社会システムとしての出版のリエンジニアリング
出版は一産業である以上に社会システムの一部であり、近代社会が生まれて以来、知識コミュニケーションの要となってきた。産業的・技術的基盤の歴史的移行に伴う大混乱の中で貴重な価値を失わないためには、社会システムとしての出版を意識的・能動的に設計する工学的アプローチが必要だと思われる。出版と本を知識コミュニケーションのシステムとして可視化することを通じて、いまなすべきことを考えてみたい。 [続きを読む]
ユーザー指向の読書環境を目ざして
iPadやKindleのメガストアに「コンテンツ」を提供することが電子出版はではない。電子データとなったコンテンツを可能な限り個性化・個別化することによって、読者にとっての価値を最大化することこそ、電子化の意味がある。デバイスの価格が、数10冊の印刷本ではなく、たかだか数冊の印刷本の価格になれば、質的な変化が生まれる。本の生産・流通・小売のそれぞれにおいて、アップルでもアマゾンでもない道が拓けてくる。 [続きを読む]
「出版物利活用」懇談会に望む:7つの仮説
「排除型社会」という、非日本的な嫌な言葉が現実性を持って迫ってくる時代である。人々が不安に駆られるのも無理はない。これまで築いた地位や専門性を無効にするような技術と環境に恐怖を覚えるのも理解できる。これは歴史的な転換期なのだから。しかし、このイノベーションに敵対しても勝ち目はない。逆に味方にすることは可能だし、その場合にのみ過去の資産は生きる。どうやら三省合同の「出版物利活用」に関する懇談会ではパニックから見当違いな議論がなされた可能性がある。これに関して、短期・集中的な議論が必要で、その場はネットが中心とならざるを得ないと考えている。以下に対してなるべく多くの方のコメント、ご批判をいただきたいと思っている。 [続きを読む]
デジタル時代の「自費出版」の意味
「日本は電子ブック戦争でなぜ敗れたのか」と書いた池田信夫氏が、ご自身のブログ(1/19)で「自費出版の時代」を書いて、電子「自費出版」によって著者と出版者の関係が変わる可能性を述べておられる。ここでは、筆者が指摘した、再販制度が電子出版には適用されない点や、著者の経済的メリットなどがそのまま「採用」されており、池田氏もこの戦争に参戦の意志を持たれたようで慶賀に堪えない。しかし、出版において印刷や書店が前提ではなくなった時代に自費出版の意味もまた問い直されている。この際考え直してみるのも無駄ではないだろう。 [続きを読む]
日本は「電子ブック戦争」に勝てる
ブロガーの池田信夫氏が、1月6日のASCII.JPのコラムで「日本は電子ブック戦争になぜ敗れたのか」を論じ、今年が「電子ブック元年」という重要な節目であるのに、ハード、コンテンツともに日本が立ち遅れていることを指摘した。「電子ブックで鎖国する日本」という刺激的な表現で、本の流通機構と出版社の対応を批判してもいる。もちろん『希望を捨てる勇気』を書いた池田氏一流の反語的表現だが、逆効果になっては困るので、蛇足ながら駄文をものした。 [続きを読む]
デジタルメディア時代とテレビの終焉
ラスベガスのCESは、さながらE-Readerのデビューイベントだった。これにタブレット(スレート)を含めれば、デジタルコンテンツを表示する“メディアビューワ”の時代の本格的な幕開けと言える。米国、欧州、台湾、中国、韓国と、この新市場に参加する国も多彩なら、大企業から小規模なスタートアップまで、企業も多彩だ。しかし、日本の影は薄い。テレビの時代が終わったことを認められないからだ。 [続きを読む]
新聞+Google=?
Google Labsが NY Times、Washington Postと共同で始めたLiving Storiesという実験サービスは、Webによって新聞がどのようなサービス価値を提供できるかを示す画期的なもの。ニュースメディアの新しいビジネスモデルの開発に重要なヒントを提供すると思われる。 [続きを読む]
真にグローバルな「和解」を
今週月曜から待っていたGoogle和解修正案の提出でしたが、いったん延期されたあと、13日の金曜に提出され、内容が公表されました。日本が対象外とされたことで拍子抜けのような雰囲気がありますが、細部は検討が必要です。それに、社会の知的資産である著作権者不明の著作物の扱いについて、まだ何も解決していません。対象を限定したのは妥当ですが、グローバルな「和解」の枠組みは必要で、国立国会図書館のプロジェクトに関連して、日本として立場を表明する必要があるでしょう。 [続きを読む]






