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	<title>EBook2.0 Forum&#187; Log Book</title>
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		<title>E-Book再考(6)：出版社は何のためにあるのか</title>
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		<pubDate>Fri, 03 Feb 2012 10:45:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Editor</dc:creator>
				<category><![CDATA[Book Industries]]></category>
		<category><![CDATA[Concept Sheet]]></category>
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		<category><![CDATA[E-Book再考]]></category>
		<category><![CDATA[自主出版]]></category>

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		<description><![CDATA[××は何のためにあるか、などという懐疑は、余裕のある時でもないと考えない。まして自分の仕事に直接関係する場合には、忘れていたいテーマだ。多くの人がそうしているし、他人に言われたら怒り出しても不思議ではない。しかしいま、「 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #339966;"><img class="alignleft size-full wp-image-7978" style="margin-left: 0px; margin-right: 15px;" title="authors" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/authors.jpg" alt="" width="98" height="130" />××は何のためにあるか</span>、などという懐疑は、余裕のある時でもないと考えない。まして自分の仕事に直接関係する場合には、忘れていたいテーマだ。多くの人がそうしているし、他人に言われたら怒り出しても不思議ではない。しかしいま、「出版社」は何のためにあるのかという議論は、E-Bookが市場の2割を越えた国ではますます活発になっている。もちろん余裕があるわけではない。自主出版こそ出版の本来の姿であるとすれば、出版社は出版にどう関わればいいのか。<span id="more-7963"></span></p>
<h3>タイタニックからインターネットの海へ</h3>
<p><img class="alignright size-full wp-image-7971" style="margin-left: 15px; margin-right: 0px;" title="edo_publisher" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/edo_publisher.jpg" alt="" width="107" height="151" />歴史的にみても、出版はそれに関わる人々にとってつねに一大プロジェクトだった。出版社が本屋だった江戸時代の出版活動を描いた『江戸の本屋と本づくり』（橋口候之介著、平凡社）を読むと、現代の物価に換算して、やはり数百万円ものコストがかかるプロジェクトを支えるサプライ・チェーンをめぐる知恵と苦労がよくわかる。リスクを誰が取るか、どうやってバランスさせるかが最大の問題であることは今も同じだ。いやもう過去形かもしれない。リスクという、ビジネスで最も単純で厳粛な要素が、急に流動化を始めているからだ。その結果、著者と読者以外のすべての仕事が存在意義を問われることになった。</p>
<p>日本ではまだ紙が主流なので、出版は全体として装置産業に近く、リスクの重みは変わっていない。この「装置」が老朽化して非効率になり、もはや利益を上げられるシステムではなくなって久しい。リスク回避の機構を組込んだ巨大システム自体がリスクとなるタイタニック状態だ。出版はますます難しくなる。リスクを軽くできる救命ボートであるE-Bookには、しかし手を出したくない。ボートはまだ甲板上にある。誰もが見ているが、こんなものでインターネットの大洋に浮かび、外国の救助船を待つ惨めさは味わいたくない。徐々に傾いてはいても、快適な一等船室からは動きたくないのである。しかし、船はもともと移動(出版)をするためにあったはずで、沈むかどうかに関係なく、機能が果たせなくなることが問題なのだ。不動産などで沈没を免れても、陸に上がった船は船ではない。</p>
<p><img class="alignleft size-full wp-image-7974" style="margin-left: 0px; margin-right: 15px;" title="Titanic2" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/Titanic2.jpg" alt="" width="284" height="177" />インターネットの海は、出版者か消費者である個人にはリスクではない。タイタニックに付き合う必要もない。ここが21世紀の出版活動の主要な舞台となることは必然だろう。既存メディアが無視しようと、なんと言おうと、インターネットはそのように育ってきた。一等船客にはなれないが、タイタニックの三等船客として閉めこまれるよりは気分がいい。運がよければヨットを買えるチャンスもある。（<span style="color: #ff9900;">→<a href="http://www.ebook2forum.com/2012/02/rethinking-ebook-business-6-whats-the-publishers-are-for/2/">次ページ</a></span>に続く）</p>
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		<title>電子出版史談：(3)「大地」とユズさん(2)</title>
		<link>http://www.ebook2forum.com/2012/02/kobysh-blog-memoirs-in-digital-publishing-history-3/</link>
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		<pubDate>Thu, 02 Feb 2012 14:05:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>TLK</dc:creator>
				<category><![CDATA[Kobysh Blog]]></category>
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		<category><![CDATA[DTP]]></category>
		<category><![CDATA[柚口篤]]></category>
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		<description><![CDATA[DTPとは、編集者が「自由に」（もちろん制約の中で）何でも出来ると言われて何が出来るか、という話だったのではないか、といま思う。編集子も「版」との苦闘の末に知ったことは、漠然としたイメージでは何も実現できないこと、組版に [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img class="size-full wp-image-7939 alignleft" style="margin-left: 0px; margin-right: 15px;" title="Kobysh_sidan" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/Kobysh_sidan.jpg" alt="" width="100" height="99" />DTPとは、編集者が「<span style="color: #993300;">自由に</span>」（もちろん制約の中で）何でも出来ると言われて何が出来るか、という話だったのではないか、といま思う。編集子も「版」との苦闘の末に知ったことは、漠然としたイメージでは何も実現できないこと、組版には歴史の中で形成されてきたルールがあるが、実現技術のベースが変われば、先人が直面したあらゆる問題に遭遇するということだった。柚口さんはじつに勇敢な方だった。いまの「電子出版」に最も必要なものだ。　 （鎌田 解題）<span id="more-7952"></span></p>
<h3>［大地」とユズさん(2)</h3>
<p>承前。『大地が動いた』『普遍論争』という2冊の書籍出版にSuperDTP大地での制作という局面で関わることで多くのことを考えた。</p>
<p>一番大きかったのは、本というものが版面設計の如何によってこうも表情を変えるものか、という感慨だった。版面のことを「ハンヅラ」と呼ぶことがある。「ツラ」とはよく言ったものだ。よく、表紙やカバーが本の顔だと言う人がいるが、多分、本当の顔は、やはりハンヅラなのだ。</p>
<p>『大地が動いた』と『普遍論争』は、その版面の表情がひどく違って見えた。ユズさんとユズ編集工房の仕事が劣っていたとは思わない。当時のDTPの水準からすれば、それは一頭地を抜くものだったことに疑念はない。ユズさんに拘りがなかったわけでもない。その証左に、ユズさんの印字用紙への拘りは尋常なものではなかった。600dpiの（当時としては）最高精細度のレイザープリンターでトナー出力したものをカメラ取りするのだが、ユズさんの指定は、微コートした上質紙。不要な反射を押さえ、トナーの乗りがいい、という。ぼくは、神田中を走り回って何種類もの紙を買い集めて試し刷りをさせられた。その局面では、ユズさんの拘りは中野さんの拘りとなんら変わるところがない。事実、『普遍論争』の印刷にもユズさんが指定した紙を使ったし、製版の上がり具合に対する中野さんの評価も非常に高いものだった。</p>
<p>しかし、版面の表情という点では『普遍論争』に一日の長があった。突飛なたとえだが、『大地が動いた』がビジネススーツを着た中年男性だとすると、『普遍論争』は目鼻立ちの通った紬姿の人妻、といったところだろうか。『大地が動いた』の表情の多くは、大地が用いていたリョービイマジクスの本明朝に起因するところが大きかったのだろう。中野さんは、本明朝の活版活字風の意匠が気に入らずに、その特徴を押さえるために、長体を掛けたり行間を空けたり四方の空間を多く空けたりという指示を繰り出した。結果的に版面全体としての黒みが減り、1行1行がはっきりと浮き出し、まさに目鼻立ちの通った表情となった。</p>
<p>『大地が動いた』と『普遍論争』を巡っては、JEPAにもお世話になった。津野海太郎さんを招いて、ユズさんともどもDTPについてのパネルディスカッションの機会を設けてもらった。その場での『大地が動いた』と『普遍論争』についての津野さんの評価は言わずもがなだが、そのパネルの場でぼくが訴えたかったのは、2冊の本の評価の問題ではなく、同じDTPシステムを用いても、これほどに表情の異なる本が出来上がる可能性がある、という事実だった。</p>
<p>DTPで制作された本の版面を見ただけで、制作に用いられたDTPシステムの善し悪しを即断することは危険なことだ。2冊の本の制作を通してぼくが得た貴重な教訓だった。</p>
<p>ずっと後になって、W3Cのテクニカルノート「日本語組版の要件」の開発でご一緒した小林敏さんが「マイクロソフトのワードを使ったって、やろうと思えばきちんとした組版が出来るよ」と豪語していた。本フォーラム主宰の鎌田さんも、若いころにワードのデフォールトの版面設計に関わったと言っていた。かくいうぼく自身、ジャストシステムに入社して最初にやったことの一つは、当時の一太郎のデフォールトの設定を字間０とし、左右のマージンを大きくしたことだった。DTPであるとワードプロセッサーとであるとに関わらず、フォントの選択と字間、行間の設定は、いわば出力した結果の表情を決定する要諦には違いない。プロはみな、そのことを知悉している。</p>
<p>今思い返すと、講演会の場でのユズさんのSGMLに対する批判も、DTPシステムと出力物との関係と通底するものがあったのかも知れない。そんなことへの拘りが、ぼくの不用意な質問につながったのかも知れない。ともあれ、ユズさんはもういない。そして、ぼくの慚愧も消えない。</p>
