電子出版史談:(6)『電子聖書』と中野さん

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聖書は言葉と本の大銀河の中心に君臨し、グーテンベルク以来、いやパビルス以来、冊子写本、印刷本と、つねに本の発展とともにあった。現代のタブレット(元は粘土板の意)でも聖書アプリは最もよく売れている。編集子は電算組版の父ジョ [...]

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電子出版余談:『普遍論争』と中野さん異聞

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いま風にいえば、本は「ソーシャル・ネットワーキング」から生れる。それに関わる人々の知識空間とその磁力が強ければ、ネットワークは時代を超えて成長していく。中野幹隆という偉大な編集者が手がけ、平凡社・西田裕一氏によって復刊さ [...]

E-Book再考 (9):読者/顧客/消費者の変貌

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かつて情報社会とか消費社会という言葉があった。その中身は大きく変わっているのだが、何が変わったのかは検証されておらず、漠然と同時の教科書的知識が陳腐化されて生きている。新しい現実と仮想的バリュー・チェーンを発見した企業は [...]

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電子出版余談:書物の解体新書第二ラウンド

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1冊の本は固有のライフサイクルを持つ。ひとたび「出版」された後の運命は、梱包すら解かれずに返品・廃棄の憂き目を見る本あれば、買い手の書棚に鎮座して添い遂げる本もある。しかしその中間の領域こそが重要だろう。古書市場は推定1 [...]

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電子出版余談:書物の解体新書第一ラウンド

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臨済宗開祖・臨済の言葉に「仏に逢うては仏を殺せ。(中略)…始めて解脱を得ん」というのがある。小林さんは「本を殺す(滅する)ことで大悟し、解脱を得たようだ。ページは本の背で支えられている。背を断たれた本はもはや本ではない。 [...]

E-Book再考(8):流通システム再構築の必要

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前回は、自主出版が拡大する根拠を、主に既存の出版流通システムから説明し、そもそも書籍出版には不向きであったと述べた。既存システムの欠陥は、ことごとくアマゾンの標的となり、その成長の原動力となっている。デジタルを警戒し、シ [...]

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電子出版余談:電書コンソーシアムまたは諫言のかなた

ここでご紹介する「発掘」資料は、小林さんが約12年前に「電子書籍コンソーシアム」の総括として書かれたもの。当事者の総括としては前代未聞。歯切れよく、コトの本質を突いたテーゼになっており、今日でも光彩を放っている。というよ [...]

電子出版史談:(5)ギロチンと安斎さん

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小林さんがかねてより代行を使わない、文字通りの“自炊”をやっておられることは知っていた。しかし、製本屋さんで手伝いをしたことがある編集子には、“破壊的複写”は生理的に受け付けられない。遺体安置所、解剖室のようなものだ。そ [...]

E-Book再考(7):自主出版の意味とは?

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自主出版という側面から出版社不要論を紹介した前回の記事には、予想通り様々なコメントをいただいたが、とくに「編集」と「読者」について指摘したものがあった。有難い。これらについては次回以降に考えさせていただくとして、まず自主 [...]

コンテンツとテクノロジーの対話:(1)Palmと猫

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小林さんの新シリーズ・コラム。画家にとって画材とキャンバスが重要であるように、本においても実装技術は中身に大いに関わる。木版本では、半丁(頁)あたり9行取り18字詰めが基本となったが、このスタイルは活字印刷時代にも継承さ [...]