XMDFの不幸:さびしい標準

XMDFの広告をよく見かけるようになった。明らかな提灯記事も多い。広告を出すということは、それなりの予算がついたということだ。予算の裏付けのあるものについては、掲載メディアはそれなりの優遇をする。露出頻度が高くなると、なんとなく「メジャー」になったなとか、「これで決まりだな」という印象操作がしやすくなることはいうまでもない。しかしこの広告予算はどこから出たものだろうか。これが三省デジ懇の結果だとすると、あまりに問題が多い。誰にとっても。

フォーマットは主体にはならない

  1. そもそも、ITにおけるフォーマットなどは、とても宣伝の対象となる性格のものではない。マイクロソフトが Wordではなく”.doc”を、アドビがAcrobatではなく” .pdf”を宣伝するようなものだ。ふつう「標準」をプロモーションする場合には、複数のツールベンダーがコンソーシアムをつくって行う。フォーマットはユーザーの貴重なデータ資産を収める容器なので、サステナビリティが問題になる。したがって寡占状態にない限り、関与するベンダーが少ないと信頼性が低くなる。逆に、寡占状態にあればフォーマットを宣伝する必要などはない。今回のXMDF広告は、唯一のベンダーが自社のフォーマットを宣伝するもので奇異に感じられる。
  2. フォーマットの価値は、それが生み出すデータの効用(機能、拡張性)と、それをつくりだすツールの価値(操作性、価格)などで決まる。XMDFはビューワこそ一般に普及しているものの、実質的に閲覧だけ可能な形式であって、誰でも自由にXMDFデータのE-Bookをつくれることはないし、不幸にしてXMDFビルダーもそのような製品として発展してこなかった。
  3. XMDFエディタは「出版社とオーサリング業務専門会社に限定」して販売されてきたものであり、そうした意味で「業務専用ツールと専用フォーマットの組合せ」という、業務用アプリケーションであって、ITビジネスとしての主体性を持った製品ではない。最初からクローズドな性格を負わされてきた。最近になって「オープン」だ「標準」だと言われても、それこそ「オープンでクリーンな」菅内閣と同程度の説得力しかもたない。

シャープはこれまで大きな可能性のあったXMDFをあえて“門外不出”に近いものとすることで、深い堀が好きで高い城に住む人々の信頼を勝ち得てきた(携帯コンテンツ開発者には「バカ高いライセンス料」と不評だった)。同社自身は、これまでXMDFを汎用化させようと試みており、ワープロやDTPソフトから自在に出力可能とすることでE-Bookを普及させる意向も表明してきた(2005年)。5年前にこれができていたらと思う。その意欲と能力を十分に持ちながら、それができなかったのは、ことメディアに関する限り、時代を理解する力が鈍い人々と付き合いすぎたためだったと思われる。E-Bookにおいては、出版社を顧客としてしまうと、読者からは遠ざかってしまうという不幸な関係が過去(?)にはあった。

XMDFは優れた技術だが、規格にこだわれば不幸になる

2010年「電子書籍元年」となって、急に(XMDFビルダーではなく)この「日陰のフォーマット」を宣伝する必要が出てきたのはなんとも皮肉というしかない。大手出版社揃い踏みの体制が出来、業界の祝福を受けて「日本の活字文化の旗手」「国際標準」の栄誉を担っての登場だ。しかし、シャープ自身はXMDF(あるいはその背景にあるE-Book戦略)が国内限定仕様となり、自社製品の国際展開にとって不安要因であることを知っている。「次世代」に乗り出すには巨額のコストとリスクが伴うことも承知している。おそらく国が支援するなら、という気になったのだろう。

しかし昔のような「官民一体」はできない。NTTを中心とした護送船団もできないし、だいいち護送するメーカーの艦隊も編成できない。太平洋戦争末期の状態だ。かつて官民プロジェクトの標準だった百億単位の予算もつかない。そんなことは誰でも知っている。「三省」の連携はお膳立てまでで、あとは民間でやるしかない。しかし、この空気に乗ってでも離陸しないと、遅れてやってきた“XMDF(本当はE-Bookがやりたいはずなのだが)プロジェクト”に社内決裁すらとれなかったのだろう。同情を禁じ得ない。

相変わらず無責任で脳天気なのは大手出版社である。XMDFの実績は参入障壁としての実績でしかないのに、これを政府に支援させようというのだから。だがケータイあってのXMDFで、インターネットでこれを使い続ければ、コンテンツ管理のオーバーヘッドが大きくなる。どっちみち“業者任せ”だから関係ないと思っているだろうが、それは間違いだ。大したコストなしで変換できるEPUB、PDF、AZW (Mobi)と比べて、ツールの貧弱さ以上に、大きな問題となるだろう。

EPUB=Webから遠ざかれば出版社は最初で最後のチャンスを逃す

 

まだ気づいてはいる人は多くないが、EPUB (CSS/XHTML)は、出版社自身のWeb環境と統合することで、強力な出版環境(広告、DL販売、決済、読者管理、SNS、メタデータ管理…)を自前で構成することができる。出版社自身がすべてのプロセスをコントロールできるという巨大なメリットを前にしながら、それを放棄するというのは自殺行為である。EPUBの日本語組版水準を(多国語組版機能の一つとして)高めていくことがいくらでも可能であるのに、縦組・ルビをもってXMDFを防壁とすることがいかに時代錯誤か、1年もしないうちに、大方の目に明らかになるだろう。

いずれにせよ、XMDFへの執着は、出版社にとっても、シャープにとっても、もちろん日本国民にとってもよくない。XMDFの優れた成果と機能は、オープンソース環境で利用可能なフォーマットに統合すべきなのだ。現在、E-Bookの拡張フォーマットについては様々なものが登場しているが、拡張XMDFがそれらに伍してやっていける可能性は限りなく低い。マンガやアダルト・コンテンツが多かった日本のE-BookコンテンツにとってXMDFが重要なのは理解できる。iPadには載せられないコンテンツを救済するために、Androidタブレットが必要であることも。しかし、その利益はわざわざXMDFというフォーマットを維持するコストには見合わないだろう。消費者が負担しなければ、出版社も負担はできない。シャープにも無理だろう。

活字文化に熱心な人がいるのはたいへん結構なことだ。ぜひ優れた素材を揃えて欲しい。日本文学全集の電子化をやってほしい。戦前の名著を復刻してほしい。一人でも多くの若者が本に親しめる環境をつくってほしい。読者はそういう出版社を、プラットフォームを、ベンダーを支持するだろう。フォーマットなどにではなく、コンテンツと読者の開拓によってこそ、活字文化は守られるのだから。(鎌田、09/25/2010)

 

追記:

本日、シャープから「ガラパゴス」の発表がありました。詳細は検討していませんが、とりあえずのコメントを、姉妹サイト『EBook2.0 Weekly Magazine』 (09/30号予稿記事)に掲載しました。無料でお読みいただけます。「ガラパゴスは日本語WPの栄光を見るか」。[09/27]

 

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