キーワード:オーディエンス

audience2欧米の出版ビジネスの世界で「オーディエンス」という言葉が頻繁に使われるようになったのは、やはりインターネット時代に入ってからのことだ。これはメディアの変化により、出版と読者を再定義する必要から生じたもので、デジタル時代の出版を理解するための最も重要な鍵といえる。

デジタルの「読者」は“状態”

日本では 'audience' の訳語として通常は「観客」が充てられているが、これはシアターやスタジアムなどイベント空間との結びつきが強すぎる。メディアについては、観衆(イベント)、鑑賞者(美術)、聴衆(講演)、視聴者(放送)、ギャラリー(ゴルフ)、プレーヤー(ゲーム)などと使い分ける。新聞・雑誌・書籍のでは「読者」だ。もちろん、こうした使い分けは英語圏でも存在したのだが、情報のデジタル化とインターネットの普及につれ、メディアのターゲットを汎用的に表現するものとして、オーディエンスが定着してきた。上述の区分が意味を持たなくなったためである。

unknownデジタル環境では、動画、ゲームなどは機能/環境なので、コンテンツのタイプと使い方によって、人はすぐに読者にも視聴者にもプレーヤーにもなる。使い分けは意味を失い、結局「オーディエンス」という汎用的な名称を使うしかなくなった。しかし、日本の場合は「観客」とするわけにはいかない。英語のオーディエンスとは別概念で、公共空間における「客」に重きが置かれてしまうからだ。中国語では「閱聽人」を使うが、これも日本語と同じ問題を抱える。

本誌でも「読者」が最適ではない場合には(当面)オーディエンスを使う。おそらく文学理論コミュニケーション理論カルチュラル・スタディーズのほうで使われるオーディエンスからの借用だろうが、学術的に検討され、定義されている。こうした人文系の言葉に親しんでいない理系の人は「ユーザー」を濫用するのだが、これは特定のシステムかサービスを指す場合にはよくても、コンテンツを議論する場合には使えない。例えば、無料版、海賊版をダウンロードして読んだ読者はりっぱなオーディエンスだが、ユーザーではない。また『ハリー・ポッター』のオーディエンスは、書籍ばかりでなく、映画やゲームにも広がっている。オーディエンスはメディアの区分を越えている。

Web 2.0とともに登場したオーディエンス

ここらでまとめておきたい。オーディエンスの特徴は以下のようなものだ。

  1. メディア体験(見る・聴く・読む…)を共有した公衆
  2. かつてのように匿名で属性不明の存在ではない
  3. おカネを出した「客」かどうかは無関係
  4. 批評・評価・推薦など、なんらかの意思表示が期待されている
  5. エンゲージメントのレベル・形態は任意である
  6. ソーシャルな情報発信力が(その影響力故に)重視される
  7. あるコンテクストにおいては商業的=金銭的価値を持つ

Digital-marketing-more-customisedお分かりのように、これは幻の存在ではなく、現実的なマーケティングの対象だということだ。かつての「読者」のように、目に見えない静かな存在としての「読者」、ただ売れた本の部数で把握される読者の時代は終わった。オーディエンスはWebを通じて絶えず対話すべき相手だが、それはエンゲージメントを獲得することで長期的なコンテンツの価値を最大化するためだ。「読者」は紙とともに終わり、オーディエンスがWeb 2.0とともに登場した。デジタル時代の出版には売れた冊子の数よりエンゲージメントのほうが重要だ。

一例を挙げよう。世界的大ベストセラー『アルケミスト』を書いたブラジルの大作家パウロ・コエーリョはこのベストセラーのPDFを自分のブログや海賊サイトにまでアップロードしている。インドでは子供たちがコピーして印刷版を自作し、通りで売っているが、彼らを助けるためだ。彼はそのことでオーディエンスを拡大しエンゲージメントを高めることが出来たし、もちろん全体の売上にもプラスになっている。彼はロシアでもそうして成功した。著作権はオーディエンスとエンゲージメントを害しない限りにおいて許されるものに過ぎないといえよう。

出版やメディアの関係者は、まだ18世紀に生まれた歴史的「読者」を想定している。それではデジタル・マーケティングは使えない。今日のマーケティングはオーディエンスを持続的な顧客/消費者/サポーターとして管理するものだ。 (鎌田、03/19/2015)

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