1.広告モデル
以前から何十万部発行していた雑誌が10万部になったので廃刊するというニュースがあると、10万人の読者を置き去りにする神経が信じられなかった。実際は1万部くらいしか実売がなくてどうしようもない状態だったのかもしれないが、原則的には10万人で採算が合うように出版サイドを変えるべきである。しかし元々が広告収入を目論んで発行している場合には、一定以上の経済規模が維持できないならば廃刊にするという考えになる。アメリカの新聞は広告依存度が強かったので、この5年間のうちに広告収入が半減して廃刊が相次いだが、日本の新聞は定期購読の比重が高いので持ちこたえている。しかし広告は減り続けているので、フリーペーパーにすることもできない。新聞の無料オンライン版は早くから着手されていて、莫大なページビューを背景に広告収入を得ている。オンラインの購読を登録制にしているものもあるが、総合紙の情報を2次利用している状態では、有料モデルへの移行は難しく、フリーミアムは挫折しているところの方が多い。広告モデルも安泰ではなく、オンラインメディアでも危険をはらんでいる。
2.マーケティングモデル
社会から見ると雑誌は特定のテーマに関して索引のような位置にあり、雑誌ブランドを元にいろいろなタイアッ
プが可能になる。昔からでは婦人誌では通販も行われていたが、ゴルフダイジェスト・オンラインのように、ゴルフ場の予約や物販などを総合したサイトを持つこともできる。つまりオンラインマガジンはコンテンツとサービスとECをワンストップ化することで、コンテンツとサービスとECをそれぞれ相互に刺激しあって活性化するような道が拓ける。Cookpadに関しても、ネットの特質として手持ちの余った食材からレシピを探すようなことができる紙では不可能だった利便性をベースに有料会員制をしき、また食材メーカーのマーケティング支援など相互活性化の域に入っている。
ネットのメディアは直接ECをしなくとも、アフィリエイトでECとつながるようにすれば、広告依存の代わりにマーケティング指向でフリーミアムを実現しやすくなっている。脱広告のひとつの道である。
3.サービスモデル
かつて「小学何年生」という学年誌があったのが没落した一方で、ベネッセなどの通信教育は幼児から大学受験生まで広く網羅していった。昔の学年誌にはいっぱい付録があって子供を楽しませていたが、それはそっくり今の通信教育に受け継がれている。つまり消費者にとっては、雑誌を買うことと、通信教育は同じ取捨選択の土俵にあることに、出版社は気がつかなかった。これはミッションクリティカルとかパーパス・ドリブンという、明確な目標達成の手段としてメディアを提供する意識が薄いことでもある。
広告のぬくもりで雑誌ビジネスをするという態度ではなく、ある集団とか階層というソーシャルにとって必要なことを成立させるために、有料でも価値あるサービスをするというところを原点に、ネットで再出発する余地は大いにある。こういった特定の目的を掲げると市場も特定されてしまうので、マスメディア的な爆発はありえないが、ソーシャルとの関係を良くして数々のサービスをすることで共存共栄するメディアは各分野にあるし、ソーシャルメディアと共に有料無料どちらも増えるであろう。
4.カリスマモデル
いわゆる出版文化に浸っている人が情熱を持つ文化人サークルのような雑誌(偏見かもしれないが)があり、昔から○×責任編集というように看板に有名人を使う雑誌が作られたが、雑誌になったとたんに必ずしもネームバリューに従った部数が出るわけではなかった。エンタテイメント性が高くなるほど合目的的なメディアにはしにくいので、主幹者の持ち味が重要になる。しかし今日ではそのような人は自分でBlogをしていたり、ホリエモンのように有料メルマガを発行していたり、自分で電子書籍を出すことができ、出版社は囲い込みにくくなる。
エンタテイメントならファンクラブというのもできるが、そこではファン誌のようなSNSがあり、メディアは無料でも会費収入などは出版以上の経済規模になる場合がある。これらもソーシャルなメディアであるのだが、出版社の役割が少なくなってくる。有名作家は過去の作品は個別の出版社から出ていたとしても、集大成して見せたいように、作家の自立性が高まり出版社の垣根が取り払われていく結果、規模が小さくなって活性化するだろう。
5.コミュニティモデル
雑
誌の作り出した世界はコミュニティに近いが、出版側は読者のことは直接に知らずに匿名集団として扱っていることと、読者もお互いをメンバーとして連帯を感じることは薄いから、コミュニティとはいえない。アメリカのfacebookのように大半の人がソーシャルメディアにつながる時代になると、ネット上で特定分野のコミュニティは非常に作りやすくなる。しかし今のfacebookにはコミュニティのメディア化をする仕掛けはまだないが、近い将来に出版社をバイパスして無料のコミュニティメディアがボランティアによって容易に作れる時代がくるだろう。これらはコミュニティ外の人には見せない前提のメディアなので、そのコミュニティの構成員の意思や意欲を十分に汲み取って情報のメディア化をしなければならないわけで、従来の出版社から読者への一方通行的な情報伝達では不十分なものとなる。
互助のコミュニティがメディア化した先には、そこから育ったクリエータや作家が商業メディアでも活躍するようになるだろう。教会の聖歌隊からソウルシンガーが頭角を現すようなことが多方面に起こることは商業メディアにとってもよい話である。
以上のまとめとして、今後いろいろな発展の可能性があるオンラインメディアは、ソーシャルやコミュニティといったベースのモデルである。そこには従来の出版文化とは異なるビジネス要素が必要なので、既存の出版物からの移行は容易ではない。それでも専門性の高い濃密な情報をトップダウンする雑誌の役割はなくなることはない。しかし雑誌など商業メディアはオンラインとの親和性が今以上に重要になって、ソーシャルやコミュニティからコンテンツやクリエータを仕入れて、洗練したものに組み替えて経済化する役割で共存すると考えられる。 (06/23/2011)
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