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		<title>電子出版史談：(2)大地と『普遍論争』</title>
		<link>http://www.ebook2forum.com/2012/02/kobysh-blog-memoirs-in-digital-publishing-history-2/</link>
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		<pubDate>Thu, 02 Feb 2012 10:19:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>TLK</dc:creator>
				<category><![CDATA[Kobysh Blog]]></category>
		<category><![CDATA[Log Book]]></category>
		<category><![CDATA[中野幹隆]]></category>
		<category><![CDATA[小林龍生]]></category>
		<category><![CDATA[電子出版史談]]></category>

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		<description><![CDATA[日本ではまったく人気がない中世哲学の最難関である普遍論争の解説書として書かれ、名実ともに成功作となった山内 志朗著『普遍論争―近代の源流としての』(哲学書房、1992)という本は、出版というコトを考えるのに好個の事例を提 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img class="alignleft size-full wp-image-7939" style="margin-left: 0px; margin-right: 15px;" title="Kobysh_sidan" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/Kobysh_sidan.jpg" alt="" width="100" height="99" />日本ではまったく人気がない中世哲学の最難関である<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%AE%E9%81%8D%E8%AB%96%E4%BA%89" target="_blank">普遍論争</a>の解説書として書かれ、名実ともに成功作となった山内 志朗著『普遍論争―近代の源流としての』(哲学書房、1992)という本は、出版というコトを考えるのに好個の事例を提供している。現在は平凡社ライブラリーの一巻として収録(2008)されており、個人的にもデジタル化してほしい本の上位にランクされる。DTPの黎明期に企画・制作された同書の誕生秘話が、プロデュースした小林さんによって語られる。（鎌田解題）<span id="more-7909"></span></p>
<h3>(2)大地と『普遍論争』</h3>
<p>『普遍論争』の大地によるオペレーションは、みずから行った。</p>
<p>哲学書房社主の中野幹隆さんは、小学館入社以前からの、ぼくにとってはかけがえのない編集者としての唯一無二の師匠だった。</p>
<p>その中野さんが、数枚の3.5インチフロッピーを手渡した。</p>
<p>「これ、何とかならないでしょうか。一太郎のファイルなんですが。ええ、山内さんという若い哲学者のお仕事です。内容的には本当に優れていて。しかし、今、学術書は本当に売れないんですよ。みすずでも勁草でも、初版400部がやっとという本が多いんですよ」</p>
<p>「ちょっと考えてみますね」</p>
<p>しばらくして、ぼくは、中野さんに以下のような提案をした。</p>
<ul>
<li>版元と著者、読者がそれぞれ三方一両損でリスクを担うような出版形態にしたい。</li>
<li>そのために、出版前の予約受付と、著者による一定部数の買い取りを前提としてはどうか。</li>
<li>制作には大地を使い、少部数でのコスト削減に努めてはどうか。</li>
</ul>
<p>中野さんは、例によっての即断。</p>
<p>「それでやってみましょう。」</p>
<p>ぼくは、さっそく、大地を用いて数ページの見本組みを作ってみた。</p>
<p>そこから中野さんとの火花が飛び散るようなバトルが始まった。</p>
<p>リングは、当時浜松町にあったジャストシステムの東京支社。</p>
<p>中野さんは、組版やデザインにもうるさい人だった。何と言っても、あのエピステーメを杉浦康平さんと作っていた人なのだから。</p>
<p>そのころ、大地はリョービイマジクスの本明朝という書体を独自形式でアウトライン化したフォントを用いていた。</p>
<p>リョービ社は、元々はダイキャストの専業メーカーだったが、ダイキャストを用いた様々な製品の製造に触手を伸ばし、高い業績を誇っていた。写植機もその一つで、写研の文字盤と互換性のある文字盤を武器に一定の成果を上げていた。さらに、活字メーカーを買収して、フォント開発にも進出していた。</p>
<p>当時は写研の本蘭明朝の最盛期。特に、細明のデザインとオフセット印刷の特性を生かした、繊細な版面設計が好まれていた。写研と同じコンセプトの書体デザインでは勝負にならないと考えたのだろう、リョービは真逆の発想で、本明朝を活版活字的な骨太のデザインに仕上げることで、これまた一定の市場を得ていた。</p>
<p>この本明朝のデザインが、中野さんの意に沿わなかった。</p>
<p>「他の書体はありませんか」</p>
<p>中野さんにとっては、本文に用いる書体の選択は、本作りに欠かすことの出来ない最重要の第一歩だった。</p>
<p>しかし、そのころの大地には、日本タイプライターから買ったJS明朝と名付けられた日本語タイプライター用が起源の、従って写植用のフォントとしてはややバランスに欠ける書体と、この本明朝しかなかった。</p>
<p>中野さんとぼくとのいわば根比べともいえる試行錯誤が始まった。</p>
<p>「行間を少し空けてみましょうか」「もう半ポイント大きさを落としたらどうでしょう」</p>
<p>中野さんはあの慇懃な語り口で、しかし、一切の妥協を排して、倦（う）むことなく幾度も幾度もぼくに設定の手直しを強い続けた。</p>
<p>午後の時間いっぱいを使い切り、日が陰りかけたころになって、中野さんがやっと言った。</p>
<p>「これでいきましょう」</p>
<p>中野さんの最終的な選択は下記のようなものだった。</p>
<p>判型はA5判とする</p>
<p>基本版面は四六判のものと同程度とし、四方の余白を多めに取る</p>
<p>本明朝に長体1をかけ、行数も通常より1行少ない16行として、行間を広めにする</p>
<p>中野さんの指示通り組んだ版面は、えっ、これがDTPで組んだ版面か、と思えるほど清潔感のあるすっきりしたものとなった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>こうして組んだ見本を添えて、中野さんは、山内さんの母校である東京大学の哲学専攻の卒業生名簿と西欧中世哲学の学会名簿を用いて、2000通ほどのダイレクトメールを発送した。</p>
<p>このダイレクトメールに応じて、200通もの予約注文が入った。中には、アウグスチヌス研究で令名高かった京都大学の山田晶教授やトマス・アクィナスの研究で高名だった稲垣良典教授の名前まであった。</p>
<p>この反響に心を強くして、中野さんは、「普遍論争」の出版を決意した。</p>
<p>ぼくは引き続き、中野さんの倦むことのない注文に半ば辟易しながら、400ページにも上る大著の組版作業に取り組んだ。中でも難渋したのは、巻末に付けた横組みの用語集だった。なにしろラテン語の人名や地名が多出する。2段組にしたので行長が短い。ハイフネーションを多用しなければホワイトリバーが非常に目に付く。しかし、ラテン語のハイフネーション辞書など実装はおろか紙のものさえ手元にはない。いちいち、著者の山内さんの確認を得なければならない。一箇所ハイフネーションがずれると、その余波が段落の終わりまで及び、他の箇所に不都合が生じる。まさに、モグラたたきのような苦闘が延々と続いた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img class="alignright size-full wp-image-7947" title="51VkiXnccjL._SL500_AA300_" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/51VkiXnccjL._SL500_AA300_.jpg" alt="" width="237" height="237" />こうして完成した『普遍論争』は、初版400部が発行され、ほどなく増刷も決定した。そして、この本の出版で山内さんの学界での評価は決定的なものとなり、その後の研究者としての王道の出発点となった。</p>
<p>中野さんとぼくには、このような本の作り方が、学術書出版の閉塞状況を打ち破る一つの可能性を秘めたものだと思えた。ぼくたちは、このような方法をSchola Expressと名付け、本の巻末に小さく刻み込んだ。中野さんは、奥付のぼくの名も入れよう、と言ってくれた。しかし、ジャストシステムの社員だったぼくには、個人名を入れることには抵抗があった。ぼくは中野さんの厚意に甘えて、製作者としてScholexという架空の名称を刻み込んだ。この名称が、後にぼくが設立する有限会社の名称となる。</p>
<p>もう一つ。ずっと後になって、この本は、西田裕一さんの手で平凡社ライブラリーに加えられた。西田さんは、Adobe社のInDesignを用いて、やはりみずからオペレーションして制作した由。『普遍論争は』15年あまりの時をへだてて、やはりDTP制作で復活した。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote><p>小林龍生（こばやし たつお）</p>
<p><img class="alignright size-full wp-image-7941" style="margin-left: 15px; margin-right: 0px;" title="kobysh1" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/kobysh1.jpg" alt="" width="82" height="82" />1951年生まれ。東京大学教養学部科学史科哲学分科卒。　Unicode Consortiumディレクター、IDPF理事、W3C日本語レイアウトTF議長、情報処理学会情報規格調査会SC2専門委員会委員、日本電子出版協会フェローなどとして、ITと言語文化の接点にあって国際標準化の現場で活躍。小学館では学年誌の編集、ジャストシステムでは製品・技術開発に携わったほか、初期の電子書籍プロジェクト（電子書籍コンソーシアム）も経験している。主著『ユニコード戦記』（東京電機大学出版局、2011）</p></blockquote>
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		<title>小林龍生の電子出版史談：｢大地｣とユズさん(1)</title>
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		<pubDate>Thu, 02 Feb 2012 10:17:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>TLK</dc:creator>
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		<description><![CDATA[このほどIDPFのボードに選出された小林龍生さんに本フォーラムへの寄稿をお願いできることになった。電子出版は、ワープロとDTPに始まり、コンテンツストアとリーダで一つのサイクルを完成させたと考えているが、この20-25年 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img class="alignleft size-full wp-image-7939" style="margin-left: 0px; margin-right: 15px;" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/Kobysh_sidan.jpg" alt="" width="100" height="99" />このほどIDPFのボードに選出された<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%9E%97%E9%BE%8D%E7%94%9F" target="_blank">小林龍生</a>さんに本フォーラムへの寄稿をお願いできることになった。電子出版は、ワープロとDTPに始まり、コンテンツストアとリーダで一つのサイクルを完成させたと考えているが、この20-25年の間に、今日のほとんどの問題が顔を出していたことを痛感する。日本と世界の現場で、この稀有な転換期を経験した小林さんほど、証人として適切な人を知らない。過去のエピソードを交え、昨日と明日の電子出版の中心問題を綴っていただく。（鎌田解題）<span id="more-7906"></span></p>
