はしゃぎすぎというか、iPadについてはあまりに乏しい材料に対して、あまりに礼賛記事が多い。明らかにKindleを圧倒してほしい大手出版社の願望が混じっているようだ。こういう時は、事実を正確に評価し、同時にテクノロジーとビジネス、マーケットの3つの面から、iPadとKindleがそれぞれ何にチャレンジしているかを見極める必要があると思う。少々退屈かもしれないが、お付き合いいただければ幸いである。
まだiPadの実力を評価できる材料はない
予想通り、iPadへの反響は大きかった。しかし、Googleの Nexus One だってそうだ。発売前の大ヒットというわけで、1ヵ月で8万台と予想したアナリストは誰もいなかったろう(筆者も10万を切るとまでは考えなかった。まさか社員と家族だけ?)。故意か怠慢か、メディアやアナリストはしばしば重大な(単純な)問題を見逃す。Googleの場合は、巨大な「ユーザー」とアカウントを有しながらも、同社が形のあるものを売った経験がないことを無視した。E-Readerのようにシンプルな専用端末と違って、スマートフォンはPCよりも複雑でトラブルが多いことを無視した。
アップルの場合はどうか。人は iPhone/iPod の成功の延長で iPad を考えている。しかし、ガジェットのデザインについていえば、「大は小を兼ねず、小は大を兼ねない」のが基本だ。現在のApp Storeのライブラリがそのまま移行できるほど、iPad 用のコンテンツやアプリケーションは甘くない。ほとんどゼロから開発しないとだめだと思った方がいい。CPUも、チップセットも違う iPad では、OSこそiPhoneでも、開発者は「大画面」に必要な密度と深度、凝ったインタラクションに挑戦しなければならない。さもないと(お笑いタレントを大画面TVで観るように)大画面ほどちゃちなものに見えてしまうからだ。挑戦の意欲は、iPadの出荷台数と開発の難易度(開発環境に依存)、他のタブレットとの比較で決まる。ソニーのPS3はいまだに開発しやすいマシンではない。
通信の問題もつきまとう。大容量のデータを扱うのに必要なG3のサービス品質が気になる。現在の iPhoneの最大の不満が通信に関するものだからだ。にもかかわらず、27日の発表では iPhoneで評判の良くないAT&Tしかなかった。キャリアによって周波数帯は違うので、マルチキャリアに対応することでコスト高になるのを避けたのだろうが、ここでもアップルの慎重な姿勢がうかがえる。iPad のライバルは、室内ではテレビ、外では iPhone/iPod だが、いずれに対しても優劣は通信サービス品質に依存する。G3よりもG4サービスで真価を発揮することになるものだと思われる。
もちろん単純なメディアやアナリストたちと違って、iPad の難しさはジョブズ氏は百も承知しているに違いない。9年ほど前のマイクロソフトの失敗のことも忘れていない。アップルはタブレットの開発に10年以上はかけているのだ。むしろ、だからこそ機能も性能も、広げるのでなく絞り込んだ。未公開の仕掛けもいろいろと用意してあるに違いない。それが開発者を刺激し、支援するものであることを期待するばかりだ。しかし、現在の App Store のアプリ14万本があるからいきなり700万台も売れると考えるのはどうかと思う(旧OS対応アプリは iPad上の小画面で稼働することになるだろう)。
そもそも顧客層は「ファミリー」なのだ。仮に若者に売れたとしても、iPad に最適化した、高品質なアプリケーションが登場する2011年以降までは退屈していなければならないだろう。それはアップルにとってもまずい事態だ。それを避けるための高品質でシンプルなコンテンツ(名画コレクションのような)やSkypeを超えるビデオカンファレンス・ツールは用意してあると思うが。
iPad はKindle を「殺す??」「殺せない??」
さて、前置きが長くなったが、われわれにとっての目下最大の関心事は、iPad vs. Kindle だった。iPad によって大手出版社からアマゾンに「値上げ要求」の狼煙が上がったことに快哉を叫ぶ人がいる。まるで悪代官に苦しめられた百姓のような扱いだ。だが値上がりで失望するのは消費者だ。アマゾンはこれまで短期利益を犠牲にしてでも市場を創造してきた。$9.99という価格は、出版社にとって忌まわしい数字でも、消費者にとっては新しい市場の象徴で、そのぶんKindleの付加価値を示すものだったのだ。アマゾンは、E-Bookの価格というものを「適正」な価格で売っている。紙をデジタル化しただけのE-Bookには紙の3分の1の価格が妥当だ。大手出版社が「団結」して価格カルテルを結ぼうとすれば、明らかに法律問題になるだろう。
