無償コンテンツ論 (3):正義とビジネスの間

出版コンテンツはビジネスの有効な手段となる

「社会正義型出版」がどんな状況になっているかは後で見ることにして、もう一つの、「ビジネス支援型出版」を考えてみよう。コスト(つまり無償化へのハードル)は劇的に下がったので、「無償コンテンツ出版者」の範囲も、ボランティア団体から企業、公的団体、商業出版社、オンライン書店まで広がってきた。とくに企業の場合は、これまで広報印刷物、販促物や製品セットの一部として扱われてきた企業印刷物、有価証券報告書などの公的文書までを「出版」できるようになった。無償コンテンツとは<ありとあらゆる出版物>ということになる。繰り返しになるが、その範囲と数は、有償出版物よりはるかに大きい。無償コンテンツが広がれば、出版がカネにならなくなる、と早合点してはいけない。コンテンツへのニーズがある限り、ビジネスにはなる。それが従来の形であるとは限らないというだけだ。

本連載冒頭で、無償コンテンツが、デジタルリーディングを根づかせる上で決定的な役割を果たすと述べた。もちろんこれは売上のみを尺度とする有償コンテンツ(ビジネス)市場としてはカウントされない。せいぜいオンデマンド印刷(POD)サービスに貢献するくらいだ。しかしこれは「価値あるゼロ」となる。少なくともアシストあるいは犠打として記録されるべきだろう。無償コンテンツとビジネスとの結びつきは、以下のような形を通じて行われる。

  1. 顧客との接触を維持する:例えば、アマゾンは毎日のように新しい無償コンテンツを用意し、関心を惹きつけている。Kindleストアのユーザーは、サイトを見に行けば何かしらのコンテンツが得られるという期待感を持てる。通常の販促に比べてコストはきわめて安い。
  2. 有償コンテンツに誘導する:基本的な知識情報あるいはプロセスを多数と共有することによって、(1)印刷出版物、(2)ペアあるいはシリーズを構成する別の出版物を購入してもらう。
  3. 別商品/サービスへの入口:一定の知識・理解を前提としなければ購入、使用が難しい商品を販売するために、基本的な知識の共有を目的として提供する。印刷物として、あるいはIT系で行われてきた分野だが、デジタル時代はより活発になる。

無償出版物を有効に利用できなければ商業出版は成り立たない

結果として、無償出版物が氾濫することになる。印刷物と違って、廃棄のルールがないも同然なので、増えることはあっても減ることはあまりない。種類としては次のようなものがほぼ誰でも利用できる形で提供されるだろう。

  • 知的遺産の集成を意図して構築されるライブラリー出版物
  • 知識情報の社会的共有を意図して発行される出版物
  • 技術的・実用的知識の普及を意図して発行される出版物
  • 商業的出版物の派生物として配布される出版物
  • 企業、団体の活動のコミュニケーション活動の一環としての出版物

これらはきれいに分かれるものではなく、例えばコンサルタントが有料のセミナーや別の出版物の集客のために、ノウハウの一部を公開するものもあるし、メーカーが自社製品の機能や利用法に関する知識を共有することで製品の販売につなげるものもある。社会化されたコンテンツをちゃっかり商売に使うこともある。

商業出版は、出版という社会事業を持続可能とするために、(コンテンツの価値とは無関係に)最低限の利益を上げる必要がある。経費以上の売上を上げられなければ成り立たない。上述した無償出版は、従来の出版社のビジネスモデルの継続を困難にすることもあるだろう。従来のモデルとは何かといえば、(1)利益を生む一部のコンテンツ、(2)採算点すれすれのコンテンツ、(3)実質的損失となるコンテンツの3者のバランスを取って、全体として利益を上げていくことだ。これは現在の市場環境、流通システムの上では相当に難しい。(1)は事前に予想できず、(2)は、現在の流通環境の下での営業努力に限界があり、(3)の可能性のあるものを切り捨てれば機会損失のリスクを負い、また縮小均衡となる。出版社は構造的な赤字要因を抱えている。考えてみれば、商業出版物の多くは(3)であり、中には赤字覚悟で、強い社会的意識のもとに敢えて出していたものも少なくないが、長期的な視野に立った出版はますます難しくなっている。知識の市場は拡大せず、より絞り込まれることで狭い領域での競争が激化し、さらに採算性を落とすという悪循環が生じる。(3)のコンテンツを単純に減らしていけば出版社の社会的存在意義も小さくなる。

商業出版のビジネスモデルについては別に論じたいが、筆者は出版ビジネスの本質はライフサイクルのマーケティングにあると考えている。それは工学的に管理することが可能であり必要だとも考えている。ライフサイクルは個々の消費者コンテンツテーマ著作者のいずれについても存在する。例えばライフヒストリーの中での本との関係を考えてみよう。知的好奇心が旺盛な時もあれば、枯渇してしまう時もある。多くの本を買える時もあれば、そうした余力が乏しい時もある。時間がある時も、ない時もある。「時間があり、多くの本が読みたいが、資力はない」時に、無償コンテンツはとても役に立つ。読者だけではない。出版社にとっては、たとえ無償でも何か読んでいてくれることに意味がある。有償コンテンツの購買可能性を高めるならば。出版市場以前に、読書人口が拡大深化していることに意味がある。

コンテンツにも、「新刊」として誕生したものが、バージョンを変えながらPDとなるまでの長いサイクルがある。いずれは無償となるのだ。コストがかからないならば途中で無償にしても悪くはないだろう。ダウンロードが多ければ、印刷版や改訂版への需要が多いことが分かる。デジタル時代には、本のマーケティングは、非常に創造的なプロセスとなる。「無償」を選択肢として使えることで、社会的意義、ブランド的意味、市場開拓的意義はあるものの、短期的な売上に結びつかない企画を(著者と協力しながら)生かすことが出来る。かつての「赤字覚悟の出版」の残骸もデジタルで復活してくるだろう。無償コンテンツは、むしろ商業出版社にとって重要なアシスト・ツールである。(鎌田、2011-06-07)

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