<h3>｢大地｣とユズさん(1)</h3>
<p>「小林クン、人の退路を断つような批判の仕方は良くないよ。」</p>
<p>ユズさんは、斜め後ろに立っていたぼくを、ちらりと振り向いて言い残すと、さっさとエレベーターに乗り込んで降りていった。ぼくは、しばらく、エレベーターホールから動くことが出来なかった。</p>
<p>その日、ユズさんとぼくは、何かのセミナーで、共に講師として話をしたのだと思う。委細は覚えていない。そのころ<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/Standard_Generalized_Markup_Language" target="_blank">SGML</a>（XMLではない！）が一部で話題になっており、そのSGMLについて、ユズさんが明らかな誤解、SGMLの問題ではなく、SGMLの使い方の問題を、あたかもSGMLの根本的な問題であるような言い方をした。ぼくは、ユズさんの誤解に気づいた。有償のセミナーだった。安くはない受講料を払って来ている受講者たちに誤った情報を持ち帰らせるのはフェアではないと考え、あえてユズさんの誤解を質問という形で指摘したのだった。ユズさんの答えは、しどろもどろのものとなった。受講者は、ユズさんのSGMLについての理解が表層的なものだと言うことに気づいたのだと思う。</p>
<p>以降、気まずい思いもあって、ユズさんとの付き合いは疎遠になった。</p>
<p>しばらくして、ユズさん急逝の報に接した。ぼくは、ユズさんに謝罪して和解する機会を永遠に失った。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ユズさん、こと<a href="http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/%97M%8C%FB%93%C4/list.html" target="_blank">柚口 篤</a>さんは、「主婦と生活」？の編集長を経て独立した、そのころ最も勢いのある編集プロダクション（ユズ編集工房）の社長だった。ぼくがまだ小学館にいたころ設立された電子出版協会（JEPA）の設立時からの有力メンバーでもあった。</p>
<p>小学館を退社し、ジャストシステムに身を投じて、最初に与えられた仕事が、そのころジャストシステム内部で開発が進んでいた<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/DTP" target="_blank">DTP</a>システム、後に<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%9C%B0_%28DTP%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0%29" target="_blank">SuperDTP大地</a>と呼ばれるようになる製品の製品化担当だった。いわゆるDesktop Publishingのごく黎明のころだった。</p>
<p>発売が近づいてきて、製品プロモーションについても考えなければならなくなった。ぼくは、大地を用いて制作した書籍を市場に送り出すのが効果的だと考えた。そのころ、ジャストシステムは出版編集部を立ち上げており、モアイという有償のPR誌の発行と共に、かなり意欲的な単行本の発行にも挑んでいた。中心は、元新潮社の編集者で、パソコン関連雑誌編集の経験もあった中尾勝さん。彼を巻き込んで、大地で制作した書籍を出版編集部から発売することを画策した。そこで白羽の矢を立てたのがユズさんだった。ユズさんに大地を用いて大地のことを書いてもらおう。ユズさんは、その生来の新しもの好きの性格もあったのだろう、即座に引き受けてくれた。ユズさんの新しもの好きは筋金入りで、そのころ、もう20年以上も前から、重たい携帯電話、多分、5キロはあっただろうという代物、を担いで都内を走り回っていたのだから。ユズさんへの依頼は<a href="http://www.amazon.co.jp/%E5%A4%A7%E5%9C%B0%E3%81%8C%E5%8B%95%E3%81%84%E3%81%9F%E2%80%95Super-DTP%E3%81%AE%E5%87%BA%E7%8F%BE-%E6%9F%9A%E5%8F%A3-%E7%AF%A4/dp/4883090116" target="_blank">『大地が動いた』</a>という書籍として結実した。残念ながら、書店ではあまり売れなかった。しかし、大地プロモーション用の材料としては大いに活躍した。</p>
<p>ぼくは、他に後二冊の書籍を仕掛けた。一冊は、小学館から発行された秋元豊寛さんの<a href="http://www.amazon.co.jp/%E5%AE%87%E5%AE%99%E7%89%B9%E6%B4%BE9%E6%97%A5%E9%96%93%E2%80%95%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E5%88%9D-%E5%AE%87%E5%AE%99%E9%A3%9B%E8%A1%8C%E5%A3%AB%E3%81%AE%E4%BD%93%E9%A8%93%E5%85%A8%E8%A8%98%E9%8C%B2-%E7%A7%8B%E5%B1%B1-%E8%B1%8A%E5%AF%9B/dp/4093870616" target="_blank">『宇宙特派9日間』</a>(1991)もうひとつは、少し後になるけれど、哲学書房から出た山内志朗さんの<a href="http://www.amazon.co.jp/%E6%99%AE%E9%81%8D%E8%AB%96%E4%BA%89%E2%80%95%E8%BF%91%E4%BB%A3%E3%81%AE%E6%BA%90%E6%B5%81%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%AE-%E4%B8%AD%E4%B8%96%E5%93%B2%E5%AD%A6%E3%81%B8%E3%81%AE%E6%8B%9B%E5%BE%85-%E5%B1%B1%E5%86%85-%E5%BF%97%E6%9C%97/dp/4886790534/ref=sr_1_fkmr0_2?s=books&amp;ie=UTF8&amp;qid=1328066885&amp;sr=1-2-fkmr0" target="_blank">『普遍論争』 (1992)</a>。（現在<a href="http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&amp;url=search-alias%3Dstripbooks&amp;field-keywords=%8ER%93%E0%8Eu%98N%82%B3%82%F1%82%CC%81w%95%81%95%D5%98_%91%88%81x&amp;x=0&amp;y=0" target="_blank">平凡社ライブラリ版</a>が入手可）</p>
<p>秋山さんの本は、そのころ週刊ポストの名編集長だった鈴木雄介さんが手がけてくれた。鈴木雄介さんとは、その後、<a href="http://www.ebj.gr.jp/" target="_blank">電子書籍コンソーシアム</a>で浅からぬ縁を結ぶことになる。</p>
<p>『普遍論争』については、稀代の名編集者中野幹隆の思い出と共に改めて。</p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="font-size: medium;">小林龍生</span>（こばやし たつお）</p>
<p style="padding-left: 30px;"><span style="font-size: small;"><img class="alignright size-full wp-image-7941" style="margin-left: 15px; margin-right: 0px;" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/kobysh1.jpg" alt="" width="71" height="71" />1951年生まれ。東京大学教養学部科学史科哲学分科卒</span><span style="font-size: small;">。Unicode Consortiumディレクター、IDPF理事、W3C日本語レイアウトTF議長、情報処理学会情報規格調査会SC2専門委員会委員、日本電子出版協会フェローなどとして</span>、<span style="font-size: small;">ITと言語文化の接点にあって国際標準化の現場で活躍。小学館では学年誌の編集、ジャストシステムでは製品・技術開発に携わったほか、初期の電子書籍プロジェクト（電子書籍コンソーシアム）も経験している。主著『ユニコード戦記』（東京電機大学出版局、2011）</span></p>
</blockquote>
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		<title>E-Book再考(5)：本はコモディティか？</title>
		<link>http://www.ebook2forum.com/2012/01/is-book-a-commodity-or-how-commodities-make-sense-to-people/</link>
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		<pubDate>Tue, 31 Jan 2012 07:59:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Editor</dc:creator>
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		<description><![CDATA[「本はコモディティ(commodity)か？」、あるいは「アマゾン(Kindle)は本をコモディティに変えのたか？」という議論が、米国で活発だ1。要するに、需要に対して代替可能な商品を、最適な価格で提供するアマゾン流マー [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img class="alignleft size-full wp-image-7891" style="margin-left: 0px; margin-right: 15px;" title="books_stack2" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/books_stack2.jpg" alt="" width="135" height="135" />「本は<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%A2%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%86%E3%82%A3%E5%8C%96" target="_blank">コモディティ</a>(commodity)か？」、あるいは「アマゾン(Kindle)は本をコモディティに変えのたか？」という議論が、米国で活発だ<span style="color: #ff0000;"><sup>1</sup><span style="color: #333333;">。</span></span>要するに、需要に対して代替可能な商品を、最適な価格で提供するアマゾン流マーケティングが、出版ビジネスを(完全に)変えてしまったのではないか、という問題提起である。本は一冊一冊違う顔(個性)を持った商品であり、置換え不可能だというのが業界の常識（あるいは信念）だったので、これを認めることは、出版人にとってはショックかもしれない。しかし、われわれは事実の上に出版を再構築しなければならない。<span id="more-7876"></span></p>
