EPUBは、W3Cの3標準(HTML、CSS、SVG)をベースとしているので、それらにない機能は入らない。ないものは間に合うように大急ぎでつくるしかない。それに日本と台湾でしか使われていない機能を世界標準に盛り込ませるには、相当の説得力と腕力、あるいはそれ以上のものも必要だった。奇跡とも言える1年半を見ていく前に、何をクリアする必要があったかを要約しておきたい。
縦組はWeb (W3C)とE-Book (EPUB)の「二重標準」
標準化の主戦場は、もちろん標準化団体の会議の場が中心となるが、EPUBの場合にはやや複雑だ。IDPFは、Webの標準技術から必要な機能を借用してEPUBを構成することを基本ポリシーとしているので、EPUBの骨格はXMLで記述されたHTMLとCSS、SVGから成るのだが、それらはW3Cで策定されている。借りてくるには、W3Cのドキュメントに載ってないといけない。2010年の時点で、日本語の縦組やルビを可能とする機能は標準のCSSには含まれていなかったから、EGLSのチームは、W3C/CSSの場で活動し、これを標準化のプロセスに載せると同時に、IDPFでEGLSの必要性を認めさせる必要があった*。当然、前者にも時間がかかる。村田さんによると、W3Cでの策定タイミングをEPUB3のスケジュールに合わせられる可能性は五分五分よりもかなり低かったという。
村田さんによると、W3CのCSSと整合性を取れない場合でも、IDPFだけで縦組を入れることは不可能ではなく、彼もこの選択肢を最後の手段として残していたようだ。しかしそれではWebとE-Bookの融合という趣旨と外れるので、IDPFにとっても好ましいことではない。WebKitなどのオープンソースでも採用されない可能性が大きくなり、標準としての価値は大きく損なわれてしまう。IDPFのビル・マッコイ氏も村田さんも、それは何とか避けたかった。
標準は1日にしてならず。ここでモノをいったのは、1990年代初めから日本印刷技術協会(JAGAT)や日本規格協会(JIS X 4051)で続けられてきた作業だった。複雑な日本語組版処理の要件を明示化し、出版・印刷業界の合意を形成するのは、かなり気の遠くなるような作業である。これが始まった当初は環境としてのWebはなく、また「国際標準」につなげることが目標になっていたとは思えないが、この仕事がもとになって、1999年には、マイクロソフトのスタッフが書いたInternational Layout in CSSがCSSのWorking Draftとして提出された。また、2004年から要件の英文による定義とW3Cの正式文書化の作業が始まり、2009年に日本語組版処理の要件が策定された。これには、活字編集技術の生き字引とも言える小林 敏さん、当時ジャストシステムにいた(ユニコードの)小林龍生さんなどが関わっている。
Webにおける本格的日本語組版の実現をターゲットにした作業の成果をCSSの仕様とすることができれば、これをEPUB3に載せることも理屈の上では可能である。ただ、確率は低く、かなりアクロバティックなウラ技が必要だった。2010年2月、JEPAがIDPFの首脳にEPUB日本語拡張の意思を明確にした時点で、“縦組CSS”の仕様は存在しておらず、これをEPUB3の作業にシンクロさせなければ、成立することはない。ここで予算とスタッフを投入し、スケジュールにも影響力を持つ国際的大メーカーが本気で取り組んでいれば、少し話が違っていただろう。しかし、悲しいかな、中国市場と反比例して日本市場の国際的地位が低下した最近では、日本メーカーを含めてそうした動きはなく、日本人スタッフの活動も全社(戦略)レベルでは評価されないことが多い。日本の活動の中心は、2009年11月にEPUB研究会を発足させたばかりのJEPAが担うしかなかった。ボランティアレベルの活動だ。
ボランティアの少数精鋭による普遍性の主張
もっとも、筆者の経験でも、金がないことを除けば、少数精鋭、ボランティア中心の活動というのは、企業での意思決定、パートナー企業間や業界団体の合意形成、国との調整といった、面倒で神経を磨り減らす仕事から解放される分、技術そのものと会議での駆け引きに集中できるので、メンバーさえよければ悪いことばかりではない。村田さんは、「日本のふつうのやり方でやっていたら絶対に出来なかった」と断言し、「だから私は嫌われる」と付け加える(最近はこれに「日本では」というのを加えているが)。
ボランティアで何が出来る、と思われるかもしれない。しかし、前回ふれたように情報技術の標準化(とくにユニヴァーサル標準)の世界では、肩書きより実績が重視される。実績ある人物が大組織のバックもなしで出てきたら、それは自己の信念に忠実な本物のプロが、公共の利益のために何かをやろうとしているのだ、と考える。たとえ所属企業の指示があっても、そういう人間を敵に回すことは、世界ナンバーワンの企業の代表でも無下には出来ない。間違いなくプロのコミュニティでの評価を落とすからだ。標準化のパワーポリティクスの世界においても、「道理(職業的倫理)」というものは尊重される。ただ、どんな人物でも、日本のためにしかならない(個別利益のための)仕様を提案してくれば話は別だ。「日本語の縦組をぜひ」では世界標準にはならない。それが認知されるには、
- 日本をはじめ東アジアに強いニーズがあり、
- 文化的・商業的価値のある縦組を実現する機構が、
- 技術的整合性を損なわず、実装・実行上の負担にもならない
- 仕様化のために余計な時間をとらない
ということを納得してもらわないと同意がもらえない。XMLを体現する村田さんのような人物の提案であれば、誰も(3)の心配はしないだろう(ふつう、これは実証しないといけない)。問題は(1)と(2)を証明することだ。村田さんは、日本以外で縦組を使っている唯一の国である台湾、歴史的に漢字文化を共有する中国と韓国、縦組の文字文化遺産を持つモンゴルに対する根回しが成否を握ると考えた。そして、縦組の普遍的価値を理解し、支持し、主張する非東洋人が必要だった。こういう時こそ、日ごろの付き合いが意味を持つ。 (鎌田、2011-12-04)
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