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	<title>EBook2.0 Forum&#187; SigDD</title>
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		<title>7th DDシンポジウム視聴記 (1)</title>
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		<pubDate>Sat, 28 Nov 2009 11:14:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Editor</dc:creator>
				<category><![CDATA[Documentation]]></category>
		<category><![CDATA[Technologies]]></category>
		<category><![CDATA[DITA]]></category>
		<category><![CDATA[SigDD]]></category>
		<category><![CDATA[テクニカルコミュニケーション]]></category>

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		<description><![CDATA[ドキュメントにおける構造と機能の再定義を目指して 11月27日、東洋大学で開催された情報処理学会・デジタルドキュメント研究会に参加する機会を得た。筆者には懐かしいテーマだが、長らく離れていたので「コールドスタート」となる [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h3>ドキュメントにおける構造と機能の再定義を目指して</h3>
<p><img class="alignleft size-full wp-image-584" title="sigDD_1" src="http://www.ebook2forum.com/wp-content/uploads/sigDD_1.jpg" alt="sigDD_1" width="168" height="109" />11月27日、東洋大学で開催された情報処理学会・デジタルドキュメント研究会に参加する機会を得た。筆者には懐かしいテーマだが、長らく離れていたので「コールドスタート」となる。終日人の話を聞くという（今月２回目の）“修行”の成果は、テーマも関連（UXとTC）していただけに満足すべきものだったと思う。その一端をお伝えしたい。(鎌田)<span id="more-576"></span></p>
<h4>はじめに：ドキュメントは「世界」の縮図</h4>
<p>ドキュメントのようなテーマは「世界」そのものと言ってよく、何年も続けていると筆者程度の頭脳容量では、パラノイヤか不感症になる。ドキュメントは<span style="color: #cc0033;">知識の構造を扱う科学<span style="color: #333333;">の対象</span></span>であり、専門性で支えられた<span style="color: #cc0033;">職業やテクノロジーの対象</span>（飯のタネ）でもあり、同時に才非才、聖俗、賢愚、デジアナ問わず雑多な人間 (集団)の<span style="color: #cc0033;">コミュニケーションを媒介する社会的機能</span>を担う関係で、世界に対して開かれている。つまり誰からも、どこからでもケチをつけられる居心地の悪さもある。逆にいえば、学会の最前線、社会とのインタフェースというわけで、その都度ルールを決めないと議論もできない異種格闘技戦なのです。好奇心のある人には、これほどスリリングでおもしろい対象はない。</p>
<p>さて当日の中心的なトピックは<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/Darwin_Information_Typing_Architecture" target="_blank">DITA</a>。9月の<a href="http://www.designit.jp/archives/cat74/forum_2009/" target="_blank">DESIGN IT! Forum</a>でもフォーカスされたDITAを別の角度から考えることもできた。1日聞いているのはキツかったが、何を考えるべきかがかなり明確になったきた。DITAは、過去の膨大な現場の実践、知恵と妥協の産物である。そしてただの標準（歴史的存在であるということ）だ。だから主査の今村 誠氏と<a href="http://sigdd.sakura.ne.jp/index.php?title=%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8" target="_blank">DD研究会</a>がDITAそのものの厳密な技術的検討より、ドキュメント制作の様々な現場から「構造」をめぐる現状を知り、DITAを、そしてその前提であるドキュメントの構造化を考える入口にしようとしたのは正しい（学会にしては非凡な）アプローチだったと思う。</p>
<p>1日を通して得た結論は、パネル動論の最後に、<a href="http://www.jtca.org/" target="_blank">テクニカルコミュニケーター協会</a> (JTCA)の雨宮 拓さんが会場から発言した― 「ドキュメントの<span style="color: #cc0033;">構造化</span>について、現在のドキュメントの実態に合わせた再定義が必要な時代を迎えていると思います。」に尽きている。ドキュメントにとって構造は本質だ。これまでうんざりするほど議論されてきた。しかしそれが現実の<span style="color: #cc0033;">コミュニケーション</span>において機能を果たせるのは、それ自身の構造が外部（社会的構造＝関係）と結びつくことによってである。ドキュメントにおいて構造の話が複雑なのは、むしろその部分であると言ってよい。そうしたドキュメントの持つ社会性を、わが畏友エド・バレット教授 (Edward Barrett, MIT)は、20年以上も前に＜<a href="http://www.amazon.com/Text-ConText-HyperText-Computer-Information/dp/0262022753" target="_blank">Text→ConText→HyperText</a>＞の三段階論で説明した。そしてこの関係は、20年を経てすでに仮想的なものというより、物理的な現実となっているが、われわれはこの現実をまだ扱いかねている。</p>
<p>書籍や雑誌の編集者といわず、テクニカルライターといわず、ドキュメントに携わるプロは、ドキュメントそのものの構造（<span style="color: #cc0033;">ストラクチャ</span>）と社会的な構造（<span style="color: #cc0033;">コンテクスト</span>）の両方に直面しつつ、構造的制約（技術・経済性…）のもとで制作している。デジタルドキュメントの今日的課題とは、まさにこれらの<span style="color: #cc0033;">「メタ構造」を可視化するとともに、様々な目的のための「最適化」の方法と環境を定義する</span>ことであると思われる。ドキュメントの「構造」は目次やレイアウト、要素間の関連に限定されるものではない。なにしろ知識の構造体（システム）なのだから、それは<span style="color: #cc0033;">実用的定義の可能性</span>（モデル化可能性）にのみ制約されている。だから構造について考えるときには、ドキュメントがどのような<span style="color: #cc0033;">現実</span>を相手にしているかを知らなければならない。臨床なき医学、心理学があり得ないように、ドキュメントの研究も、ICTだけでなく、ビジネス／テクニカルコミュニケーション、教育・研究、社会的問題解決（合意形成）など、多様な現実と向き合うところから出発しなければならない。</p>
<p>ドキュメントは、数千年前に文字とともに生まれ、粘土板や石板、骨盤、竹片、木片、そして多種多様な紙に書かれ、巻物になり証文になり、お札や株券になり、印刷されて本になり、電子表示されながら、一貫して「コミュニケーション」の媒体として機能してきた。いまデジタル化が社会のすべての側面に浸透する中で、人間が慣れ親しんできた秩序が失われ、社会と技術の両方が混沌に陥っている。混沌は創造性の母だが、それ自体は破壊的でもある。グーテンベルクが宗教戦争の火種をつくった（かどうかは知りませんが）ように、知識コミュニケーションの混乱は、社会の混乱を長期化させるだろう。ドキュメントにおける構造の再定義は、だから文明的な意義を持つものと言えるだろう。（別に他人に投げようって言うんじゃありません。皆で考えましょう）</p>
<p>さて、この日、聞くことのできた「現実」は、ドキュメントの現場に映し出された混沌を物語っていた。そしてもとめられる「構造」について重要なヒントを与えるものだったと思う。（続く）</p>
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