ブログKindle Nation Dailyのスティーブン・ウィンドウォーカー (Stephen Windwalker)編集長は7月19日の記事で、 Kindle Storeの価格分析などをもとに、大手出版社が求めた「エージェンシーモデル」は早晩崩壊すると述べた。アマゾンはトップシェアを維持しつつ、業界平均 をはるかにしのぐ勢いでE-Bookを販売しており、そこでのトレンドは現在のE-Book市場の傾向を映すと思われる。(近日刊行予定の新しい週刊WebニューズレターEB Magazineテスト版のための記事。)
「アマゾン価格」の妥当性
アマゾンはE-Bookの低価格化を主導しており、3~10ドル(正確に は$2.99~$9.99)の価格設定に応じた出版社に対しては70%のロイヤルティを保証している。このレンジの書籍の割合は着実に増加し、7月中旬時 点で57.66%となっている。推奨レンジの最低価格である$2.99の書籍はまだ構成比で3%台だが急速に伸びている。$2.99以下では経済的にはメ リットはないはずだが、構成比は24%台でむしろ増えているのが興味深い。
Kindle Storeの上位100ではかなり急速な変化が進行しており、有名著者の新刊では$12.99以下が選好され、24点から30点に増加。上位50位中19 点を占めた。$12.99を超える(主にエージェンシーモデル)書籍はわずか数点で、74位以内には入っていない。$10以上の書籍は5月22日以降の約 2カ月弱で確実にに減っている。つまり$10~12.99で4.70%、$12.99 to $14.99で4.12%、$15では5.82%もの減少だ。30%の増収マージンがあるとしても、2ヵ月で5%は読者数の減少とともに警戒すべき数字だ ろう。
Kindle派のウィンドウォーカーは、大手出版社が白馬の騎士と期待した iPad/iBooksが不振であると指摘する。iBooksはiPadの人気アプリランキングでも1位から8-10位にダウンし、ユーザーもすぐにこれが読書には適さないことに気づいた。しかも本を購入するにしても、Kindle StoreがiBooksを10万冊以上も上回っている。「iBooksがiPadでさえKindle Storeに勝てないとすれば…」E-Bookプラットフォームとしての勝敗の帰趨は明らかである。大手は$10ドル以下の市場でシェアを失い、代わって インディーズ系の (DTK=direct-to-Kindle)出版が急速に台頭している、と彼は言う。
少なくとも15年以上本を売っている世界最大のオンライン書店の数字を信用するならば、E-BookにおけるアマゾンモデルとKindle Storeの勝利を認めないわけにはいかないだろう。現時点では。
E-Book低価格化の意味
このトレンドは、E-Readerが普及し、E-Bookの購入層が広がるほど拡大して いく可能性が強い。本に限らず、パソコンでも薄型TVでもなんでもそうだが、流通(つまりは市場)から(当事者にはほとんど暴力的ともいえる)強い価格低下の圧力がかかっている時に一切の抵抗は無益だ。工業製品で価格低下への圧力が生じるのは、低価格商品に消費者がシフトすると、それ以外の商品の採算が急速に悪化するか、シェアを低下させることで市場への影響力を失うためだ。日本の家電メーカーはそれによってトップから転落した。出版業界はこれを(対岸の火事ではなく)他山の石とすべきだろう。
印刷本の出版でも、かつて米国のペーパーバック、日本の文庫・新書という形で価格革命は起きたのだが、これは点数の増加と売場の縮小という流通側の事情に生産が対応したものだった。E-Bookは生産と流通で同時に起きており、E-Bookの価格低下の圧力は猛 烈な勢いで生じるとみるべきだろう。その価格は後ろ向きではなく、前向きに設定すべきだ。つまり、市場を形成するプライスリーダーになるほうが、跡を追う より得るものが多い。
日本に学ぶべき前例はある。関東大震災後も続いた出版不況の中で、倒 産寸前だった改造社の社長山本実彦は、1926年11月、一冊一円、薄利多売、全巻予約制、月一冊配本の『現代日本文学全集』の刊行に社運を賭け、翌月 『尾崎紅葉集』を配本した。自己資金を持たぬ自転車操業的企画だったが、期待を遙かに上回る23万の応募者の予約金23万円が出版資金になり、がぜん頽勢 を挽回した。円本はブームとなり多くの出版社が続いた。(以上Wikipedia「円本」) 当時の1円を現在と比較するのは困難だが、600~800円といったところか。まとまった予約が取れなければとうてい成り立たない企画だった。これに比べ れば、E-Bookを1冊100円で出すことなど、なんの冒険でもない。そこまでさかのぼらなくても、集英社は1963年に『マーガレット』の創刊に際 し、じつに56万部を無料配布している。昔の人は度胸があったというべきか、現在が無気力になったのか。ともかくいまこそ冒険が必要な時だろ う。(07/25/2010)
参考
- Pricing to Fail: Case Studies in Dumb Pricing – Despite Some Bestsellers at $12.99, Agency Model House of Cards May Already Be in Danger, By Stephen Windwalker, Kindle Nation Daily, 7/19/2010