<h3>物神性を持たないデジタルコンテンツが本の本質を明らかにした</h3>
<p>問題を提起したのは、ベテラン編集者のリチャード・エイディン氏が<a href="http://americaneditor.wordpress.com/2012/01/09/ebooks-has-amazon-turned-ebooks-into-commodities/" target="_blank">American Editor (01/09)</a>ブログに書いた一文だ。彼も多くの出版人と同様、本は日用品とは違うと長年信じてきた。ディーン・クーンツとスティーブン・キングは、（コークとペプシとは違って）置き換え不可能だと。しかしいまや「E-Bookとエージェンシー価格制、アマゾン独占」によって潮目は一変した、と自らの読書体験をもとに彼は言う。少なくともフィクションに関しては、本と著者は置換え可能な品物となってしまった。ミステリやSFなどのジャンルと著者では、明らかに著者ではなく、ジャンルが優先する。このことは数字が証明している。</p>
<p><img class="alignright size-full wp-image-7893" style="margin-left: 15px; margin-right: 0px;" title="coke" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/coke.jpg" alt="" width="144" height="110" />E-Bookの定価制の導入で、トム・クランシーの新作E-Bookは一律$14.99で販売されるようになったが、これは自由価格制のハードカバーより高い。しかし、大手以外の出版社や自主出版者との間で、アマゾンは価格破壊（つまり自由競争）を様々な形で進めた。多くのタイトルは$2.99にすることで、消費者が買いやすくし、Prime Lendingという会員無料の貸出サービスも提供している。それによって、廉価コンテンツ、貸出コンテンツの「消費」は大きく伸びた。「コーヒー１杯分のリスク」なので買いやすい。廉価のものを衝動買い、あるいは中毒買いで続けて買う消費者が出版社の上客であることは間違いない。E-Bookでは、数を売ったほうが確実に儲かる。そしてより多くの読者、より多くの収入を求め、多くの有名作家、ノンフィクション・ライターが廉価本に価値を見出すようになった。そしてこれまで出版社に嫌われることを怖れて黙っていた人々も、旧態依然とした出版形態の不合理、大手出版社の「無知、無能」を嘲笑するようになっている。</p>
<p>エイディン氏は、このコモディティ化が良い面と悪い面を持つと考えている。前者は市場を拡大し、無名の著者に機会を与えること、後者は廉価コンテンツの氾濫によるメディアとしてのデフレだ。しかし、これまでのところプラスのほうが多いことを認める。同じく編集者のジャック・ライアン氏も、一部の古典的名作を除いて、本がコモディティであることは認めざるを得ない、と述べている。編集者としては、自分の関わる本を唯一無二の作品としたいとしても、市場にあっては（好みはあるとしても）置換え可能な商品であるということだ。アマゾンのベストセラー・リストの大半は10ドル以下のタイトルで占められ、15ドルのE-Bookは（アイザックソンのジョブズ伝などメガヒットを例外として）減っている。もちろん大手出版社は、電子版の販売機会を減らし、ハードカバーの売上最大化を考えているのだが、こうした「部分最適化」によって、デジタル・リーディングに慣れた消費者は、15ドルの本を1冊買うよりも、10ドル以下の数冊に食指が動くわけである。経済のデフレ、大手電子本のインフレが、消費者行動のデフレを促進している。</p>
<h3>コモディティの意味(価値)は、消費者の行為において生まれる</h3>
<p><img class="alignleft size-full wp-image-7892" style="margin-left: 0px; margin-right: 15px;" title="janre" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/janre.jpg" alt="" width="300" height="168" />本（の大部分）はコモディティである、というのは、機械式印刷・製本によって、18-9世紀に本が大衆のものとなって以来の真実だ<sup><span style="color: #ff0000;">2</span></sup>。それはペーパーバックの登場と書店のチェーン化、ハーレクインに代表される「ジャンル・フィクション」、日本の「マンガ」などによって再三にわたって実証されてきた。しかし（たぶん出版の主宰者としての、社会の中での「知的道徳的ヘゲモニー」を失いたくないためだろうが）出版社は本の商品性よりも個別性、量産性より創造性をもっぱら強調し、＜大量に出荷される工業的複製物＞を、あたかも唯一無二の「作品」のように売ってきた。そうした神話が維持されたのも流通のコントロールがあればこそだ。</p>
<p>アマゾンは無数の通販商品と同じように本を売って成功している。正確に言えば、本で成功したモデル（商品属性＋顧客属性＋振る舞い」のマッチング）をカメラや飲料水やネコ砂にまで適用したのだが、本だけを特別視していないことは確かだろう。皮肉なことに、有名作家のベストセラー本（のハードカバー）が、大規模小売店で客寄せのために廉価で売られていた時には、その話は出なかった。大出版社のE-Bookが高値で固定され、それに対して廉価E-Bookタイトルが有名作家と並んで供給されたことで、コモディティ化が意識されるようになったのだ。「次に何を買うか」という消費者のマインドを先取り的に刺激するアマゾンのWebマーケティングは、この世界では無敵に近い。出版社の神話は完全に崩壊した。寂しくもあるが、それは必然だ。（<span style="color: #ff9900;">→<a href="http://www.ebook2forum.com/2012/01/is-book-a-commodity-or-how-commodities-make-sense-to-people/2/">次ページ</a></span>に続く）</p>
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		<title>E-Book再考(4)：出版社は価格決定権をどう使った</title>
		<link>http://www.ebook2forum.com/2012/01/rethinking-ebook-business-4-pricing-questions/</link>
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		<pubDate>Mon, 16 Jan 2012 17:56:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Editor</dc:creator>
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		<description><![CDATA[E-Bookビジネスの最大の逆説は、アマゾンの独占を怖れ、嫌悪する大手出版社が、市場においては（その意図に反して）アマゾンによる独占を助ける行動をとり、それによってアマゾンへの依存度を高めているということだろう。初めて小 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img class="alignleft size-full wp-image-7834" title="pricing" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/pricing.jpg" alt="" width="181" height="145" />E-Bookビジネスの最大の逆説は、アマゾンの独占を怖れ、嫌悪する大手出版社が、市場においては（その意図に反して）アマゾンによる独占を助ける行動をとり、それによってアマゾンへの依存度を高めているということだろう。初めて小売価格決定権を手にした大手出版社は、値上げによって消費者を敵に回すという最悪の状況に陥ってしまった。日本でも多くの読者を持つ著名なジャーナリストの<a href="http://en.wikipedia.org/wiki/Dan_Gillmor" target="_blank">ダン・ギルモア</a>氏は、衝動買いを止め、図書館と古書店を見直すに至った経緯を英紙Guardianに綴っている。<span id="more-7827"></span></p>
<h3>市場に背を向け、消費者と戦う大手出版社に未来があるか</h3>
<p>熱くなった頭を冷まし、新しい刺激を得るには濫読が心地よい。それでもやはり「本と出版」について考えると熱くなる。年末年始で、いくつかの興味深い論考に接したので、紹介しつつコメントしてみたい。この歴史的転換期の焦点は、デジタルを味方とするか敵とするか、そして誰が最もよく利用できるかということだが（テクノロジーは中立ではない）、欧米では大出版社が、その利己的な行動を厳しく批判されている。</p>
<p>国家権力のメディア支配を背景にした鎖国すら困難になる時代だ。市場経済では、デジタルを味方とするか、敵として敗れ、消え去るか―選択は2つしかないのだが、欧米の出版大手は、これを武器とすべく努力しながらも、全体としては扱いきれず、敵を増やしている。彼らの戦い方を単純化すると、<span style="color: #008000;">E-Bookの値段を出来るだけ高くし、利用価値を出来るだけ低くすること</span>だ。大手出版社はE-Bookの価格をハンパでなく引上げ、図書館での貸出しを制限あるいは拒否した。転換期に最も頼りにすべき味方は消費者だというのに。これはあらゆるソーシャル・マーケティングの努力を無駄にする。</p>
<p>年末に読んだ、<a href="http://dangillmor.com/" target="_blank">ダン・ギルモア</a>氏の英紙The Guardianへの寄稿<a href="http://www.guardian.co.uk/commentisfree/cifamerica/2011/dec/23/ebook-price-swindle-publishing" target="_blank">「E-Book価格の大いなる欺瞞」</a>(12/23/2011)は、日本でも知られるこの著名な米国のジャーナリスト（兼アリゾナ大学ジャーナリズム学部教授）の次のような辛辣な言葉で始まる。</p>
<blockquote><p><img class="alignleft size-full wp-image-7835" style="margin-left: 0px; margin-right: 15px;" title="DanGillmor_portrait" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/DanGillmor_portrait1.jpg" alt="" width="67" height="104" />「私は米国の書籍出版業界―少なくとも数十年にわたって業界を支配してきた伝統的大企業―に対し、感謝の言葉を進呈したいと思う。彼らは私が地元の図書館と近所の古書店の価値を再発見するのを助けてくれた。／巨大メディア企業が本来的に持つ性質である貪欲と傲慢を、デジタル世界への対応に際しても遺憾なく発揮することで、彼らはそうしてくれたのだ。」</p></blockquote>
<p><img class="alignright size-full wp-image-7840" style="margin-left: 15px; margin-right: 0px;" title="pay_more" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/pay_more.jpg" alt="" width="140" height="69" />ギルモア氏の怒りは、もちろん、米国出版界の伝統で消費者の支持を得て存在してきた書店における小売価格の自由を、E-Bookにおいて「廃止」した大手出版社（ビッグシックス）に向けられている。本件の是非をめぐってはニューヨークの裁判所で争われることになるのだが、いずれにせよ2010年のエージェンシー価格制導入以来、6社の新刊ベストセラー本のE-Book価格は、それまでの$10から、$13あるいは$15に跳ね上がった。新刊本は印刷本と同等か、それより高い水準。既刊本はペーパーバックと同等の水準を目指しているようだ。デジタルコンテンツ・ビジネスの歴史では、前例のない大規模な価格上昇だった。</p>
