いま風にいえば、本は「ソーシャル・ネットワーキング」から生れる。それに関わる人々の知識空間とその磁力が強ければ、ネットワークは時代を超えて成長していく。中野幹隆という偉大な編集者が手がけ、平凡社・西田裕一氏によって復刊された、先駆的なDTP本『普遍論争』(山内志朗、1992, 2008)は、フルデジタル時代の劈頭にあって、出版の意味、本の運命を問いかける。ここに西田氏の一文を転載させていただく。 [編集子蛇足]
以下は、平凡社の西田裕一さんが月曜社の小林浩さんのメールマガジンに寄せた一文。西田さんからメールで転送していただいたのが、2008年2月15日。西田さんの許可を得て転載。(小林龍生)
「『普遍論争』は売れています――中野幹隆さんの思い出」/ 西田裕一
この1月に、哲学書房から出ていた山内志朗さんの『普遍論争―近代の源流としての』を平凡社ライブラリーの1冊として刊行することができた。元本の哲学書房での刊行は1992年だから、15年の歳月を経てのライブラリー化ということになる。
平凡社ライブラリー版『普遍論争』の配本は2008年1月10日。哲学書房社主であった中野幹隆さんの一周忌1月14日にぎりぎり間に合った。昨年の1月14日朝、病床の中野さんを見舞おうと戸塚のご自宅に電話をしたとき、応答に出てくださった奥さまの容子さんから「中野は、ほんの20分前に息を引き取りました」と告げられ、頭の中が真っ白になった。もうあれから1年たったのだ。
中野さんのお墓は、北鎌倉の円覚寺白雲庵にある。14日の昼、著者の山内さんと、作品社の高木有さん、それに、妻の喜入といっしょにお参りし、『普遍論争』と、ちょうど同じ日に刊行された『ドゥルーズ/ガタリの現在』を中野さんの墓前に供えてきた。この『D/Gの現在』も、最初は中野さんが編集者としてコミットされていた本で、その後、さまざまな理由で、平凡社で刊行することになった本だ。中野さん縁(ゆかり)の本が2冊、Et in Arcadia ego.と刻まれた黒い御影石の上にならんだ。
『普遍論争』のオリジナルである哲学書房版をお読みになった方はご存じのことだが、続巻が予定されていた。いや、「いる」と言うべきか? しかし、いまだに出ていない。山内さんによると、続巻は何度か取りかかったけれども、いずれも頓挫したそうだ。詳しい事情は知らない。しかし、中野さんからいよいよ『普遍論争』の続刊を出すという話を何度か聞き、その度に、それならば私も手伝わせてほしいと申し出たことを覚えている。とはいっても、中野さんは編集の大先輩だ。手伝うといっても、編集を手伝うということでは、もちろんない。私がDTPで組版をやります、という意味だ。
実は、哲学書房版も、ジャストシステムの「大地」というDTPシステムによって組版されていた。中野さんの友人であるtlk氏が手弁当で組版したものと聞いている。私が組版を手伝いたいと申し出たのは、その話を聞いていたからだ。
いくら「哲学」書房とはいえ、オリジナル版『普遍論争』の刊行は、1992年当時としてはかなりの冒険だっただろう。その頃の山内さんは、すでに雑誌に刺激的な論文を矢継ぎ早に発表する気鋭の研究者で、著書を待ち望まれてはいた。しかし、入門書として企画されたとはいえ、A5判400ページの大著だ。中野さんも、いろいろと迷ったに違いない。
平凡社ライブラリーに入れさせていただく際、坂部恵先生に解説をお願いし、山内さんご本人にも「平凡社ライブラリー版 あとがき」を書いていただいた。
そこに「実は、哲学書房版誕生の際に黒崎政男さん、喜入冬子さんと西田さんの三人に産婆役として活躍していただき、難産の末、出版にこぎつけたという経緯がある。……」との一節がある。この「難産の末」というのは、この中野さんの迷いのことだ。「産婆役云々」というのは、原稿を渡したものの、なかなか本にならないので落ち込んでいた山内さんを見て、黒崎さんの発案で温泉に行ったことを指している。(写真は2007年に開催されたブックフェアのポスター)
当時、哲学書房で働いていたYさんと、喜入、西田、それに山内さんご本人の5人で山形の銀山温泉に行って、バカ話をしながら酒を飲んで、そして一緒に温泉に入った。あと、東京で900枚近い原稿と格闘している中野さんに、「早く山内さんの本を出してくださいね」というようなことを書いたのんきな絵葉書を銀山温泉から送ったような気がするが、酔った勢いとはいえ、いま考えると恐ろしいことだ。
