前回、鎌田は「版」を中心とした付加価値ビジネスを追求せよという趣旨を書いたが、困難な挑戦であることは間違いない。案の定、中西氏からは「きれい事」というお叱りを頂戴することとなった。泥臭くてもしぶとく時間を稼ぎつつ、印刷業界に有利な形での軟着陸の方法論を示さねばと考える氏は「紙と電子のハイブリッド」を提唱し、過渡的段階でのオンデマンド印刷を重視する。さすが京都人! じつはこのハイブリッドは欧米の出版社の戦略にもなっている。これまでのところ紙が電子に食われるという兆候はないからだ(鎌田、4/18)。この対論もいよいよ核心に入っていきそうだ。
紙と電子のハイブリッド:過渡期に重要なオンデマンド印刷
印刷業界を電子出版ビジネスの実際の担い手と考えていただけるのは大変うれしいのです。しかし、しかしです。印刷業界にとって、すくなくなったとはいえ、稼いでいるのは「紙に印刷」する部門です。何度も主張している通り、デジタル化して、IT化して、生き残れる印刷会社もあるでしょう。しかし、おそらくその数はあまりに少ない。元々、ITをビジネスにできる印刷会社がもともと多くない。しかも、デジタルコンテンツの作成といったビジネスは、今のところは印刷業界に一日の長がありますが、おっしゃるようにデジタルは参入障壁が極めて低い。コンピュータ一台でいくらでも参入できる分野です。とすると、印刷業界でなくてもかまわないということなのです。
だから、「抵抗勢力になって、電子書籍の発展を阻害する」側になってでも、既得権益を守るという発想に陥ってしまう。なぜなら、ITに向かって進むことは、ライバルも多く、また多くの新たなことを学ばねばならない茨の道ですが、既得権益擁護の戦いは孤独かもしれないけれど、武器がある。版面権などで闘うことは無意味だと鎌田さんはおっしゃいますが、法律を徹底的に駆使すれば、電子書籍側に余計な手間をとらせることはできます。前に進もうとする電子書籍に訴訟や政治利用などの手かせ、足かせをはめれば歩みを遅らせることはできます。
昨年、話題になったGoogle書籍検索問題だって、Googleは、結局世界中から反発をくらって、英語以外の全面文献検索はあきらめざるをえませんでした。われわれはGoogleにいきなり公開をつきつけられて面食らったのは確かですが、Google側にしてみれば、あっさり金を払ってすむはずのアメリカでの集団訴訟が、思いもかけず世界中から面倒な反論や反訴をおこされて半端ではない手間をかけざるをえなくなったということです。逆に言えば、既得権益を握る側が徹底的に反抗する気になれば、手間暇と時間をとらせることは可能だと言うことです。最終的に勝つか負けるかはこの際、問題ではない。手間をとらせればよいのです。あるいは、印刷業界は中小業者が多いですから、中小企業振興のためと称して、政治を動かすこともできるでしょう。自民でも民主でも票は欲しいでしょう。
既得権益擁護のために新産業の抵抗勢力として動く実例は日本の産業史上、枚挙にいとまがない。特に農産物輸入自由化に対する農業団体の抵抗はすさまじいもので、その結果農業団体はかなりの譲歩をかちとっていきました。結果として、それが日本の農業の真の振興になったのかは、ここではあえて問いません。ただ、抵抗勢力として闘うことは政治の問題であって、最終的な理想とはなんの関係もないということです。
もちろんこんな闘争は不毛です。こんなことをやれば、日本の電子書籍は世界から10年20年と遅れをとり、取り返しのつかないことになるでしょう。私はすくなくともこれが不毛だと言うことはわかっているつもりです。ただ、業界団体の政治力というのは、そんなきれい事ではすまされない。
「このままでは生き残れないんだよ。だから、みんなでデジタルを学んで、技術力をたかめデジタル時代に対応していこうじゃないか」
と言われて、目を輝かしてついてくる会社だけではない。実際、印刷会社の中で、印刷機しかもっていない「刷り屋」さんはかなりの数存在する。どろどろと、電子の時代に抵抗し、相手の足を泥沼にとらせことだけを考える勢力だっているということです。こんな会社はいずれは淘汰されるでしょう。しかし、淘汰されるまで、大いに障害にはなってくれる。
やはり、鎌田さんのご意見はきれい事に思えるのです。紙の延命、もしくは、刷り屋さんにもなんらかのかたちで、電子書籍の権益を分配してやらねばならないのではないか。これは、現在の本屋さんや取次店に対しても同じことがいえると思います。私には、あの集団が、時代に取り残されて、おとなしく消えていくということを選択するとは思えない。一波乱二波乱あり、その間に日本の電子書籍は一周も二周も遅れる。
まずは、紙の呪縛から解き放たれることを訴えて、デジタル化の道筋をしめす。そして、紙の印刷がまだしばらくは電子書籍と共存できることを保障して安心してもらう。完全にクラッシュするのではなく軟着陸する道筋をしめすのです。本当に軟着陸できるかどうかはわかりません。しかしとにかく軟着陸の方法論をしめさねばならない。そのために、紙と電子のハイブリッドを提唱します。紙でも出版し、電子書籍にもだす。そういった形式の本をふやすことではないでしょうか。
私は、ハイブリッド印刷の可能性が大きいのは、オンデマンド印刷であろうと思っています。オンデマンド印刷はいわばコピーですが、一応、紙を扱うことにはかわりない。今のオフセット印刷とシステムはかなり違いますが、一応「印刷」です。そして、デジタルデータを直接紙に出力するというシステムですから、デジタルデータの取り扱いに慣れていないと使いこなせません。オンデマンド印刷にはいりこむことは、すなわちデジタル技術に習熟することであり、電子書籍への移行も容易になる。本屋も取り次ぎもこれなら生き残れる。
印刷から電子書籍への革命的な変化の激変緩和措置としてオンデマンド印刷をはさむ。このことで印刷業界が抵抗勢力化するのを防ぐ。といった戦略です。
ただ、これでも刷り屋さんのラダイド運動は防げませんが。(04/18/2010)
◇中西秀彦氏プ ロフィール
[…] 「軟着陸戦略」とても味わい深く読ませていただきました。いちばん強く感じたのは「京都」の政治感覚です。なるほど、こういう戦略で千年も生き延びてきたのだなと感じ入りました […]