<p>ギルモア氏の読書習慣は、この「逆価格革命」で大いに変わった、という。$10時代に多かった衝動買いはしなくなり、気になる本はもっぱら図書館で予約し、どうしても欲しい本だけ、印刷本で購入するようになり、古書店の利用も増えた。E-Bookで購入するのは廉価な場合のみに止めている。筆者を含む多くの消費者は、経済的理由からギルモア氏に倣っているのだが、デジタル技術は人々の知識情報へのアクセスを容易にするもの、と考えるギルモア氏には、値上げが容認できない。</p>
<p><span style="color: #008000;">E-Bookに対して印刷本と同等の価格を設定するのは、顧客にとって不当</span>だと彼は言う。なぜなら、E-Bookの購入者には商品の所有権はなく、利用（販売者が存続している限り閲覧）する権利を借りている状態である。印刷本は所有でき、もちろん他人に貸すことも、譲渡することも出来るのに、<span style="color: #008000;">E-Bookでは購入者の権利は事実上ないに等しい</span>。E-Book読者を「二級市民」扱いにしながら、「料金」は印刷本の購入価格に連動させることを正当化することは難しい。しかも大手出版社は説明責任すら果たしていない。嫌われる理由には十分だ。米国では、ジャーナリストや知識人は業界ではなく社会(消費者)の味方であるべきという原則があるので、ギルモア氏のような著名人もこぞって批判に回る。</p>
<h3>サービスが違っても価格が一律という矛盾がアマゾンを一人勝ちさせる</h3>
<p><a href="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/Pricing1.jpg"><img class="alignright size-medium wp-image-3927" title="Pricing" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/Pricing1-300x277.jpg" alt="" width="144" height="133" /></a>出版社がそう思わせようとしているにもかかわらず、<span style="color: #008000;">コンテンツは独立した商品ではない</span>。出版社がそれを拒否しているからだ。彼らは自ら提供するわけでもないサービスによって価値が変動する素材を「販売」する際に、消費者と書店に一律の「料金」と「手数料」を強制する。書店には売り方の自由は認めない。皮肉なことに、これは<span style="color: #008000;">消費者がアマゾンで購入することの相対的価値を高め、大手出版社は価格支配と引き換えに市場の支配をアマゾンに委ねることになった</span>。ギルモア氏の「貪欲と傲慢」が著者と消費者をアマゾンに近づけた結果なのだが、もとより「傲慢」な出版社は気にしていない。</p>
<p>人間が歴史的にみて愚かしいことを敢えてするには、それなりの理由がある。その理由は狭いコミュニティの中では自然で当然だったのだが、時間とともに外部には合理的な説明が困難になっており、信仰としか思われない。特権的地位を享受してきたシステムの危機に際しては、そもそも議論の対象から外そうとさえ振舞うので余計に説明能力を失う。</p>
<p><img class="alignleft size-full wp-image-7841" style="margin-left: 0px; margin-right: 15px;" title="sale" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/sale.jpg" alt="" width="210" height="118" />日本では売れ残りの本（平均して約4割）は、システマティックに資源リサイクルに回されるのだが、米国では、卸価格で仕入れ、売れ残りのリスクを負う書店が、客寄せのために最初から損を出す価格で発売したり、何段階かの値下げで買い手を待ち、消費者も値下げを待って買うという市場的なシステムが維持されている。日本では古書店が果たしている役割（市場価格での販売）を、通常の書店が行っているわけだ。大手出版社は、このシステムが（最強のプラットフォームを持つ）アマゾン1社による独占と価格支配につながると考えて、日本の再販制のようなエージェンシー価格制をE-Bookについてだけ導入した。</p>
<p>出版社による小売価格決定権の獲得は、しかし消費者にとっては（法外な）値上げをもたらした。印刷本の相対的価値は護ったが、社会的正当性を失い、デジタル市場での主導権を失ったと言っていい。E-Bookはアマゾンが築いたエコシステムを中心に成長しつつある。中小出版社と自主出版者は、そのエコシステムの最大の受益者といっていいだろう。アマゾンのマーケティング努力は、大手の新刊以外のところで展開されている。しかし、それにもかかわらず大手の本もアマゾンで最も売れることに変わりはない。アイザックソンのジョブズ伝で一番稼いだのはアマゾンだった。つまり、アマゾンの目論見どおり、<span style="color: #008000;">自由価格制の本を多数擁して売ることで、顧客がアマゾンに集中し、固定価格制の本も自動的に売れる</span>のである。アマゾンの顧客は増大し、独占契約する著者はますます増える。4年以内に、米国の全世帯の20~30%がAmazon Primeのメンバーになるという予測もあり、エコシステムは十分な根拠を持って増殖している。<span style="font-size: small;">(<a href="http://www.launch.is/blog/the-cult-of-amazon-prime.html" target="_blank">The Cult of Amazon Prime</a>, By Jason Calacanis, <em>Launch</em>, 01/09/2012)</span>。</p>
<p>ギルモア氏のような読書／購入パターンの変化は、データの裏付けを伴って、これまでにも指摘されており、Kindleのベストセラーリストのランキングと価格の相関が注目されている。E-Bookの廉価本は<span style="color: #990000;">衝動買い需要</span>を刺激し、ミステリやSF、ロマンスなど重要なジャンルの廉価本で多くのミリオンセラー作家を誕生させた。消費者はスティーブン・キングの新作と新人のデビュー作が同じ15ドルで発売されたなら、後者を買うことは躊躇する。また読者にとってリスクである新人をデビューさせることを、出版社は躊躇するだろう。それによって多くの<span style="color: #333333;">機会損失</span>が生まれていることは言うまでもない。デジタル時代がかつてと違うのは、大企業の<span style="color: #990000;">機会損失を利益機会に変換するユニヴァーサル・サービス</span>が存在しうるということだ。　（鎌田、01/16/2012）</p>
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		<title>アマゾンは出版社の敵か味方か：もう一つの見方</title>
		<link>http://www.ebook2forum.com/2011/12/amazon-as-a-key-partner-of-small-publishers/</link>
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		<pubDate>Sat, 31 Dec 2011 11:03:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Editor</dc:creator>
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		<description><![CDATA[アマゾンはKindleの日本開店を延期(EB2 Magazine, No. 2-15)したようだが、難航する交渉の背景には、出版社の抜きがたい警戒心がある。デジタル時代をひた走り、すでに比率が20%を超えたと思われる米国 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img class="alignleft size-full wp-image-7803" style="margin-left: 0px; margin-right: 15px;" title="pros_and_cons" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/pros_and_cons.jpg" alt="" width="107" height="124" />アマゾンはKindleの日本開店を延期(EB2 Magazine,<a href="http://bit.ly/tDY4EX" target="_blank"> No. 2-15</a>)したようだが、難航する交渉の背景には、出版社の抜きがたい警戒心がある。デジタル時代をひた走り、すでに比率が20%を超えたと思われる米国でも、最大の書店アマゾンに対する警戒、あるいは憎しみは高まっている。アマゾンは出版社にとって何なのか。これまで大手関係者の声ばかりが伝えられてきたが、そればかりを聞いていては認識を誤るだろう。<span id="more-7799"></span></p>
<p>今年も欧米出版界の最大のキーワードは「アマゾン」だった。アマゾンはKindleをばら撒いて価格破壊を進め、図書館に貸し出し、街の書店を“ショールーム”に使って顧客を奪い、有名作家と独占契約して出版事業を立ち上げた。著作権者と消費者以外のエコシステムを無視するかのような行動は、プレデター(捕食者)のように言われることが少なくない。しかし、アマゾンは同時にデジタル出版市場を創造し、自主出版を支援して無名の新人を億万長者にし、有名作家と独占契約し、出版事業を立ち上げ、読者に本を買う習慣をつけさせて出版市場を活性化した。何よりも、それを憎み嫌う出版社にとってさえ、最も重要なビジネスパートナーとなっている。</p>
<h3>アマゾンは少なくとも小出版社の味方である、という見方</h3>
<p><a href="http://www.publishersweekly.com/pw/by-topic/columns-and-blogs/soapbox/article/49916-the-scarlet-letter.html" target="_blank"><img class="alignright size-full wp-image-7804" style="margin-left: 15px; margin-right: 0px;" title="sr" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/sr.jpg" alt="" width="114" height="119" />Publishers Weekply</a>誌 (12/16)は、同じくアマゾンをパートナーとしつつ、それを賞賛する小出版経営者の寄稿を掲載している。<a href="http://www.namelos.com/blog.php" target="_blank">スティーブン・ロクスバーグ</a>氏は、合法だが「掟破りの非道」を非難する出版関係者を「目くそ鼻くその類」と切って捨て、「些細な欠点や間違い、失敗はあっても、アマゾンは、われわれの成功において重要な存在だ。私は一個人としてアマゾンが出版界にもたらしたイノベーションと変化を賞賛したい。」と結んでいる。</p>
<p>興味深いのは、1994年にニューヨークの大手出版社を退社して独立小出版社(<a href="http://www.boydsmillspress.com/reviews/front-street" target="_blank">Front Street</a>=現在はBoyds Mills Press傘下)を創業して以来というアマゾンとの付き合いだ。ノース・カロライナ州アシュビルに、青少年向け小説を専門とする小さな出版社を開業した彼は、1995年に初めて3冊の本を世に出すのだが、これはこの年に開業したアマゾンがいて可能になったと書いている。書店では、このジャンルのハードカバーは売れないのでめったに扱わなかったからである。アマゾンは彼の会社の本をすべて常備してくれて、返本はほとんどなかった。彼の会社はすぐに青少年向けフィクションの分野で知られる存在となり、とくに図書館が買ってくれた。</p>
