和本論からE-Bookへ(6):Gのブラックホール

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Humanities(人文学)は、古典古代からの伝統ある学問分野なのだが、科学主義の波に乗って社会科学が「分離独立」して以降、生彩を失って久しい。社会に次いで人間まで「科学」として分離されてしまっては、文献以外に頼りとするものがなくなり、読者も減って、かつての諸学の王たちも見る影もなくなった。電子人文学 (Digital Humanities)はその限界を打ち破り、さらに公共電子人文学とすることで社会性を獲得することを目指すという。ではそれは本や出版とどんな関係にあるのだろうか。 … [Read more...]

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和本論からE-Bookへ(5):学術版と公共的読書空間

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小林(龍生)さんの困ったところは ―もちろん最大の長所なのだが― 面白いネタと手掛かりを人の前に投げ出し、こちらがとびつくと、すぐまた別のものを目の前にちらつかせるところだ。来月号の入稿が迫っている時に、一刻も待てない別のアイデアを持ってこられる。漫談にはあまりに惜しく、こちらは何か成果をモノにしないといけないと思うから、メモリもCPUもOSも旧式な頭にウィンドウが次々に開いて困惑するほかない。今回はほとほと参った。せめて記憶が鮮明なうちに、「実感と断定」という最も素朴な方法で印象をメモしておきたい。 … [Read more...]

和本論からE-Bookへ(4):出版のエコシステムとは

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前回述べた、脱グーテンベルク(G)研究会の方向性をもう少し敷衍してみたい。和本エコシステムを生成・発展・消滅というライフサイクルで見たことで、エコシステムを成り立たせているもの、時には消滅にも導くものに目を向けることになった。これは紙の大量生産と紙製品としての書物の消費の上に成立してきたG的エコシステムの行方をどう予測し、どう対応すべきかを考えるのに役立つ。(鎌田博樹) … [Read more...]

和本論からE-Book(3):書物とコミュニケーション

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和本論から始まった脱グーテンベルク研究会の第3回(2月1日)は、近藤泰弘教授(青山学院・日本語学)を迎え、古典を翻刻・再現する場合に問題となる日本語/表記の問題を考える機会を得た。コミュニケーションの空間を規定する言語は「生きもの」であり、社会的に多様であると同時に歴史的に変遷している。そしてそのあり方は言葉の容器としての書物の形態に依存する。言語と書物そして読書行為にまで踏み込むには、さらに大きめのテーマ設定が必要になってきた。そこでことしの秋までは続きそうな新しいフレームワークについてお話してみたい。 (鎌田博樹) … [Read more...]

和本論からE-Bookへ (2):共感装置としての書物を蘇らせる

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これまで世界の古典籍の電子化は、画像データ化を意味していた。これは必要なステップだが、それで書物が当時実現してきた読書体験が、今日の人々に共有されるわけではない。それらを活字に翻刻し、注釈を入れ、あるいは現代語訳したものが、やはり別の一面を伝えるものでしかないように。では全体性にアプローチする方法はないものだろうか。紙に拘らなければ、可能ではないか、というのが脱Gの出発点。(左の絵は岩佐又兵衛『小栗判官絵巻』) … [Read more...]

和本論からE-Bookへ (1):書物としての絵巻

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橋口和本論(と呼ばせていただく)から受けた重要なヒントは多く、簡単には整理できない。こういうときは整理を後回しにして、記憶が薄れないうちにインスピレーションをそのまま書きとめ、浮かんでくるアイデアをランダムに書き綴っていくしかない。和本の世界はデジタルと親和性があり、その復興が出版の21世紀を創造的なものにするという確信は、今年最大の収穫であった。和本は世界的な文化遺産にとどまらず、出版とテクノロジーのあるべき方向を示している。(写真は奈良絵本『ゑほしおりさうし(烏帽子折草紙)』) … [Read more...]

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和本が拓いてきた世界 2 ─ 書入・注釈/橋口 侯之介

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橋口・和本論の完結編は「書入と注釈」を取り上げる。コメントとアノテーションは、知識コミュニケーションの装置としての本の機能の最も重要な側面だ。そして和本は非常にユニークな方法でソーシャルな空間を共時的、通時的に実現してきた。絵巻と黄表紙がマンガやアニメの祖型としたら、漢籍を拡張した「書入と注釈」はハイパーテキストの祖型であると思われる。だからこの祖型は、デジタルに、創造的に蘇らせることができるだろう。(編集子解題) … [Read more...]

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和本が拓いてきた世界 1 ─脱Gから創造的技術への提案/橋口 侯之介

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10月31日、有志による私的研究プロジェクトである Project Beyond Gˆ3(以下脱G)の最初の研究会を開催した。G以前の書物と出版の世界について考え、Gによって失われた価値を明らかにすることを通じて、G以後のシステムが創造的であるための要件を定義し、実装・実験につなげていこうという趣旨である。第1回は、本フォーラムの連載でおなじみの橋口 侯之介さんを講師に迎え、まず和本の世界取り上げた。ここに発表資料を掲載する。なお続編である「書入・注釈」は12月1日の研究会を経て掲載予定。) … [Read more...]

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著者・出版社・読者の新しい関係を考える

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暑い夏の間が中断していましたが、10月3日にオープン・パブリッシング・フォーラム(電子出版再構築研究会)を再開します(第1期第2回)。で、タイミングよく、いきなり大原ケイさんとのトーク・セッションとなりました。「著者・出版社・読者の新しい関係を米国の事例から考察する」という表題で、大原さんからいろいろ面白そうなお話を伺いながら、皆さんと議論ができればと期待しています。ここでは、企画趣旨と「目標」をご説明しておきます。(鎌田敬白) … [Read more...]

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「書物における明治二十年問題」3/橋口 侯之介

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活字に「中毒」してもそう害はないが、活字を「信仰」するのは本好きとは言えない。本は活字以前にも存在したし、活字と共存し、日本では長い間、活字出版を圧倒する存在だったのである。活字を信仰するのは自由だが、それを他人に押し付け、多様性を許さず、デジタル技術が拓いている可能性に背を向けるとしたら問題だ。橋口氏が提示する非活字出版の豊かな世界は、21世紀の出版が進化すべき方向を示唆しているように思える。(編集子解題) … [Read more...]