iPadへの反応は、きれいに2つに分かれている。熱狂と困惑だ。前者はKindleに対抗する「メディアプラットフォーム」として期待し、後者は「ITガジェット」として欠ける部分を見ている。たしかに技術的には“大胆に”ハズしている。シングルタスキングでビジネスには使いようのない iPhone OS。Flashをサポートせず、USBもSDカードスロットもないダルマ状態では、現代のITガジェットに要求される水準から遠いというほかない。「Appleロゴがなかったら、給湯室の話題にもならない」というほどのものだ。
ギークは呆れ、一般メディアは興奮
しかし、『日経ビジネス』オンライン版の井上 記者の記事に横溢する高揚感は、これとはまったく違う風景を描いている。「キンドルは北米中心に、ほかの電子書籍端末と合わせても200万台ほどしか普及していない」のに対して、iPadが圧倒的に優位にあるとまで言ってしまう。
「キンドルを圧倒する表現力と、既にiPhoneとiPod Touch合わせて7500万人が慣れている操作性を兼ね備えるiPadは、キンドルを尻目に爆発的に普及する可能性がある。わずか3年弱で4000万台以上のiPhoneを売ったアップルの実力をもってすれば、初年度に数百万台を出荷することも夢ではない。」
井上記者は何か取り違えている。電子ペーパーとLCDは単純に比較できない。本は必ずしもカラーを必要としない。アップルのコンテンツビジネスは、そのスケールを掴めるだけの材料が示されていない。そして本に関する限り、アマゾンはアップルに対する圧倒的な優位を持っている。本の顧客を知り、膨大な出版社と取引がある。だからこそE-Bookで成功した。少なくとも買いたい本を見つけて購入し、読了するまでのユーザー体験を比較しなければ軽々に言うべきではない。iPod/iPhone に満足しているユーザーがiPadも買ってくれる保証もどこにもないのだから。デジタルになっても、本はそう軽いものではない。
ちなみに、日本のメディアには「カラー」信仰があるようで、E-Readerもカラーにならないとダメといった記述があちこちに見られる。あまり本を読まない人が書いているのだろうか。現在どのくらいの書籍がカラーだというのか。そもそも言葉でイメージを羽ばたかせる読書体験に「カラー」がどの程度の価値を持つか、考えたことがあるのだろうか。雑誌や新聞がカラーを使う理由の半分は広告のためだろう。
「われわれはKindleの肩の上に乗っている」とジョブズ氏が言ったことを忘れてはならないだろう。アマゾンはアップルのビジネスモデルの妥当性を彼らの市場で証明した。しかし、アマゾンは本だけでなく、生鮮食品まで扱う「ユニバーサル・プラットフォーム」を一貫して志向しており、デジタルコンテンツでは本を起点にゲームや音楽、ビデオへと拡大していくことは必然だ。Kindle がいつまでも白黒だけだと思ってはならず、カラー化し通販カタログになる日も遠くないと考えるべきだ。アップルやGoogleの市場で激突するのは必然的と言える。iPad はそうした意味で防御と攻撃という2つの側面を持っている。すくなくともアマゾンへのジャブは確実にヒットした。アップルのダルマが、しかもコンテンツなしで。
何ができるかではなく、できないかに注目
ジョブズ氏は今回初めて、いわゆるギークはおろか、アップルデザインの創造力に期待する層の期待まで裏切った。それでいて一般メディアの絶賛を浴び、保守的な消費者の興味を得ることを確信できるのは心憎いが、こうした仕様になったのは(われわれが予想した通り)ターゲットをファミリー市場とメディア業界に絞ったためだ。優良=有料コンテンツをダウンロードして再生するのに、I/Oは3GとWi-Fi、Bluetoothで沢山。Flashビデオなど見て欲しくはないメディア業界は、Flashなしを歓迎する。そしてビジネスには使えないということが、家庭に安住できる条件になる。デザインが平凡なのは、人に見せびらかす必要がないからだ。クリエイティブに使いたい人は、Macを買うか、次に出す別のタブレットまで待てばよい。
アップルの意図を確認しておこう。ハードウェアだけでみれば、iPadは iPhoneの“大画面版”として2年前に出すこともできた。だから技術ではなく、この2年間に起きたことに注目すべきだ。それはアップル内部では AppStore の成功、外部ではアマゾン Kindle の成功とGoogleのブックプロジェクトだ。IT業界では注目されない旧活字媒体の代表と言える「本」が潜在的に大きなビジネスとなり得ること、少なくともその重要な一部であることが実証された。しかもメーカーとしての実績もなく、チャネルも持たないにもかかわらず、進出への障害にならなかった。つまり、アップルが iTunesで確立したプラットフォームは、顧客ベースさえあれば“コピー可能”であることも実証されたのだ(このことはもっと注目されてよいはずだが、ものづくりの国では軽視されている)。アップルは「クール」を追求する従来の顧客層の外に市場を広げる必要が生じたのである。
アマゾンへの攻撃という側面で言えば、とりあえず Kindle の損益分岐点を引上げることに成功し、出版社の関心と期待を集中させることに成功した。ただ、これがE-Book市場での iPadの優位を確立したものでは全くない。そして、アップルには他の電子書店と同じ土俵で勝負する理由はない。数百万冊の品揃えや低価格などは考えていない。アップルは高級デジタルコンテンツストアを目ざしている。メガストアのアマゾンと、顧客層や品揃えが同じになることはない。アップルはアップルの、アマゾンはアマゾンの「ショップ体験」を提供する。しかし当分の間、 “A vs. A”が焦点となり、現実にE-Book市場にはすでに影響が及んでいる。だから両者を比較する意味がないわけではない。 (つづく。鎌田、1/31/2010)
→Kindle vs. iPad (2):交錯するプラットフォーム
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