<p><img class="alignleft size-medium wp-image-7808" style="margin-left: 0px; margin-right: 15px;" title="namelos_logo" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/namelos_logo-300x71.jpg" alt="" width="240" height="57" />2009年、彼はE-Bookを中心とする新しい会社(<a href="http://www.namelos.com/" target="_blank">namelos llc</a>)を立ち上げた。分野は同じだが、アマゾンが電子出版を可能にしてくれた。この会社は、ハードカバーと同時に、オンデマンドのペーパーバックとE-Bookを出版した。返本なしの方針なので、扱ってくれる書店はほとんどなかったが、アマゾンがやってくれた。90点を出版したが、アマゾンのチームが的確にサポートしてくれたので、クリスマス前にはすべての準備を完了できた。最初の電子出版の成功は、もちろんアマゾンのおかげだ。2010年にはデジタルの売上が10倍近くになった。今年は新型Kindleの発売もあって、多くが期待できそうだ。電子版の25%はB&amp;NのNookによるものだ。</p>
<p>「私たちはちっぽけな会社だが、それでも図書館向けの販売と電子版で、ささやかながら良書の出版を成功させることができた。アマゾンは一番重要な顧客の一つで、出版のパートナーだ。」とロクスバーグ氏は言う。かつてアマゾンの販売力に魅せられた大出版社は、今ではアマゾンのことを悪いオオカミのように言うが、依然として最大の顧客であることに変わりはない。彼らはどちらかに決めなければならない。独立系書店には厳しい時代だが、大手チェーンとの競争にも生き延びたように、適応し、生き延びるだろう。テクノロジーは独立系出版社に対してと同じく、彼らの役にも立つはずだ。</p>
<h3>小出版社は返本以外、デジタル化で失うものがない</h3>
<p>以上がロクスバーグ氏の寄稿の要旨だが、重要な論点は以下の5点にまとめられるだろう。</p>
<ul>
<li><img class="alignright size-full wp-image-7814" style="margin-left: 15px; margin-right: 0px;" title="no_return" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/no_return.jpg" alt="" width="120" height="85" />従来の出版流通システムは、小出版社とその読者、そして図書館のニーズに応えてこなかった。</li>
<li>アマゾンは本の通販ネットワークによって、次いでデジタル・プラットフォームによって小出版社を支援してきた。</li>
<li>大小無数の系列出版社を擁する欧米巨大出版資本にとって、アマゾンは最大の顧客だが、潜在的ライバルでもある。</li>
<li>独立系小出版社にとって、アマゾンはテクノロジーを生かして生存・発展を助けてくれるパートナー以外ではない。</li>
<li>デジタル技術は、独立系出版社にとって相対的に有利に働く。おそらくは独立系書店にとってもそうであるはずだ。</li>
</ul>
<p>筆者はこれに全面的に賛同する。紙とデジタル、フォーマットがどうあれ、出版はこれからも継続し、発展する。そして小出版社こそが変化の最大の受益者となるだろう。米国でも日本でも、これまでの流通システムは大企業に有利に出来ていた。日本の流通は数十万、数百万部のマンガ、雑誌、ベストセラーを遅滞なく全国に配本できる。しかしもはやそんなものに最適化するのは無意味だ。出版流通はより多様で、より深い出版物を、読者のニーズに応えて届けられる、柔軟なものになれなければ、出版活動そのものを殺してしまう。</p>
<p><img class="alignright size-full wp-image-7809" style="margin-left: 15px; margin-right: 0px;" title="evolution" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/evolution.jpg" alt="" width="234" height="138" />恐竜が絶滅した白亜紀末期のように、環境の変化は図体の大きなものに不利に働く。巨大出版資本、巨大メディア資本は、これから苦しい日々が待っているだろう。恐竜は羽毛を持つことで鳥類として生き延びたそうだから、巨大企業も「進化」することができる。しかし、彼らだけに最適化した流通システムを再構築することは、おそらく無理だろう。恐竜たちには名誉ある死か、それが嫌ならば鳥になる道が残されている。しかし、われわれにとって重要なことは、フォーマットがどうあれ、出版が進化を続けるということ、過去の知的資産を継承し続けるということだ。新しい地球の環境において、小出版社はより大きい可能性を手にしている。それでは皆さん、2012年こそ良いお年を。   （鎌田、12/31/2011）</p>
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		<title>出版コンテンツ論 (3)：サービス指向E-Book</title>
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		<pubDate>Mon, 12 Dec 2011 12:10:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Editor</dc:creator>
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		<description><![CDATA[昨日の記事に多くのアクセスとコメントをいただいた。次回以降で、コンテンツ自体のソシアビリティを実現するモデルと出版社／編集者の仕事について考えていきたい。問題の組立て方が間違っていなければ答は見つかるはずだ、というのが筆 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img class="alignleft size-full wp-image-7791" style="margin-left: 0px; margin-right: 15px;" title="SOA" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/SOA1.jpg" alt="" width="177" height="117" />昨日の記事に多くのアクセスとコメントをいただいた。次回以降で、コンテンツ自体のソシアビリティを実現するモデルと出版社／編集者の仕事について考えていきたい。問題の組立て方が間違っていなければ答は見つかるはずだ、というのが筆者の信念でチャレンジしているが、ご協力いただければ幸い。そこで分かりやすくなるように図で表現してみた。本サイトが目指す “E-Book 2.0”の性格を「<span style="color: #990000;">サービス指向E-Book</span>」あるいはBook as a Service (BaaS)と呼ぼうと考えている。<span id="more-7781"></span></p>
<h4>印刷書籍</h4>
<p><img class="alignright size-full wp-image-7784" title="print_book_model" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/print_book_model.jpg" alt="" width="218" height="275" />構造と表現と意味を物理的にパッケージ化し、かつ商品としての実体性、可用性、流通性を兼備したという意味で完全なものと言える。多くの人が愛着を持つのは当然だ。しかし、相対的に実用性、入手性が低下しているので、採算は悪化し、もはや「普通の本を普通に」制作して売っていくことでは継続できない状態に陥っている。</p>
<h4>プラットフォーム依存コンテンツ</h4>
<p>米国の出版社のように、コンテンツの電子的提供は、製作体制さえできていれば、高い利益率を上げることが可能である。しかし、コンテンツ自身は「素材」という扱いであって、販売と閲覧、ソシアビリティの環境は、完全にプラットフォーム環境に依存している。印刷本が持っている本としての「尊厳」が薄れるとともに、利益率が低下し、依存するオンラインストアの力が圧倒的になることは避けられない。日本の出版関係者がこれに嫌悪を示すのも理解できる。しかし、現在のE-Bookは、強力なプラットフォームの存在を前提としていて、ほかに有力な選択肢はない。Pottermoreのような自力のプラットフォームは、目指すべき方向だと思うが、当面は一般化できない。</p>
<p style="text-align: center;"><img class="size-full wp-image-7785 aligncenter" title="static_eBook" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/static_eBook.jpg" alt="" width="400" height="179" /></p>
<h4>WebアプリとしてのE-Book</h4>
<p><img class="alignleft size-full wp-image-7786" style="margin-left: 15px; margin-right: 15px;" title="i-Book" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/i-Book.jpg" alt="" width="324" height="276" />これまでコンテンツの機能を高めるには、プラットフォームに依存するしかなかった。iOSであれKindleであれ、コンテンツ自体の機能と付加価値は高められても、その独立性は、単純なフォーマットの変換だけでよかったE-Bookの時よりもさらに弱くなってしまう。EPUB3は、Webと同様の独立性を保持しつつ、高い機能を持ったオフラインコンテンツを開発することを可能にした。これまで日本では、日本語の組版フォーマットだけが注目されてきたが、この問題は基本的にクリアされたので、WebアプリとしてのE-Bookコンテンツのデザインと編集技術を語るべき段階に移行したと考えている（EPUB3については「戦記」を参照）。</p>
<h4>サービス指向E-Book</h4>
<p>基本的には、まえがき／あとがき、索引や文献リスト、参考図表、図版、脚注など、これまで著者や編集者が苦労して本文や章末、巻末に入れてきた編集情報、本文訂正と補足などを入れるところから始めて、メディアの書評、読者評などの共有と著者からのコメントをコンテンツの中から共有できる仕組みを導入し、発展させていくことが重要だ。また他の出版社と相互にアフィリエイトとなって、推薦する仕組みを導入すれば、アマゾンなどのプラットフォームへの依存は減る。</p>
<ul>
<li>プラットフォームに依存しないソシアビリティ：Twitter、Facebookなどと直接リンク</li>
<li>出版者／著者のWebサイトの「プラットフォーム」化：コンテンツを通じた読者との連携</li>
<li>コンテンツのサービス機能の実装：ガイド、辞書・事典、QA…（標準、タイプ別オプション）</li>
</ul>
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		<title>出版コンテンツ論 (2)：E-Bookのソシアビリティ</title>
		<link>http://www.ebook2forum.com/2011/12/demystifying-content-2-sociability-of-digital-content/</link>
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		<pubDate>Sun, 11 Dec 2011 11:42:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Editor</dc:creator>
