メルク・マニュアルが印刷版を廃止

Merck_manuals大手医薬品メーカーのメルク社は6月17日、1899年以来、ほぼ5年毎に発行・販売を続けてきたMerck Manuals 印刷版を全廃し、オンラインのみとすることを発表した。同マニュアルは全世界数百人もの独立した医療専門家によって執筆され、権威ある医学書として全世界で数百万部も販売されてきた。「使う本」としての印刷物は、消えていく運命にあるようだ。

医学百科のベストセラーのデジタル化

メルク・マニュアルは“診断と治療のスタンダード”として全世界で利用され、日本でも家庭版・医学百科とともに翻訳・刊行されてきた。医療機関用は3,000ページを超える。日本では、日経BPが発行(18版まで)していた。MSDが提供している『メルクマニュアル医学百科 家庭版』はすでにオンラインのみ。印刷版メルク・マニュアルの消滅は百科事典のオンライン化と軌を一にすることと言えよう。

ロバート・ポーター編集長のコメントによれば、印刷物として存在していた Merck Manuals はサイトになり、それに伴って刊行年を示す版(Edition)を廃止。医療従事者向けのプロフェッショナル・バージョン(PV)と患者や介護者など平易な説明を提供するコンシューマ・バージョン(CV)の2種類が提供される。サイトでは、ニュースが毎日更新され、「ニュースへの視点」として、医学・医療における最新の話題を専門家が様々な角度からコメントする。クイズや医薬品情報、薬品検索、副作用情報、図版、アニメーションも多数掲載。

PVは、新たに対話型の事例研究や「ハウツー」ビデオを提供。事例研究は対象者によって難易度を変え、学生や医療従事者が臨床技能をチェックできるようにする。ビデオは最終的に全診療科目の臨床検査のデモ・ビデオを提供する予定。これらは文章では記述/読解が難しいものだ。このほか、手術室の外で行われる130の医療処置の簡潔な解説ビデオが提供される。CVには、症状別の応急措置情報、自己診断ツールや計算表などもある。PV/CVともに登録なし、無料で利用することが出来る。広告は一切掲載しない。

huge_book一般消費者版だけで200万部以上を発行・販売。最終版となった2011年版(第19版)もベストセラー・リストにランクされていた代表的な企業出版物だが、製薬会社の情報提供活動において印刷物の出版という形態がもはや適さないことを示すものといえよう。先週号の米国陸軍の事例のように、紙からデジタルへの移行は加速している。理由は以下の3点だろう。

  • 制作、印刷、配布。更新に膨大なコストがかかること
  • 動的情報(ビデオ、アニメ、クイズ等)が扱えないこと。
  • 読者からのフィードバックが取れないこと

他方、現時点でE-Book版を提供しないのは、Webと同等の機能性を提供するフォーマットとプロセス、更新ルールなどが確立していないためと思われる。それさえできれば、WebからE-Bookへの変換は難しくない。また、マニュアルを細分化したりテーマ別に再編集したりすることも容易にできるだろう。

企業・政府出版物のデジタル化は、通常の印刷メディアの衰退を促し、中期的に商業出版の印刷本発行にも影響を与えるだろう。とくにマニュアルと同様な、「使う本」としての性格が強いテキストや参考書、レファランスなどではコストが上昇し、デジタルへの移行が促進される。日本ではユーザーが通常、編集・制作機能を持たないので、印刷会社に外注されている場合が多く、中国などで印刷・製本まで行っている例も少なくない。WebやE-Bookの外注はオーバーヘッドが多くなるので、体制の構築が遅れている。企業や行政機関の出版(情報発信)能力の相対的な低下は、国際競争力の低下と結びつく。デジタル出版の体制構築は産業界全体の問題である。 (鎌田、06/23/2015)

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