その後、その温泉旅行が楽しかったので、黒崎さん、山内さん、それに喜入、西田の4人をコアメンバーに、いろいろなゲストを招いての年に1回の温泉旅行が、しばらく定例化していた。なぜ、このようなことを書くかというと、その温泉旅行の話を中野さんが聞いて、ぜひ自分も参加したいと言い出し、そして、ほんとうに一緒に温泉に行くことになったからだ。
あの「中野幹隆」と温泉に行く。これは、学生の私が『エピステーメー』の難解な「あとがき」に憧れと畏れをいだいていたときには、想像だにしなかった事態だった。めぐりあわせというのは、こういうことなのだろうか。そのとき、中野さんは、実に中野さんらしいエピソードを残された。ここで、その話を書けば、中野さんの追悼になるような気もするが、しかしこれは、中野さんの口調を真似て再現する黒崎さんの芸には絶対にかなわないので、ここでは心温まるエピソードがあったということにとどめておく。
温泉に行ったのだから、西田はきっと中野さんと一緒に湯船につかったのではないかと思われるだろうが、その記憶がはっきりしない。入ったかもしれないし、入らなかったのかもしれない。ああ、ちゃんと一緒に風呂に入っておけば、あとで自慢できたのに。それも、もうけっしてかなわないことだ。
話を元にもどす。勝手な想像だが、約900枚の原稿を前に、中野さんは悩んだ。その答えが、DTP化によるコストダウンと、定価6900円、初刷部数800部だった。『普遍論争』が刊行された92年といえば、まだQuarkXPressの3.1が出る前の話だ。Web2.0ではなく、こっちはQuarkXPress 2.0の時代だ。すでにPageMakerで作られた単行本もあるにはあったが、しかし、その仕上がりにはいろいろと問題があるようで、当時はDTPで書籍を出すということも、かなりの冒険だった。
そのとき、中野さんの組版についての厳しい要求に見事に応えたのが、編集者垂涎の数百万もするシステム「大地」を駆使する、先のtlk氏である。
それから十数年。DTPソフトも段違いに使いよくなった。フォントの環境も、十数年前では考えれられないほど便利になった。だから、今の技術を使えば、たとえ900枚とはいえ、『普遍論争』の組版などちょろいというのが、中野さんに手伝いを申し出たときの私の考えだった。
中野さん、私は間違っていました。今回、平凡社ライブラリーに収録するために実際にInDesignで『普遍論争』を組版してみて気づきました。とくに「中世哲学人名小事典」は長いラテン語の文章や書名が頻出するため、悶絶しました。とても土日でちょちょっとお手伝いでやる仕事ではありませんでした。
私は、さらに『普遍論争2』を出されるのだったら、「大地」はもうないので、あとあとの修正のことなども考えて1巻目もInDesignで組み直しましょうよ、という大胆なことまで中野さんに言っていた。頼まれてもないことを無理矢理やって、しかもやりきれずに迷惑をかけるところだった。今回、なんとか『普遍論争』を形にできたのは、自分の仕事としてやったからだ。お手伝い気分では、すぐに破綻していただろう。
中野さん、『普遍論争』は売れています。人文書は苦しい、苦しいと言われ続けていますが、中野さんが企画され、悩んで、勇気と自信をもって出されたこの本は、これからもたくさんの読者を獲得するでしょう。大切に売らせていただきます。
◎西田裕一(にしだ・ゆういち):1959年生まれ。平凡社編集部。
『普遍論争―近代の源流としての』(平凡社ライブラリー 630)
山内志朗(1957-):著
平凡社 08年1月刊 定価1995円 HL判480頁 ISBN978-4-582-76630-1とかくトリビアルとの烙印を押されがちな中世思想を、その根本問題である「普遍論争」を軸に、現代に蘇らせる。現代思想理解にも欠かせない1冊。
目からウロコは間違いなし。92年刊の哲学書房版に加筆。解説=坂部恵
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『普遍論争―近代の源流としての』