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		<description><![CDATA[コンテンツは社会的概念であり、コンテンツがコンテンツであるためにはコンテクストを実装する必要がある。コンテクストの提供（社会化機能）をクラウドプラットフォームに依存している現在のコンテンツの形態は、出版社にとってまったく [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img class="size-full wp-image-7766 alignleft" style="margin-left: 0px; margin-right: 15px;" title="social media2" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/social-media2.jpg" alt="" width="143" height="148" />コンテンツは社会的概念であり、コンテンツがコンテンツであるためにはコンテクストを実装する必要がある。コンテクストの提供（社会化機能）をクラウドプラットフォームに依存している現在のコンテンツの形態は、出版社にとってまったく不利なものだ。印刷本が持っていた、実体としてのオーラが失われつつある現在、出版社はE-Bookのユーザビリティを通じてソシアビリティを高め、読者との間のインタラクションを構築する必要がある。つまり本をソーシャルメディアとするのだ。<span id="more-7757"></span></p>
<h3>現在のコンテンツは環境に過度に依存している</h3>
<p><img class="alignright size-full wp-image-7768" style="margin-left: 15px; margin-right: 0px;" title="bookdesign" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/bookdesign.jpg" alt="" width="298" height="169" />コンテンツは本質的に<span style="color: #990000;">意味</span>と<span style="color: #990000;">構造</span>と<span style="color: #990000;">表現</span>という3つの要素を持っている。コンテクストは、著者や発行者、読者が必要とするコンテンツの<span style="color: #990000;">ソシアビリティ</span>(社会化属性)を明示化するものということができる。ごく基本的なものは表題や著者、発行者などの書誌事項で、これはコンテンツと不可分のものとなっている。<span style="color: #008000;">紙の本の編集において、最も重要なことは、コンテンツの内在的構造を、効果的に二次元(ページ)と三次元(冊子)に展開・表現すること</span>だ。最近まで、著者や編集者はこれだけを前提としてコンテンツをつくっていた。表紙や扉、目次、奥付などは、コンテンツの実体化のために不可欠の仕掛けだった。</p>
<p><img class="alignleft size-full wp-image-7773" title="ebook formatting" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/ebook-formatting.jpg" alt="" width="158" height="141" />E-Bookにおいて、物理的なページはスクリーン表示で代用され、目次や索引を含む構造は、ハイパーリンクとなる。表紙は絶対に必要とは言えない。書店で物理的存在を誇示するために必要であった装丁は無用となった。印刷本の電子的複製では、機能のほかには、ある程度の「本らしさ」しか盛り込むことが出来ない。印刷本の3割～5割安を“適正価格”と考える消費者の感覚は正当なものだ。現在のE-Bookのほとんどは印刷本の影のようなもので、印刷本がそのままで帯びていたコンテクスト―手応え、自己完結性、権威性、書店での展示によって生じるもの―がない。こんな状態で印刷本が書店から消え、書店が消えていけば、新刊書のマーケティングは大きな困難に見舞われることは間違いない。E-Bookのコンテンツが、印刷本の助けを借りずに自前の衣装を用意できるようになるまでは、出版社はアマゾンなどのストアに過度に依存する状態が続く。</p>
<p><img class="alignright size-full wp-image-7774" style="margin-left: 15px; margin-right: 0px;" title="bookdesign4" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/bookdesign4.jpg" alt="" width="165" height="196" />今日のコンテンツは、商品として機能するために、クラウド・サービスとデバイスが提供する一貫したサービス機能に依存している。出版社が提供しているコンテンツは、著者や印刷本のオーラを取り去れば、実のところまったくの裸だ。それを自覚しないで、コンテンツそのものの価値を主張する心情は理解はできるが、紙と電子の力関係の変化によってビジネス的には通用しなくなっている。これまでアマゾンはこのオーラを積極的に利用してきたので、出版社は気にしないでやってこれたが、オーラが薄れていけば力関係は弱まり、依存（つまり編プロ化）はさらに進む。喩えは悪いが、現状はアマゾンという（シェア７割近い）コンテナサービスに商品のマーケティングからデリバリまでを依存している状況だ。アマゾンは、現代のプロセス管理の基本である、ITによる最適化環境を持っており、日々システムの改善を続けている。</p>
<p>アマゾンにとっての最適化は、個々の出版社にとっての最適化を意味しない。現在の取次システムのような、相互依存的な体制は当てにしないほうがいい。とくに、「出版において絶対に必要なのは著者と読者のみ」というアマゾンのモデルでは、すべては相対化され、つねに鼎の軽重を問われる。あまり居心地はよくないはずだが、慣れるしかない。そして出版社が独自の編集・出版技術のベースをつくるのに与えられた時間は、およそ１年、長くて２年と見ている。ヴェネツィアの印刷・出版業者が、可動活字時代にふさわしい本を開発するには何十年もかけられたが、それは競争相手が旧い技術だけだったからだ。今日の出版社（編集／マーケティング・スタッフ）はWebマーケティングの先端企業にに挑戦し、E-Bookコンテンツのコントロールを取り戻さなければならない。それは現在の「コンテンツ」では無理だ。</p>
<h3>E-Bookにおけるソシアビリティ</h3>
<p>今日のデジタルコンテンツの最大の特徴は、前回述べたように、それがハイパードキュメントであり、Webというハイパーテキスト環境の中にあるということだ。原理的にはこれがE-Bookのソシアビリティを可能とする。この環境の中のすべてのコンテンツは、たんにカタログ化し、ダウンロードできるだけでなく、以下のような性質を持つ。</p>
<ol>
<li>コンテンツとそれに関する人間のアクションを様々な方法で記録・解析することができる。</li>
<li>分解可能であり、また他のコンテンツ、データと統合することができる。</li>
<li>内部にプログラム(スクリプト)を埋め込み、あるいは外部のサービスとリンクすることができる。</li>
</ol>
<p><a href="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/marketing.jpg"><img class="size-full wp-image-3485 alignleft" style="margin-left: 0px; margin-right: 15px;" title="marketing" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/marketing.jpg" alt="" width="150" height="86" /></a>これらによって、<span style="color: #008000;">コンテンツから（単独あるいは集合的に）最大限の価値を引き出す</span>ことが可能となる。その価値は、著者と読者にとっては多様であり得るが、出版社、オンラインストア、広告主などのビジネスにとっては、商業的、金銭的なものが中心となろう。E-Bookビジネスとはそういうものであり、そこでは多くの人が考えるような、<span style="color: #008000;">かつてのモノとして完結性（あるいはそのオーラ）を持ったコンテンツは存在しない</span>といっていい。価値そのものが一定しないように、価値の配分も一定ではない。ましてコンテンツの価格などは、基準があるとすれば、「市場において価値を最大化する数字」とでも言うしかない。100円でも1万円でも、売れなければゼロ。100円で100万売れれば1億円、1万円で1000売れても1000万円ということで、マーケティングしだいだ。</p>
<h4>ソシアビリティの実現：(1) クラウド環境</h4>
<p><img class="alignright size-full wp-image-7770" style="margin-left: 15px; margin-right: 0px;" title="cloud" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/cloud.jpg" alt="" width="183" height="113" />さて、現在のデジタルコンテンツの商品性は、紙の本のオーラと、アナリティクスによるマーケティングによって辛うじて成立していると言える。それは現在の市場の大半を占めるアマゾンとB&amp;NのE-Bookビジネスが、印刷本販売のシステムと実績データを基盤にして、その延長(実際には単純化だが)として(のみ)成立したことが示している。消費者は、印刷本によって本の実体性と価値を確認し、紙かデジタルかのフォーマットを選択する。ユーザーからすると、まずコンテンツを選択し、次にフォーマットを選択するというのは、まったく自然であって、デバイスやフォーマットにあわせてコンテンツを買わせる、ベンダーの一方的発想は不合理を強いるものだ。</p>
<p>アマゾンとB&amp;Nは、ユーザーの行動から最大限のデータを集めることが可能になる（アマゾンはアフィリエイトからのデータも集めている）。集めるデータの種類と量を増やし、そこからマーケティングの最適化のためのモデル（プロセスとルール）を構築すること、そして日常的なフィードバックを通じて改善することが、アマゾンのマーケティングであり、通常の宣伝広告ではなく、ここに投資を集中している。これこそがアマゾンの競争優位の核心であり、デバイスやクラウドサービスは、これと連携することで力を発揮するようになっている。</p>
<h4>ソシアビリティの実現：(2) コンテンツの拡張</h4>
<p><img class="alignright size-full wp-image-7771" style="margin-left: 15px; margin-right: 0px;" title="intelligence" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/intelligence.jpg" alt="" width="235" height="137" />すでに日本においても(印刷本だけで)最大の書店となっているアマゾンに、書店としてまともに対抗することは、かなり難しい。日本の書店は膨大な消費者に膨大な本を売ってきたが、<span style="color: #990000;">個客</span>のデータを持たず、商品管理はしてもデータをマーケティングに利用する体制などはできていない。しかし、可能性はある。出版社と協力して、コンテンツに即した<span style="color: #008000;">E-Book独自のコンテクスト機能を発達させることで、紙の本に依存しないソシアビリティを、E-Bookで実現する</span>のである。</p>
<p>紙の「コンテンツ」をアマゾンその他のコンテナに収納しただけのE-Bookは、手も足も持っていない。すべてをコンテナサービスに委ねているに等しいのだ。この状態では、<span style="color: #990000;">ビッグデータ</span>を操るアマゾンのITパワーだけが威力を発揮する。ユーザーを通して市場を解析するアマゾンのシステムは、本から出発してその他の物品やコンテンツに広げていけたように、規模が大きくなるほど絶大な力を発揮する。</p>
