オープン・パブリッシングのビジョン:(4) 21世紀の出版編集技術

オープン・パブリッシングは、サービス指向ITを「出版」のバリューチェーンに効果的に組み込むことでその可能性を最大化させるコンセプトだ。それは出版の社会的機能を、デジタル革命という歴史的転換に対応するように再構築する試みでもある。多様なコンテンツとサービスの協調環境のためのマッピングを行うが、それを機能させるのは人間だ。21世紀のプロのための編集出版技術を再定義し、スキル/メチエを拡げ、高め、評価を得るための仕組みが必要になる。ITに置き換えられない、「人間のコアコンピタンス」を明確にできなければ、出版は仕事にはならないからだ。

コンテンツとテクノロジー/サービスのマッピング

1940年代に遡るデジタル革命は、情報処理のデジタル化情報そのもののデジタル化という2つの経路で進行してきた。出版に関して言えば、前者は主として販売管理、後者は組版処理としてスタートし、それぞれ半世紀もの歴史がある。しかし、20世紀の間は、それらは既存の産業的な枠組みを外すことがなく、出版のバリューチェーンも大きな変化がなかった。情報のデジタル化は主としてワープロとインターネットによって完了し、すでに1990年代には動的・対話的で知識処理を組み込んだコンテンツが実現していたが、メディアとしての普及はほとんどなかった。21世紀以前に定着した「電子出版」は、DTPだけだけで、出版(とくに商業出版)のバリューチェーンに影響を及ぼすようなものはなく、したがって出版関係者の視界からは、デジタル革命は外の世界(インターネット)のこととして映っていた。

21世紀の出版革命は、アマゾンによる本の通販で始まっていたが、コンテンツのデジタル配信で新段階に入り、さらにアップルiPadによるコンテンツのアプリ化で、デジタルコンテンツのビッグバンを起動した。またWebのソーシャル環境、グローバリゼーションと結びついており、巨大な潜在性の一端が示されている。21世紀に入ってからの進展がとくに急速なのは、この変化が20世紀の成果を生かす、最終段階に入っていることを示している。商業出版の関係者が、伝統的なバリューチェーンとエコシステムに脅威を与えるものに嫌悪感、抵抗感を示すのは無理からぬことだ。旧いものに価値があり、出版の価値の少なからぬ部分が旧来の形態と結びついてきたことも事実である。しかし、出版は典型的な停滞産業であると考えられてきたが、米国での4年足らずの経験で、停滞の原因は、印刷(形態)にこだわって本来の役割(出版)を犠牲にする姿勢のせいだということが明らかになった。日本の商業出版は停滞ではなく衰退に向かってきたが、それはデジタルとは直接関係がない。

オープン・パブリッシングは、過去の遺産に対して最大の敬意を払う(過去に開かれていないものには未来も開けない)。しかしそれには移行のためのテクノロジーやツールを示すだけでは十分ではない。再創造によって生命を持つ編集出版技術は、人を介してしか継承されないものであり、単純に墨守して守れる筋合いのものではないからだ。商業的価値を失えば使われなくなり、やがて絶える。現在もなお、多くの出版人がE-Bookを、紙の本のたんなる電子的コピーと考えていることは、その危険を増大させている。この見方は、転換期にある出版に目を向けずに、静止的情報の提供形態だけを問題にしようとしている。紙と電子とどっちが良いのか、と。あるコンテンツを紙で読むかスクリーンで読むかは、さしあたってどうでもよい。それは消費者が選ぶことだ。いま問題なのは、コンテンツの質・量・サービス・価格等々において、読者(消費者)が求める有効な選択肢が提供できていないこと、そのためにメディアとしての出版の衰退を止めることができないことだ。主として技術情報に関わってきた筆者から見ても、これは社会的な重大問題だ。出版だけに任せておくことはできない。それではいま出版に何が出来るのか? 何をなすべきなのか? オープン・パブリッシングは、そのことを示したいと考えている。

出版編集技術の再構築への指針:知識とスキル

伝統的な出版編集技術は、大別して(1) 事業としての出版を企画・設計する技術、(2) 情報を「原稿」化する技術(取材、執筆、編集、校正…)、(3) 出版物の設計と制作に関わる技術(組版・製版・印刷・製本)、(4) 販促・販売に関わる技術、の4つである。出版社が関与するのはほぼ前半までで、後半は(主として)印刷会社、取次や書店によって担われていた。サプライチェーンとして見ると、印刷物を制作するまでの上流が重く、消費者にどうやって提供するかという下流が軽い構成だ。しかも書店の消滅のスピードは加速し、伝統的な流通の足腰はさらにひ弱になっている。著者や制作側からすると、何年かけて制作した本でも、1ヵ月もせずに書店から消え、在庫として持ちきれず絶版化することになる。雑誌のための流通に書籍を流せばこうなるのは当然なのだが、この構造的欠陥はあまりに長い間、放置されてきた。出版界から離れて眺めれば、そこにあるのは恐るべき知的・物的資源の浪費だ。

上記の分類で「技術」という言葉を使ったが、技術らしいのは(3)だけで、あとはテクノロジーもエンジニアリングもない。経験と勘と慣習の世界だ。(4)が最も未発達だが、それは流通が固定化され、また出版社が行う(1)との連携がほとんどないためだ。デジタル=インターネット・パラダイムで最も立ち遅れているのは、当然のことながら、(1)と(4)である。SNSはもちろん、Web、DMなどをマーケティングに組み込む体制が出来ていない。「電書」で注目を浴びるのは、(3)ばかりで、コンテンツの骨格を成す(2)も無関係のように思われている。こうした現状では、「電子化」コストはつねに過大となり、売上はつねに過小とならざるを得ない。商売にならないのだ。

米国の出版社はE-Bookによって利益率を高めることが出来たが、これは、デジタル・ベースの制作管理体制を自前で持っていたので、オーバーヘッドなしで「電子化」でき、印刷本とE-Bookの最適化を比較的短期に達成できたためだ。大手出版社は、事業・情報・制作・販売のすべてのプロセスについてデジタル基盤を構築しており、テクノロジーを組み込んだコンテンツについては専門のサービス企業が立ち上がっている(InklingやVookなど)。もはや本を「出す」ことだけなら小学生でも出来ると考えられている一方で、多種多様な新しい専門性(テクノロジーとスキル)の輪郭が整えられつつある。新しい出版編集技術の再構築は、かなり速いテンポで進んでいる。おそらく数年で、米国には新しい「職種」「専門職」が登場することになろう。新しい専門性を訴求できるプロフェッショナルには高給が約束され、そうでない人の仕事は減少していくだろう。これはITプロフェッショナルでも起きたことだが、ITの場合には「レガシーシステム」という“資産”が旧技術の専門家に仕事を保証していたので変化はむしろ緩慢だった。出版では変化が一気に進む可能性が高い。

オープン・パブリッシングは、前記の4分野のすべてに関係し、21世紀の出版に何が出来るかを、パースペクティブとして示す。つまり「コンテンツ」と、その可能性を引き出す「サービス」の多様な姿が見えてくる。米国ではすでにそれらを自由に組み合わせたビジネスモデル、商品の開発が進められており、成功したものはグローバルに広がるだろう。そして市場からのニーズによって出版編集技術の再構築も進む。市場の成熟とともにオープン・パブリッシングは、新しい専門職における知識体系、技能の内容と深度、プロフェッショナルのスキルやチームの成熟度評価、トレーニングといった方向に応用することが出来る。 (鎌田博樹、2012-06-19)

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