技術より、市場でもまれて成長した技術を高く評価するが、技術はそれに関わる人間の一部であることを知っているからである。(つづく。鎌田、07/09/2010)
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