ワイリー氏のOdyssey事件の本当の意味は、出版社の収益モデルの存続が不可能であることを示したことにある。意外にも、出版のビジネスモデルは、他のメディア/コンテンツビジネスとは異なり、むしろベンチャーファンドのようなハイリスク/ポートフォリオ型のものだった。電子化は有名作家の“ハリウッド化”をもたらさざるを得ない。では出版社は?
持続は不可能な伝統的出版のビジネスモデル
ワイリー氏は、Financial Timesとのインタビューで、Odyssey Editionsで名作20点のE-Bookを発売したのは、大手出版社との交渉戦術の一環であることを認めたが、同時に、印税引上げに出版社側が応じなければ、最大2,000点まで拡大させると述べている(彼の顧客は約700人)。予想されたことだが、彼が求めたのは紙と電子のパッケージであったようだ。版元が拒否したことで、とりあえず20点、さらに…という圧力をかけていくことになる。これに対して、Random House、Harper Collinsは強く反発したが、Penguinのジョン・マキンソンCEOは「たいしたことではない」と冷静さを示した。
出版社がデジタルコンテンツを意識するようになったのは1990年代半ばのことである。それ以降、著者との出版契約には電子化権が含まれている。ただし、当時は現在のようなE-Bookは想定されておらず、印税についての記述があるかどうかは不明だ(たぶんないと思う)。したがって、問題となるのは3つ。
- 1990年代半ばまでのコンテンツ、
- 将来の出版契約の内容、
- 出版社が電子化権を持つ未刊行コンテンツの印税率
ということになろう。(2)と(3)で紛糾すると、出版社にとってはかなり深刻な事態となる。著者を代表するAuthors Guildがワイリー氏の動きを強く支持していることから、他のエージェントも同じ立場とみられるからだ。エージェンシー・モデル導入以降の妥結レートはまちまちで、大手著者エージェントの一つICMは40~50%を確保したとしている。書店の団体は、アマゾンの独占販売権を問題にしているが、対抗する手段はない。
ジョン・ギャッパー (John Gapper)は、FTのコラム (07/28)で、出版ビジネスの伝統的なあり方は崩壊することになると述べている。出版のビジネスモデルは、驚いたことに映画や音楽ではなく、ベンチャーファンドと同じものだ。出版社は多くのポートフォリオを持つが、大半は赤字、一部で元が取れ、わずかなものが大成功をもたらす。そして全体として6%以上のROIを実現していれば及第点となる。“大成功”はもちろんベストセラーとなり、のちに定番として末長く売れ、時に(新潮社に思わぬボーナスをもたらした『蟹工船』のように)狂い咲きもするようなものである。有名作家が力を持つ米国では、日本よりも契約条件に差はあるが、多くの失敗による損失を少数の成功によって補填するという構造は同じだ。成功した著者は、それが不当に見えてくる。日本の出版業界団体も、才能を発掘し、育てるインキュベータとしての社会的役割を強調し、電子化権を原出版社が保持するのは当然という主張を繰り返している。
著者は生き残り、繁栄する。出版社は?
出版社が才能を発掘し売りだすために、どれほど努力しているか、そのどこまでが文化的・社会的活動で、どこまでがどんな業界でもやっている新製品開発的努力であるかは別に検討するとして、版権の主張はとりあえず理解できる。しかし、問題は印刷しない商品であるE-Bookの製作コスト、流通・在庫コストが大幅に(ざっと30%以上)削減される以上、より多くの配分を要求する著者の要求に抗するすべがないことである。それに新人と有名作家で条件が(米国では前渡金を別として)さほど違わないのは、なかなか受け容れられるものではないだろう。スポーツでもハリウッドでもロックでも、スターにはそれなりの扱いを当然と考えるのが米国の市場経済だからだ。
日本でもファンが多いスリラー作家、ジョー・コンラス (Joe Konrath)は、200を超えるコメントを集めた自身のブログの記事 (07/23/2010)で
「だから、デジタル革命が前進するほど、著者(とたぶんエージェント)は生き残り、繁栄もするだろうということが見えつつある。
出版社? 彼らがそうなるという兆候はまだないが、その反対の兆候には事欠かない。」
と語り、著者には
「絶版の既刊本があるなら、あるいは未刊の原稿や、出版社が電子化権を有していない本があるなら、自主出版を勧める。その他のライターは、まず出版の目的が何かを明確にし、性急な決断を下す前に、E-Bookと印刷本について出来るだけの知識を仕込んでおいたほうがよい。もちろん、まともな本を書いている自信があるのならの話だが。」
と忠告。さらに出版社にはこう忠告する。
「不可避なことを引き延ばすのはやめたほうがいい。生き延びたいのなら、まずE-Bookに取組まなければならない。現在のパンでありバターである印刷本の販売を食ってしまうことになっても、現在の事業の再構築や縮小を余儀なくされても、やることだ。著者には正当な待遇を与え、とりあえず印税を引上げること。著者やそのエージェントが転換点を知った暁には、彼らは二度と君たちを必要としないだろうから。」
出版社が生き残れるビジネスモデルとは
最も非ベンチャー的なベンチャービジネスである出版業のビジネスモデルは、そのままではもはや継続不可能だ。R-Readsのリチャード・カーチスやマイク・シャツキンは、B&NやBordersの凋落をみて、出版社はPOD (Print-On-Demand)を含めたDTC (Direct-To-Consumer)つまり直販を強めるべきだと述べている。筆者もまったく同意見だ。だいたい流通に30%も取られるのは割に合わない。これは出版社が市場(顧客)を知らないことの代償なのだ。メガストアが出版社を中抜きしようとするなら、出版社も彼らを中抜き、あるいは相対化するモデルを開拓するしかない。理論的にはE-Bookは著者と読者以外のすべてを「中抜き」することができるのだ。「されてたまるか」と考えたら、社会が必要とする新しい付加価値モデルを提起することだ。
いまひとつ。著者が出版社を必要としなくなる前に、彼らを助けることも出版社の役割だと言うことをいま一度自覚し、同時に(著者とその予備軍を含む)社会に対して出版社の社会性を理解してもらうことだろう。日本のマンガ作家の例では、若手の才能を育て、一流作家に相応しい待遇を与えているとはとても言い難い話が多すぎる。
出版社の生存環境の変化に対応するには、出版社のハリウッド・スタジオ化(大手はそうするだろう)のほかには、ダイレクトマーケティング、SNSの導入、ローリスク化、新人発掘・育成システムなどを組合せて、大型化ないしニッチ化をはかるしかないだろう。この夏、さらに頭を絞ってみたいが、読者諸賢のご意見も伺いたい。(鎌田、08/07/2010)
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