社会システムとしての出版のリエンジニアリング
出版は一産業である以上に社会システムの一部であり、近代社会が生まれて以来、知識コミュニケーションの要となってきた。産業的・技術的基盤の歴史的移行に伴う大混乱の中で貴重な価値を失わないためには、社会システムとしての出版を意識的・能動的に設計する工学的アプローチが必要だと思われる。出版と本を知識コミュニケーションのシステムとして可視化することを通じて、いまなすべきことを考えてみたい。 [続きを読む]
EB2ノート(15):版データは誰のものか?
電子書籍は「ブーム」にまでなったが、端末表示用の電子データを流すだけでは、流通による出版の再編という意味しか持たない。版には様々な付加価値を組込むことができるが、これまで日本において版を制作・管理してきたのは印刷会社である。印刷会社には、印刷・製本から電子的な「版」をベースとしたビジネスに移行するチャンスが開かれていると考えるべきだろう。それは生産的視点からの出版の再創造という意味を持っているように思われる。 [続きを読む]
EB2ノート(14):「抵抗勢力」とは何か?
遅くなったが、8月10日に開催した第5回研究講座「「“電子書籍元年”の中間総括-印刷業界の視点」のまとめと感想を。ものづくりとしての出版の実務に足を置きながら広く活字=出版文化をみておられる中西秀彦氏をゲストに迎えたことで、現時点での「電子書籍」と新しいメディアとして創造されるべきE-Book (2)との違い、移行の方向性が見えてきたように思う。それに中西氏の「抵抗勢力」論の真意も。 [続きを読む]
印刷業と“電子書籍元年”(3):ビジネスモデル
これまでどちらかというと寡黙で受動的なイメージの強かった印刷業界のイニシアティブが目立つようになってきた。大日本印刷と凸版印刷という世界的大企業がここまで積極的に動く以上、本のデジタル化の先にある出版の再編をも射程に入れた戦略的動きであることは間違いない。しかし、大凸ほどの規模でなくても、E-Bookビジネスにコミットする動機と能力を持つことは可能だし、家電や通信など周辺業界よりは実質的リーダーシップを取りうるだろう。 [続きを読む]
印刷業と“電子書籍元年”(2):付加価値の可能性
近代的な出版は「版」に関する技術から生まれた。それはE-Bookについても同じである。印刷本における品質と機能を移行させた上で、本のコンテンツ価値を最大化するというロードマップを考えた場合、現状はまだ入口付近にいるにすぎず、機能・個性・品質が揃わないとE-Bookが独立した価値を主張できない。そこで付加価値の可能性を考えてみたい。 [続きを読む]
印刷業と“電子書籍元年”(1):問題提起
8月10日に開催する第5回研究講座「「“電子書籍元年”の中間総括-印刷業界の視点」への解題。電子出版では生産・流通・販売のいずれでも日本的特殊性が問題となるが、筆者は出版物の生産に印刷業が大きな役割を果たしていることが、長期的にみて最も重要な要因だと考えている。そこでまず、印刷業がE-Book出版の成長性と付加価値にどのように関わるかを考えてみたい。 [続きを読む]
ユーザー指向の読書環境を目ざして
iPadやKindleのメガストアに「コンテンツ」を提供することが電子出版はではない。電子データとなったコンテンツを可能な限り個性化・個別化することによって、読者にとっての価値を最大化することこそ、電子化の意味がある。デバイスの価格が、数10冊の印刷本ではなく、たかだか数冊の印刷本の価格になれば、質的な変化が生まれる。本の生産・流通・小売のそれぞれにおいて、アップルでもアマゾンでもない道が拓けてくる。 [続きを読む]
E-Bookベンチャー(2):出版の新三位一体
E-Bookビジネスとは、電子的なコンテンツをつくり、iPadやKindleで提供することではない。それだけのことならば誰でもできる。誰でもできることで食っていけるほど、この世界は甘くないだろう。オンライン上で展開される「生産・流通・販売」のバリューチェーンにおける「出版」の位置は確定していないからだ。E-Bookビジネスは、コンテンツを介した著者と読者のコミュニケーションから「新しい付加価値」を創造するものである。(図はキリスト教会の三位一体概念を図にした三位一体の楯。) [続きを読む]
E-Bookベンチャー(1):序
中国やインドを含む多くの国で、E-Bookに関するベンチャーが起業しつつある。また多くのWebサービスが、E-Bookベンチャーを容易にしている。製作と流通における敷居が圧倒的に低いE-Bookビジネスは、“TBTF”(大きすぎて潰せない)ではなく“TSTF”(小さすぎて失敗しようがない)ということが、このビジネスを魅力的なものにしている。規模の大小に関係なく、コンテンツの価値を最大化する方法を見つけさえすればいいのだ。それはたんに自主出版についてだけ言えるわけではない。ここでは可能性の一端をシリーズでご紹介していくことにしたい。まずはイントロから。 [続きを読む]
機械思考と論理思考:ゲシュタルト崩壊を超えて
知識コミュニケーションとしての出版は、本質的にモノよりソフトウェアのビジネスに近いのだが、数世紀続いた機械印刷パラダイムのもとで、人々はよい本をつくる「製造」業と錯覚してきた。E-Bookは出版がソフトウェアに近づいたことにほかならないが、そのことの理解は容易ではない。E-Bookに対する日本の関係の戸惑いと見当違いは、すべてを光輝あるモノづくりのメタファーで理解しようとするゲシュタルトからきているのだと思う。しかし、これを乗り越えなければ日本の出版の明日はない。 [続きを読む]






