パワーシフト (1):ジャッカルの日

出版社にとって心地よいニュースではない。じつのところ、印刷本に対する影響よりもこちらのほうを怖れていたのだと思われる。しかし、それは起きてしまった。同種の出来事はすでにあったが、今回はワイリーという有力エージェンシー(literary agent)が周到に仕掛けたものだけに、比較にならない。印刷本の原出版社は著者印税の大幅引上げに応じるかどうか、厳しい判断に迫られる。

ランダムハウスの誤算

ワイリー・エージェンシーによる「電子出版社宣言」は、出版社の非難(唯一の例外はペンギン)とWriters Guildの称賛(7/26)を浴びるなど、米国出版業界での波紋をさらに拡大しているが、それはたんなる著者と出版社のロイヤルティ配分をめぐる紛争を超えた、別次元の問題を顕在化させたからである。ワイリー氏(そして多くの著作権者)がランダム社のE-Book著作権料方針に不満を表明していたことは事実であり、もちろん彼らの関心はカネ以外ではない。だからといって、その歴史的意味は小さくない(歴史は一見瑣末な問題で動く)。天下の“ビッグ・シックス”が、横面を張り飛ばされて何の抵抗も出来なかったのは、ほとんど「カノッサの屈辱」ものだ。ランダム社とすれば、原出版社としての既得権(と考えていたもの)を否定され、エージェントが自称する新出版社に販売権をアマゾンに「転売」されたというに等しいが、さらに一般的に以下のことを意味する可能性が強い。

  • 電子化権が明記されていない既刊本は著作権者が自由に処分可能
  • 定番書籍の電子版権価格が高騰し、(目玉商品にしたい)メガストアが高値で落札
  • 原出版社は継続に不可欠な安定的収入源を失う
  • 出版社とは何かについての定義がE-Bookによって変わる

もとはといえば、ランダム社が(権利者から見て)あまりに無神経であったとも言える。iPodやKindleで市場が立ち上がってきた2008年12月、同社はE-Bookのロイヤルティを改訂し、それまでの<前渡金額到達までは印刷本と同じ定価の25%、以後は15%(10ドルの本では$2.5→$1.5)>から、出版社の実収入の25%(卸価格が50%ならば$1.25)と、事実上半減させた。同社は、それが(1) 業界水準と合致し、(2) 定価はベースとしてもはや不適当で、(3) 電子化に新たにコストが生じ、(4) 他のフォーマットと整合性がある、などとしていた。ちなみに、独立系のオンライン出版社のレートの半分に落としたことになる。

“ジャッカル”の異名を持つワイリー氏が、これに黙っているわけはなかった。表面上E-Bookには見向きもしない態度を示しつつ、彼はアマゾン、Google、アップルの三者に交渉を持ちかける。それは現代の古典的名作を含むコレクションだった。アマゾンに独占販売を許したことを「暴挙」と見る向きもあるが、純粋にビジネス的には的外れだろう。アマゾンはそれに最高の価格を付け(もちろん契約金+ロイヤルティ)、それを著作権者が評価したということだ。10ドルのE-Bookとすると、アマゾンが3ドル、著者が7ドル、ワイリーはエージェントとして著者の7ドルから15%のコミッションを受取るとみられる。電子版元のオデッセイ社は(利益相反の可能性があるので)同時に出版社としてのロイヤルティを受取ることはないだろう。いずれにせよ、著作権者には現金と現行の実質3倍以上のロイヤルティが入ることになる。(上の絵は、二匹のジャッカルが主人公となるインド由来の寓話『カリーラとディムナ』から)

いまのところE-Bookが印刷本の販売量に影響を与えている兆候が見られないので、ランダムハウス社に直接的損害が生じることはないが、デジタル時代に恃みとする定番書籍に対する「既得権」が否定され、エージェントの背後にある“ビッグスリー”(アマゾン、Google、アップル)と競合入札しなければ得られないという事態は、もはや不可避となった。日本の著作権料はもともと10%前後と米国に比べて(出版社が儲けているわけでもないので単純な比較は困難だが)非常に安い。米国でE-Bookのレートが25%以上(35~63%)となると影響が出てくるだろう。10%から60%までという幅は、あまりに大きい。

原作の完成に対する出版社の寄与(編集、販促その他)はケースバイケースであり、たとえ契約書に明記してなかったとしても、出版社が現在の作品に対する権利を主張する正当性はある。しかし、ランダムハウスは、かつてRosettaBooksという小規模な電子出版社を相手の訴訟で控訴審まで二度の敗訴を経験している(ウィリアム・スタイロンの作品で、その後権利者側と和解)。今回相手にするとすれば著作権の当事者であり、訴訟を提起するのは自殺行為に等しい。ジャッカルが目をつけたのはそこで、獅子(著作者)の分け前を多くするという大義を前面に出したわけである。ほぼ完勝と言えるだろう。次回は、事件に対する反響を一通り洗ってみたい。(鎌田、07/28/2010)

参考情報

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