<p><a href="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/intelligence2.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-7772" style="margin-left: 0px; margin-right: 15px;" title="intelligence2" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/intelligence2.jpg" alt="" width="108" height="108" /></a>しかし、コンテンツに<span style="color: #990000;">インテリジェンス</span>を持たせればどうだろうか。<span style="color: #333333;">コンテンツが、読者(ユーザー)と「対話」することによって、マーケティング・データを出版社（あるいは出版社と読者と著者）にだけ集めてくるような仕組みを持てば、オンラインストアが持つ力を相対化することができる</span>だろう。上述したように、<span style="color: #008000;">E-Bookのコンテンツは、分解／統合が可能であり、インテリジェンスを持つことが出来るという重要な特徴がある</span>のだ。コンテンツが高度化すれば、ストアのクラウドサービスと出版社の力関係は逆転する。こうしたことは、故ジョブズとアップルも気づいていたし、アマゾンも気づいていた。だからこそ、前者はiBooksよりもiOSアプリを重視し、後者は出版とメディアビジネスに進出しているわけだ。出版社はデジタル時代の「出版編集技術」を早期に、独自の仕方で確立する必要がある。出版社はアマゾンに勝つ必要はないが、生き残り、出版活動を豊かなものにする必要はある。 （鎌田、2011-12-11）</p>
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		<title>EPUB戦記(9)：市場の要求とタイムリミット</title>
		<link>http://www.ebook2forum.com/2011/12/epub3-commentary-9-market-maturity-and-standardization-deadline/</link>
		<comments>http://www.ebook2forum.com/2011/12/epub3-commentary-9-market-maturity-and-standardization-deadline/#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 06 Dec 2011 16:14:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Editor</dc:creator>
				<category><![CDATA[Editors' Note]]></category>
		<category><![CDATA[EPUB3 Commentary]]></category>
		<category><![CDATA[Log Book]]></category>
		<category><![CDATA[EPUB]]></category>
		<category><![CDATA[EPUB戦記]]></category>
		<category><![CDATA[国際標準化]]></category>

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		<description><![CDATA[前回述べたように、コンソーシアムの標準は「市場」の動き出すのを待たず、その1年以上前から（ニーズが把握できた時点で）着手されるものだ。遅すぎれば市場に出てくる製品やサービスに無視され、早すぎれば技術的環境が変わってしまう [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img class="alignleft size-full wp-image-7507" style="margin-left: 0px; margin-right: 15px;" title="EPUB_senki_logo" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/EPUB_senki_logo.jpg" alt="" width="120" height="120" />前回述べたように、コンソーシアムの標準は「市場」の動き出すのを待たず、その1年以上前から（ニーズが把握できた時点で）着手されるものだ。遅すぎれば市場に出てくる製品やサービスに無視され、早すぎれば技術的環境が変わってしまうリスクが増す。EPUB3の活動が集中した2010年は、市場が動き始めており、アマゾンばかりが目立っていた2009年までとは状況が一変していた。E-Bookの標準フォーマットは重要な意味を持つようになった。<span id="more-7745"></span></p>
<h3>2009-10年は出版の歴史における大転換点</h3>
<p><img class="alignright size-full wp-image-7748" style="margin-left: 15px; margin-right: 0px;" title="turning point" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/turning-point.jpg" alt="" width="126" height="126" />書店最大手のB&amp;Nや、オンラインビジネスの巨人であるアップル、Googleが動いたが、何よりも出版界が、それまでの慎重姿勢を捨て、全体として動き始めた。無風状態が続き、最後までデジタルとは無縁と考えられてきた業界である。これは多くの人の予想を超えたことだったろう。EPUB3への期待は、それ以前とは比較にならないほど大きく、しかも急速に膨らんだ。市場はイノベーションと急成長の歴史的転換点にさしかかっていたのである。IDPFの主要メンバーの一角を占める世界の大手出版社は、遅くとも2010年はじめには、E-Bookが（紙と並んで）出版の主要なフォーマットとなることを実感した。そしてE-Bookには紙の本を簡便に提供する以外にも大きな可能性を秘めていることを理解した。1960年代のペーパーバックの登場による書店チェーンの成立以来の、いやそんなものではない、グーテンベルク以来の歴史的イノベーションが、これから一世代のうちに起きようとしている。2009年には少数派だった、こうした見方は、2010年にはコンセンサスとなって、ほとんどの出版社で取組みが始まった。</p>
<p>米国市場において、この認識の変化をもたらしたのは、なんといっても不況下で停滞する印刷書籍を尻目に、年率150%を超すE-Book市場の成長であり、E-Bookの制作と管理の容易さ、それがもたらす高い利益率だ。これらは以前から言われていたのだが、実感しないと分からない。E-Bookは、出版社にとって成長事業であり、ロングテイルからマスマーケットまでスケーラブルに対応できる理想的な商品でもある。ただ、印刷書籍市場を急速に瓦解させる可能性があることだけが懸念材料だった。日本と事情が違っていたのは、心理的に依存すべき印刷本の再販価格維持制度を持たない一方で、E-Book市場の離陸に必要なすべての課題を、アマゾンがクリアしており、コンテンツさえ十分に揃えば、消費者が選んで購入できる流通環境が整っていたことだ。</p>
<h3>“前門のアマゾン、後門のアップル”からの自由を保証する標準</h3>
<p><img class="alignleft size-medium wp-image-1999" style="margin-left: 0px; margin-right: 15px;" title="Kindle2_On_Book" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/Kindle2_On_Book3-300x89.jpg" alt="" width="300" height="89" />しかし、そのアマゾンはEPUBではないMobiという独自のフォーマットを採用していた。同社はその上でコンテンツやE-Bookの読み進み状況などに関する情報を、他のKindleやKindleアプリと共有できるWhisperSyncのような高度なサービスを提供しており、出版界はこれにロックインされるリスクがあった。デバイスに依存しないで高度なサービスを提供するには、Webの最新標準を使い、アマゾンに近い&#8221;2.0&#8243;的なサービスを提供できるようにする必要があるが、こうした標準は、メーカーやオンラインストアだけに関係するものではなくなった。企画・制作と流通の境界がはっきりしないデジタル時代では、標準がなければ出版社は市場の支配的プラットフォームに依存するしかない。</p>
<p><img class="alignright size-medium wp-image-3886" style="margin-left: 15px; margin-right: 0px;" title="IPad" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/IPad2-199x300.jpg" alt="" width="139" height="210" />そして次に、アップルのiPadがある。2010年春に登場したiPadは、タブレットの市場を創造し、瞬く間にメディアとして定着させた、電子ペーパーによる、違和感のない読書体験とは別の、拡張E-Bookの真価と可能性を、これも疑問の余地がない形で示し、安い価格で普及させた。拡張E-Bookは教育コンテンツでは標準的な機能となることは容易に予想された。アプリの開発においてiPadやiPhoneが採用するiOSに依存すれば、それはアップルの統制下に入ることを意味する。通常のE-Bookで70%あまりのシェアを持つアマゾンと同様、タブレット市場で90%近いシェアを持つアップルも、出版社にとってはパートナーであると同時に警戒すべきライバルという両面を持っていた。対抗策は唯一つ。<span style="color: #008000;">Webの標準技術を使って、E-Bookのすべてのニーズに応えるE-Book標準を構築すること</span>、つまりIDPFの方向だ。</p>
<p>しかし、EPUB3が土台とするHTML5+CSS3は、現在でもなお成熟途上の標準で、様々なレベルの技術が混在し、何でも出来そうな反面、互換性、相互運用性の点では、平均的技術者が安心して使える（いわゆる「枯れた」技術）ではない。標準化にはじっくり時間をかけているわけにはいかないので、取り扱いには、かなりの細心さと大胆さ（つまりは経験）を必要とした。市場の動きからみて、2010年中には方向性を確定させ、2011年春には仕様を完成させ、秋には最終承認を得て制式化する必要があったと思われる。IDPFはこれをクリアして市場の期待に応えた。</p>
<h3>日本にとっては出版の21世紀への最終列車だった</h3>
<p><img class="alignright size-full wp-image-7749" style="margin-left: 15px; margin-right: 0px;" title="deadline" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/deadline.jpg" alt="" width="144" height="144" />さて、こうした状況から考えると、EPUB3の最大の課題は、アマゾンとアップルという市場のリーダーの独自フォーマットに依存せずに、同等の機能をWebの技術を使って実現できるオープンな標準を提供することであったと言い切れる。フォーマットというと、日本での関心は組版に集中したのだが、国際的には文字組みの問題は一部に過ぎず、しかも縦組ゃルビなどの必要性について共通認識があったわけではない。欧文に関しては、異なる組版フォーマットの相互変換の問題はほぼ解決済みと言ってよく、アマゾンも多くの出版社からEPUB2での入稿を受け容れていた。「構造＋スタイル」の指定というやり方は、どんなフォーマットでも変わりはない。アマゾンは最近、MobiからHTML5+CSS3ベース（といって完全にEPUB3ではない）のフォーマットに移行すると発表したが、こうしたことは、問題なくできる。標準があれば、メーカーは「付かず離れず」のスタンスをとることが多い。</p>
<p>しかし、商業出版における縦組を必須と考える日本では、それが出来なければ、いかにEPUB3が新世代の標準でも受け容れる気配はまったくなかった。逆に言えば、「EPUB3に縦組」というのは、日本が21世紀の出版に乗り遅れないためのラストチャンスと言えた。失敗すれば、「縦組をとるか、EPUB3をとるか」という困った選択が待っていた。（鎌田、2011-12-07）</p>
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