尻に火がついた!:2012年の日本E-Book市場 [寄稿]

日本市場についての鋭い観察を欧米のメディアに提供しているロビン・バートルさんがPublishingPerspectivesに書いた最新記事の翻訳版をお届けする。原題の”When Push Comes to Shove”は、ロック・ファンにはおなじみの文句だが、どうにも訳しにくい。楽天/KoboとKindleによって、対岸の火事の火の粉が降りかかり、とうとう…という語感か。本記事は、しかし現状分析に止まらず、日本の出版社、あるいは出版を志す人々に必須と思われる4つの建設的提言を行っている。(鎌田解題)

 

とうとう尻に火がついた!:2012年の日本E-Book市場

ロビン・バートル(サッカム・プレス) [寄稿]

楽天/Koboがシアトルの巨人を動かした

2011年の日本のE-Book売上の大部分はマンガだった。これが出版市場の主流に座を占めるのに、ごくわずかな有力企業からの強いひと押しを待つという状況は変わっていない。そうした企業の一つである楽天が、Kobo買収の意思を表明したのは2011年11月。そのKoboが、今年7月19日には日本での運用を開始するという実行力は賞賛に値する。Kobo Touchの予約は7月2日に開始されたが、価格は7,980円($100)で、日本の消費者心理を刺激する1万円の大台を余裕でクリアした。

Koboと楽天が、次の1年のうちに日本のE-Book市場を市場の前面に押し上げる上で、これまで業界の既成勢力が10年かけてやった以上のことをなしとげるのは確実と言える。しかし、ここで2011年にその力を持っていた他の2社についても述べておくべきだろう。

まずは市場シェアトップの地位をみすみす空費したソニー。ここ数年、専用E-Readerに関心のある消費者がまず手にとるブランドだったし、E-Bookストアも画期的とはいえないまでも十分に使えるものだった。しかしソニーはそのサービスを売り込む努力をほとんどせず、モバイルデバイス用のリーダ・アプリをリリースせず、また欲しい消費者にも「ニッチ」商品としか思えないレベルに価格を維持した。(入門機となるWi-Fiリーダで250ドル。なんとかして!)ソニー自身は『ハリー・ポッター』サイトのPottermoreへの公式テクノロジー・スポンサーという地位に満足しているのかもしれないが、これまでのアプローチを根本的に改めない限り、2年も経たず、Potterなき日本のE-Book市場で無用の存在になるだろう。

アマゾンが町にやってくる

次に、もちろんアマゾンである。他の国と同じように、日本でもアマゾンは消費者に愛され、大手出版社には疎まれる存在だ。大手出版社は定価販売制を印刷本からE-Bookにも延長することを望み、電子出版物が委託販売制ではなく卸販売で入手可能になることで価格支配を失うことを怖れている。アマゾンが日本の出版社と「互恵主義」に基づいた提携交渉を行っていることをジャパン・タイムズ紙が報じてから3年が経過したが、いまだにKindleストアは開店していない。ジェフ・ベゾスは5月、年内にはKindleの日本での立ち上げの日程を発表すると述べている。発表について発表するというのは、日本でさえおそろしく抽象的であいまいな表現だ。ベゾスのコメントは、2012年末から2013年初めの参入を意味する、ということで観測筋は一致したのだが、先週 amazon.co.jpは「Kindle近日登場」を告知するチラ見せ広告を流し始めた。日本語の電子化コンテンツはまだ少なく、環太平洋を統括するチームが残りの半年を使って日本市場参入計画の最後の詰めを行っていてもよかったのだが、Koboの驚異的なスピードは、Kindleの米国立ち上げ以来始めて、主要なE-Book市場で追う立場に回ったシアトルの巨人に衝撃を与えたのである。

では、この枠組みの中でKoboとアマゾンが動いたことで、日本のE-Book市場と出版界が全体として米国がつけた轍をなぞると考えてよいだろうか? たぶんそうはならない。日本の大手出版社は、既存の出版のバリューチェーン(版元-印刷-取次-書店)をそのまま残したいと望み、再構築よりは現状維持を最優先するからである。出版社は売れ筋の本を電子化しないことが多いし、店頭で売れなくなってからも、消費者がハードカバーを定価で購入するほうがよいと考えている。電子化される新刊コンテンツは、安っぽく、二流以下のものが多い。最近の例外はスティーブ・ジョブズの伝記で、ハードカバー版と同時に、しかし同一価格で発売された。(米国で店頭価格約17ドルのものが、日本では2巻本で計50ドルあまり)。

出版デジタル機構と政府の電子化支援

新刊本の電子化は依然として散発的という状況だが、既刊本についてはかなり活発になっている。有力出版社は最近、日本における電子出版の推進という壮大な使命を帯びた出版デジタル機構(SDK)を設立した。業界の300社以上が賛同し、さらにSDKの活動の一部が震災と津波に見舞われた東北で行われることなどを根拠に、政府が2億ドル近くを出資することになった。SDKは出版社の既刊本の電子化を支援するプログラムを開始したが、まったくの興ざめとは言えないまでも、魅力的でない条項(SDKが将来の売上の20%を徴収する)が含まれ、さらにSDKの制作する本の(全部ではないが)ほとんどがオープンでないフォーマットであるなど問題もある。しかし、決定的な問題は、莫大な費用をかけ、本筋からは外れたこの事業が、ありもしない問題を解決しようとしていることだ。デジタル化を成功させるために業界を挙げて調整すべきテーマはいくつか存在するが、E-Bookを実際に制作する業務はそれには含まれない。E-Bookの制作が自前で出来ない出版社は、この分野の数百もの専門会社に作業を委託できる。(次ページに続く)

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