ジョブズ氏が電子書籍のデモをするのを見て、Kindleなんて…と思った方も多いだろう。しかし Kindle 2はサイズも形も「本」に最適化されている。プレゼンは知らず、読書に必要なのは他人に見せびらかした時のインパクトではなく、自分にとっての読みやすさなのだ。読むのはページであってブックカバーではない。
NT Times の2つのコラムが、それぞれ「iPad が Kindle を殺せない3つの理由」「iPad が Kindle を殺す3つの理由」を書いているのはとても面白かった。アップルの関係者を除けば誰も堂々と手に取ったことのない iPadを、デモとスペックだけで200万のユーザーを擁する Kindleと比較するのはどうかと思うが、これが編集というもの。しかも対立しているようで、どちらも一理ある。簡単にチェックしてみたい。
まず「殺せない」派のブラッド・ストーン (Brad Stone)記者から。
- Kindle は愛書家のためのガジェットだが iPadは違う:年に2冊しか読まない連中は iPadだろうが、それはKindleのマーケットではない。愛書家は集中できる環境を必要とし、読書中にメールやTwitter、ニュースなどがちらつくのを嫌う。
- Kindle も進化する:カラー電子ペーパー、高精細化、応答の高速化など、アマゾンのラボも Kindleの研究開発に力を入れている。
- Kindle ストアはこれからも成長する:アマゾンは賢明にもE-Reader部門とKindleストアを分離したが、後者はPCやスマートフォンなどマルチプラットフォームに対応する。もちろん iPad/iPhone/iPod Touch にも対応する。
では「殺す」派のニック・ビルトン (Nick Bilton)記者は何と言うか。
- コンテンツは変化するが Kindleは対応しない:Kindle は、ビデオや自動更新など、動的なコンテンツに致命的に弱い。「読む」という体験は、静的な字面を追う以上のものになっている。Kindleはデジタル時代の新しい話法 (storytelling methods)に対応しない。iPadは幅広いデジタルコンテンツに対応する。
- Kindleの進化は iPadに追いつけない:Pixel Qiを使ってカラー化するにしても、現在のOSでは無理で、アマゾンの開発力では手に余る。
- 専用端末としてはKindleは高すぎる:iPad のローエンド機と差のない Kindle DXは完全に影が薄くなった。アマゾンの選択肢としては、Kindleのパフォーマンスと機能を強化するか、逆に思い切って100ドルに下げてしまうことだ。
ビルトン記者はさらに、アマゾンが iPhoneで提供しているストアの品揃えとリーディング・アプリケーションはE-Bookに関する限り他を凌いでいると評価し、iPadでも成功するだろうと結んでいる。そういうことだ。両者は殺しあうことなく共存する。
いずれも鋭い考察だ。単純な「垂直統合」的未来を想定する人には分かりにくいだろうが、アマゾンは本を売ることにかけては圧倒的に強い。顧客を持ち、顧客を知っているからだ。KindleはE-Bookの市場を開拓し、出版界のパワーバランスを変えるために不可欠のものだったが、それが完全になしとげられれば、専用E-Readerにこだわる必要はない。コアビジネスに戻ればよい。しかし、Kindleは市場の主導権を握り続けるためにまだまだ必要だろうし、当分は形を変えて進化すると思われる。カラーと低価格化の両方で。 (鎌田、02/09/2010)
追記:アップルが本の価格を護りたい出版社の味方だと勘違いしている方に、iPadがアマゾンの「トロイの木馬」であるという観方を紹介しておきたい。アップルとアマゾンのビジネスモデルは必ずしも対立するものではなく、それどころか補完するものでもある。
[前回記事] Kindle vs. iPad (1):熱狂と困惑
参考記事:
「Apple iPadがAmazon Kindleに勝つ10の理由」 by Ben Elowitz、TechCrunch (J)、1/29/2010
「『活字のKindle』vs『マンガのiPad』―電子書籍端末の勝者は?」 日経トレンディ、2/2/2010
[…] →Kindle vs. iPad (2):交錯するプラットフォーム […]