前提を確認するのに時間を取られましたが、いよいよ結論です。デジタル出版革命は2010年。米国で、誰の目にも明らかな形で始まりました。しかし、この革 命はコンテンツの電子化と電子的流通としてまとめられるほど単純なものではありません。筆者はこの革命が、出版の3つの側面(製作・流通・配布)にそれぞ れフォーカスした3つのフェーズが、やや時間差をもちながら進行している「三段階/三位一体モデル」で説明できると考えました。
革命の諸相
序(流通革命):昨 年に顕著になったことは、出版における3つの本質的側面である製作・流通・配布の中で、明らかに「流通」が突出して他の2つに対して支配的な力を及ぼし始 めたことでした。従来の書籍を単純に電子化して配信するということに関しては、オンライン書店として個客データを15年にわたって蓄積してきたアマゾンが 築いたプラットフォームはほとんど無敵と言えます。アマゾンは、年間25冊以上本を読む読書家層、相対的に高齢・高学歴の保守的な消費者(つまり非ガ ジェット愛好層)に最適化したデバイスを提供し、カタログ→購買→決済→読書の読者体験プロセスを、最も保守的な層に利用しやすい形で提供しました。ここ でガジェットは主役ではなく、コンテンツでさえ脇役だったことが重要です。敢えて言えば、この革命の初期の主役は読書家層であったと思います。イノベー ションや流行に敏感に反応する若者ではありません。
破(コンテンツ革命):しかし、昨年の最大の話題は iPadというタブレットの登場で、Kindleに対する最大の脅威と喧伝されました。結果としてKindle (専用リーダ)とiPad (タブレット)が両立することが実証され、多くのアナリストの錯覚が浮彫りにされましたが、このことはiPadがE-Bookにとって最適でないことを意 味するものではありません。それどころか、従来メディアとして成立困難だった拡張型E-Book(ハイパードキュメント)を提供する環境として、現在のと ころ最適なものであることは間違いありません。iPadが目ざし、実現したのは、動的なコンテンツ=サービスの環境であって、メディア・プレーヤーであっ たからです。これは従来の「本」からははみ出ます。iPadという環境は、現在の出版のスケールでは測れない、巨大な可能性を秘めています。そして間もな く製作を中心とした出版の第2の革命をもたらすでしょう。動的コンテンツの立ち上がりは、おそらく電子テキストと電子雑誌が成立し、本格的な電子雑誌出 版・サービスが立ち上がった時になると思います。
急(コミュニケーション革命):以上に加えて、デジタ ル化された出版物がソーシャルネットワーキングと結びつくことで、出版における「配布」の意味を根本的に変える、第3の革命が育っています。従来、売った 後のことはあまり考えなかったのですが、本をめぐる多様なコミュニケーションのコンテクストをハンドリングする技術が生まれた以上、クリエイターとメディ アビジネス、広告ビジネスが、紙の制約から離れたユーザー価値とビジネスモデルを創造し、確立することに全力を上げています。SNSによって、E- Bookは外部の情報(ヒト・モノ・サービス)と結びつき、知識情報のコミュニケーションで新しい役割を果たすでしょう。それは出版コンテンツとWebを 機能的に統合した、新しいメディアとして発展していきます。これは本自体を拡張する必要はなく、読書環境がSNSを含んでいるか、最低限SNSと親和的で あればよく、安上がりです。ソーシャルリーディングと呼ばれる環境は、本に関する(本をネタとした)コミュニケーションを吸引し、本のコンテンツを実質的 に拡張し、発展させる可能性を持っています。
革命の総括
以上を要約すると、以下のようになると思います。右の図は、その関係をごく大ざっぱに3つのS字曲線としてイメージ化したものです。
- 出版のフルデジタル化が完成し、Web(流通)による出版エコシステムの再編が始まった。
- 動的なコンテンツ=サービスの容器となったことで、EBookの性格が変わり始めた。
- コンテンツと出版の社会的性格が強まり、新しいビジネスモデルの創造を促している。
この3つの動きは互いに絡み合うことでデジタル出版革命を推進しています。革命はまず本を手軽に買って読む手段として始まり、出版物のほとんどをデ ジタル化したことによって、人類最高の知識情報資源に関連したコンテクストが明示化され、様々な利用が可能になりました。すでに技術的には完成されていた 動的でインテリジェントな本が市場に登場するのは必然です。同時にコンテクストの社会的側面が本の付加価値を高め、様々なビジネスモデルが試されていま す。この1年で明らかになったことは、次のような点です。
- E-Bookは新しい市場であり、印刷本にない可能性が証明された。
- 欧米出版社は、デジタル化によって弱体化せず、強化された。
- 印刷本の衰退はE-Bookではなく、印刷本流通システムじたいの衰退による。
- E-Bookの市場形成において、安価な専用リーダは重要な役割を果たす。
- E-Bookの発展には、ITによるコンテクストの価値の再発見が重要である。
われわれは米国における「元年」から、それが活字文化の衰退ではなく、爆発的変容をもたらしていることを知ることが出来たと思います。立場によっ て、受け止め方は様々だと思いますが、印刷・配本という物理的制約を離れた出版が手にした可能性を無駄にしていると、E-Bookと印刷本を無用に対立さ せ、それによって出版と書店の衰退を促進するだけになると思います。対照的な運命をたどった米国のB&Nとボーダーズという2大書店の教訓は、じ つに貴重なものです。
日本はどこへ行くか
この2年間の変化はあまりに急激であり、米国で局所的に、しかも意外な形で始まったために、日本ではまだ第一段階がクリアされていません。安価な リーダで、読みたい本が入手できる環境がないため、「鶏と卵」の状態にあるわけですが、この状態はそういつまでも続かないでしょう。
- リーダは国際価格(白黒電子ペーパー=1万円台、カラーLCD2万円台)で供給される。
- 小出版、自主出版、企業出版は、コストの安いE-Book/オンデマンド出版に移行する。
- 実用書、教育書、技術書などを中心に、付加価値が高い拡張E-Bookが浸透する。
- 海外出版社のグローバル(多国語・多地域)展開の中で、日本語出版も現実化する。
- 本をめぐるビジネスの可能性に注目した、外からの出版業界再編が始まる。
重要なことは、デジタル再編によって、世界的に出版ビジネスに大きな可能性があることが分かった以上、この可能性を追求する方向で動き出すというこ とです。既存の大手出版社は、まだ優位にありますが、時間とともにそれを失うでしょう。いつまでも過去の遺産を食い潰しながら衰退する印刷出版に身を任せ ていることはないと思います。
- デジタル出版革命仮説:(1)出版とは何か
- デジタル出版革命仮説:(2)フルデジタルの意味
- デジタル出版革命仮説:(3)幻の元年
- デジタル出版革命仮説:(4)7つの勘違い
- デジタル出版革命仮説:(5)革命の3つの様相(完結)
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