Google Labsが NY Times、Washington Postと共同で始めたLiving Storiesという実験サービスは、Webによって新聞がどのようなサービス価値を提供できるかを示す画期的なもの。ニュースメディアの新しいビジネスモデルの開発に重要なヒントを提供すると思われる。
参考記事:
Google Unveils News-by-Topic Service, Richard Perez-Pena, New York Times, 12/08/2009
Google, Washington Post and N.Y. Times create news tool: Living story pages’ aim to change views of journalism online, by Howard Kurtz, Washington Post, 12/09/2009
Beyond the Web Page: Google, NY Times and Washington Post Launch News Experiment, by Marshall Kirkpatrick, ReadWriteWeb, 12/08/2009 (著者によるビデオ解説は文末に掲載)
記事へのアクセスではなく、記事そのものを分析的に表示
新聞には社会的イベントの進行に沿ったニュース、解説、論説、投書が掲載され、個々の記事は、見出し、署名、本文、写真 (ビデオ)、図表、引用、人物情報、資料、コメントなどから構成される。新聞による記事の重要性の判断は、見出しのサイズ、本文文字数、紙面上の掲載位置で示される。キーワードの用法も重要だ。新聞のジャーナリスティックな価値(どれだけ重要な「真実」に迫り、それを社会に対して説得力ある方法で提供しているか)はさておくとしても、新聞は実に多くの情報(記事にしなかったことを含めて)を含んでいる。特定のテーマについて、それを数年、数十年の単位で並べてみると、あえて分析しなくても、自動的に浮かび上がってくることは実に多い(いちばん分かりやすいのは、面白いことに記事より広告だ)。
使った人しか分からないが、記事データベースから得られる情報は非常に多い。しかしデータベースの設計と構築、維持管理は非常にカネがかかり、新聞社側のモチベーションも高くなかった。検索エンジンは記事へのアクセス以上のものは提供しない。記事はいわば鉱石のようなもので、精錬して初めて実用に耐え、様々な加工製品の材料としての金属となる。アクセスは第一段階であって、入口にすぎないのだ。記事を見て「事実」を知り、ああだこうだ言って満足する人は、入口で止まっている。新聞社も、基本的にはそうした「大衆」を相手にしている。
米国の高級紙とGoogleが共同で始めた実験は、これまで情報機関や調査機関など多額の予算を持つ組織が独自に行っていた業務を、一般の利用に供するものだ。付加価値は潜在的には巨大だが、現実にはそれを理解する人に依存する。Googleとしては、情報がどのように使われるかを知ることでビジネスモデルが構築できる。新聞社は、ハイレベルの読者層(情報ユーザー)に対して、従来の購読以外のサービスをGoogleと共同開発できる。新聞社はサービスの企画開発に集中し、データベースやユーザーインタフェース、システム管理など巨額の費用がかかる部分をアウトソースできる。とりあえずWin-Winの関係が成立しそうだ。
新聞記事は豊かな鉱脈。精錬すれば新たな価値が生まれる
私事で恐縮だが、筆者は30年以上前に、政策研究において新聞紙面分析を使ったことがある。当時のこととて、縮刷版やマイクロフィッシュを相手に、人海戦術で記事を探し、記事ごとにチェックシートに記入し、データをパンチカードに打ち込んで計算機処理するという、たいへんにコストと時間をかけたものだったが、非常に多くの貴重な情報が得られた。個人的には、新聞記事がどのような事象に感応し、どのようにつくられ、増幅・減衰するのかを知ったことが興味深かった。また、昔は諸事に余裕があったので、毎日10紙あまりの日刊紙を読み、政治・経済・社会・文化・生活に至るジャンルごとにスクラップをつくっていた。年間で30冊くらいは貯まったと思う。いまどきそんな人間がいるとは思えないが、ともかく新聞は政策から学術研究、商品企画、マーケティング、創作活動まで、あらゆることに役立つ情報を提供している。新聞を利用しないで仕事をするなど考えられないほどだ。
問題は、ほとんどの人は新聞を「世間」を知るための窓として眺め、すぐに捨ててしまうことだ。そして蓄積されたもの(データベース)から情報を得る手段は(あっても)非常に高い。記事のクリッピングやクリアリングは、昔から高いもので、会社で予算が工面できなければとても使えなかった。だから、世間は新聞の価値を過小評価している。
Living Storiesは、新聞というものの存在価値を再認識させてくれる。どのような形で提供されるかは不明だが、無料+広告か有料(広告なし)かが選択できるようになればベストだろう。コンテンツの有料・無料問題をめぐり、Googleとニューズ社との対立が続いているが、まだ新聞のデジタル化=Web利用は始まったばかりだ、第1ラウンドで巨大な設備投資を行ってビジネスモデルを確立したGoogleは、イノベーションに対する応分の見返りを得た。しかし転換が容易でない新聞ビジネスは衰退に向かった。マードック氏も言うように、読者に対するサービス価値を新聞社として提供できるビジネスモデルを確立するのは新聞社の仕事なのだ。それだけの蓄積は十分に持っている。(12/09/2009、鎌田)